第四幕『アジト入手』

第329話-2 彼女はオリヴィの帰りを待ちわびる

 翌日、ゲイン修道院に行くとオリヴィが別の街に出かけていて同行でない事は残念がっていたものの、ブリジッタは彼女たちの訪問を歓迎してくれた。薬草畑の手伝いと、採取した薬草を用いたポーションの作成も快く受けてくれた。勿論、できたポーションのうちいくつかはブリジッタを通して修道院に納めるという条件でだ。


「昔馴染みの錬金術師ももうだいぶ前に亡くなって、工房も紹介できないのよ。ごめんなさいね」


 その昔、ブリジッタが冒険者として駆け出しのころ、雑用の依頼を受けていた錬金術師もしばらく前に亡くなり、その後建物はそのままになっているのだという。錬金術師が何らかの防犯設備などを設置したままの可能性があるため、不用意に弄ることができないからだという。


「……とてもいい物件ですね」

『どこからそんな発想になるんだよお前』


 黄金の蛙亭の居心地は申し分ないのだが、彼女たちの冒険者としての拠点には不足がある。彼女は冒険者ではないのだが。


「扱うものが蒸留されたモノばかりだから、錬金工房の設備が使えると、色々便利であるし、欲しい物件ではあるわね」

『借りられるのが一番だな。買うよりも不在時の管理が楽だ』


 鍵を預け、定期的な清掃依頼を商業ギルドに出すのも良いかもしれない。

所謂、管理人業務である。


 不動産の管理をしている商業ギルドの不動産部門を訪れるか、市の管理部門に話をして、所有者と話をすることを彼女は考えていた。




 そして、今日の訪問した目的の一つ、冒険者ギルドのギルマスについてどんな人物であるか、ブリジッタに彼女は聞いてみた。


「私も詳しくないのだけどね、元々は傭兵団を率いていたんですって。それで、引退した後の就職先に市議会の幹部の一人が勧誘したんだと聞いています。冒険者の中で少なくない数の傭兵・元傭兵がいるから、その辺りである程度顔が利かないとトラブルが抑えられないからだそうですよ」


 冒険者ギルドにはギルマスとなった団長だけが所属しているのだそうだが、衛兵の幹部や商業ギルドなどにも何人かの元部下たちが所属していて、ギルマスの手足となって仕事をしているのだと言う。


「表立ってメインツで何か事件を起こしたりはしていませんよ。でも、何となく空気が重くなったような気がします。気のせいかもしれませんけどね」


 この街が王国に所属する街であれば、彼女はそれなりに配慮することになったかもしれない。けれど、ここは帝国であり一つの独立した領邦である事を考えると、ギルマスがこちらに何か積極的に関わってこない限りは背後関係を気にしない事にする。街を離れれば、関係ないからだ。


 一先ず、様子を見る事にすべきだろう。もしくは、『猫』にギルマスの身辺調査を頼んでも良いかもしれない。


「ギルマスの行動、暫く追跡してもらえるかしら」

『承知しました主』


『猫』は早速、彼女の元を離れ、ギルマスを追跡する為に修道院を出て行った。




 薬草の処理と、ポーションの作成、運んでいる資材の中にあるワインを一樽修道会に寄付をし、修道院長とも顔なじみになる事にした。修道院長は街の名士の家系であることが多い。何らかの形で、貴族につながる夜会などに招待してもらえると有難いという下心もある。


「皆様、お若いのに厚徳な方達ばかりですのね。有難い事ですわ」


 市の参事の伯母に当たる老シスターがこの修道院の院長なのだという。ゲイン修道会は男性の会派は少なく、メインツには存在しない。女子修道院であり、男性である青目蒼髪は奥に入れてもらえない。


 即ち、この場にいるのは青目蒼髪を除く見目麗しい四人の少女ということになる。


「私たちも旅の商人とその護衛という関係ですが、神の加護を願わずにはおられませんわ」

「命がけの旅ですから、神の御心にすがるしかございません」

「冒険者は信心が大切」

「これも、古の聖征や巡礼のようなものでしょう」


 悪徳の地である帝国への逆侵攻を「巡礼」と言えるのならばそうなのだろう。


「院長様、実は私たちメインツの街でしばらく過ごすつもりで、貸家を探しております」

「……なるほど」


 メインツが司教座のある大変落ち着いた素晴らし街であること、できれば錬金術の道具が置けるような借家を借り、この地の拠点としたいとを告げる。


「まあまあ、それは大変でしょう」

「はい。どなたか信用のある方にお力添えをと考えております」


 今の所、ベネデッタ=メイヤーに後見になってもらうことになっていると伝えると、自分の方が立場が上だとばかりに、院長は商業ギルドの不動産部門に紹介状を書こうと自ら言い出した。


「ゲイン修道院の院長である私が、皆さんの後見となるのも吝かではありません」


ゲイン修道院・修道会は、厳格な修行の場というよりは、在家信者による婦人会のような場所である。街によっては、社会階層別に会が形成されている都市もある。大商会の子女だけであるとか、職人の夫人だけであるとかだ。そこでは、お見合いも行われる事があり、社交の場としての側面も少なくない。


 社交の場を提供する為の資金が修道院長には求められる。つまり、彼女たちが社交に参加したければ、自分が後見する代わりに寄付を寄越せという事になる。


 これが、土地持ち貴族であれば腹立たしく思ったかもしれない。彼女自身が会に参加することが、どれほど会にとって名誉であるかという事を思っただろう。


 だが、彼女自身も彼女の家系も王都を守る貴族であり、有力商人やそれに属する社交の必要な階層との接点が多い一族でもある。社交には主催者も参加者も費用が掛かり、その費用を負担する者が当然優遇されるという事が理解ができる。


 修道院長が催しを主宰し、その主賓・ゲストとして彼女が遇され紹介されることで、メインツ周辺の有力者の夫人たちと顔が繋がるのである。


 そこで、茶会などを行い、それとなく顔を広めていけばよい。場所は黄金の蛙亭の最上の部屋を借り上げれば、茶会の場としては十分に可能だろう。彼の宿であれば、街の有力家系程度の者なら問題なく遇せるであろうし、伯爵程の貴族であれば問題ない内装とサービスだ。


 青目蒼髪は護衛騎士、歩人は執事、三人は侍女として振舞えるだけの教育をリリアルで受けているのでこれも問題が無い。


「では、今後ともよろしくお願いいたしますわ、院長様」

「ええ、こちらこそアリサ様」


 一瞬「誰だ?」と思ってしまい、真顔になったのだがアリサは彼女の帝国での名乗りであった。





 翌日、商業ギルドに足を運び、修道院長からの紹介状を渡すと、ギルドの受付は態度を一変させ、奥の応接室へと案内された。やはり持つべきものはコネなのねと彼女は思いつつ、ゲイン修道会のメインツでの影響力がそれなりにあることが確かめられ、内心良かったと考えていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る