第329話-1 彼女はオリヴィの帰りを待ちわびる
冒険者ギルドに依頼達成の報告に向かう四人とは別行動をする彼女。調査依頼がグール牧場の討伐に変わってしまったので、少々時間が掛かりそうだと思い、先に宿に帰る事にしていた。
「また、面倒ごとが起こりそうだな……でございますお嬢様」
「避けては通れないわね」
歩人は「自分で向かってってるよな!」と内心思いつつも黙っている事にした。倍返しされるからである。
「私たちだけやる事がないわね」
「……ゆっくりしてくださいませ、お嬢様」
「自分の為にはそれが最適の選択ねセバス」
「恐れ入ります」
自分が楽したいだけだろというツッコミを受け流し、馬車を黄金の蛙亭に向ける。部屋に戻り、回収した武器を歩人に洗浄させてから、『精錬』した鉄で武器を補修しようと彼女は考えていた。練習って大事。
『ギルドで面倒ごと起こっていないと良いけどな』
『魔剣』が四人を心配するようなことを言うが、「面倒が起こらないわけないじゃない」
と彼女は内心呟く。何が起こったかを把握する為に、『猫』にギルド内での出来事を観察させている。彼女がいれば、起こるべきことが起こらない可能性があると考えていたからだ。
「私のこと、気が付いているんでしょうね」
『そらそうだろ? オリヴィと同行してきている時点で警戒されている』
メインツはオリヴィにとって比較的馴染みの場所であるが、拠点のようなものもなく、親しい人間もブリジッタだけのようだ。帝国内を転々としながら、自分の目的のために活動してきたのであろうが、そうしなければならない状況であったのかもしれない。
リリアルにはそれなりの戦力と騎士団の駐屯地を配置して守りを固めている。同じ事を二人の冒険者に望むのは到底不可能だ。と考えると、冒険者をし続けている浮草暮らしに旅先の宿を心地よいものにするくらいしか選択肢はないのかもしれない。
「私には無理だわ」
『お前の場合、そうだろうな』
彼女には、守るべきもの、そう願うものが沢山ある。その為に、自分の力を育ててきたという自負がある。それが無ければ、恐らく今のようにはなれなかっただろうし、なりたくもなかった。
「不可抗力だわ」
『いや、単なるやり過ぎだろお前の場合』
ほんの少しだけ欲張りなだけであって、自分の望みはそれほど人の枠を外れていないと、彼女だけが思っていた。
最初に戻ってきたのは『猫』であった。
『主、少々面倒なことになりそうです』
調査依頼を行った結果、メインツにほど近くメイン川の合流点に近い場所に、吸血鬼の関与を示す『喰屍鬼』のプールが存在したことが分かり、ギルド内は騒然としたのだという。
『すぐに別室に案内され、ギルマスとの面談となったのですが……』
魔導具で音が外部に漏れないように処理された部屋に案内されたため、『猫』にはその詳細が分からなかったのだという。
『皆さんギルドを出られたので、確認して先に戻りました。もう少しでこちらに到着するでしょう』
一先ず、安心することができそうなのだが、どんな話になったのか、彼女は一刻も早く確認したかった。
戻った四人は、一先ず着替えを行い、夕食を摂りながらギルドでの話を聞こうという事になった。残念なことに、体をきれいにする魔術は未だ成立していないので、風呂に入らなければならない。
夕食が始まり、一通り腹に物を詰め込んだ後、ギルドでの話となる。
冒険者ギルドに調査の報告を行い、回収したグールの死体を見せた所、受付嬢やその他の職員の間でパニックが広がったのだという。だが、別室であったギルマスはとても落ち着き払っていた。
「ギルマスは冷静だった」
「知ってたっぽいですよね」
「私たちが無傷であった事の方に驚いてたね」
「ああ。なんか裏があるんだろうな」
四人の印象としては、ギルマスにとってはグールの存在は何ら驚くような事ではなく、討伐されたことが「やれやれ面倒なことになったな」といった印象を隠そうともしなかったのだという。
『演技下手か!』
冒険者ギルドの性質の違いにもよるのだろう。どこかで感じた違和感について、彼女は思い出していた。
「ルーンの旧冒険者ギルドの反応に似ているわね」
連合王国の破壊工作に関与し、所属する冒険者や周辺の村落を犠牲にし王国に仇為していた存在。ギルマスは、ルーンの都市貴族の一員であったと記憶している。衛兵隊長らも同様だ。
メインツは大司教座のある都市だが、大司教が直接統治しているわけではない。他の自由都市と同様、市民の代表とされる都市貴族に類する存在が合議で街を運営している。
ルーンと同様、彼らの関心は街の安全と富の確保だ。近隣の農村で狼が暴れていようが、グールが徘徊していようがメインツの商売と安全に関わらなければ問題が無い。むしろ、藪蛇になるようなことをしたいわけではないのだろう。
「もしかして、事情を知らない余所者をグール団に誘っている依頼だったとかでしょうか」
「普通はあの数のグールに襲われたら死ぬ」
「じゃあよ、あの中にいた奴らの中にはメインツの冒険者だったグールもいるって事だよな」
残念ながら、革鎧などは破損が激しく、冒険者であったかどうかを確認できるような装備はあまりなかった。襤褸布同然の着衣からは、生前の姿が想像できなかったからだ。
「ギルマスはなんと言ってたのかしら」
「報告に感謝するという事と、報酬は上乗せするそうです。依頼主に、相談し、上乗せ分は後日支払われます」
「だから、いつまでメインツにいるんだって何度も聞かれたよな」
「早くどっか行けって感じでした。めちゃ感じわる」
「後ろ暗い事がある」
話を主体的に聞いたのは、最年長の碧目金髪、他のメンバーでは思わず本音を言ってしまいかねないからだ。「お前怪しいな」と。赤目銀髪のいう通り、普通の応対ではなかったのだろう。ギルマスと同席した支払担当の責任者が微妙な顔をしていたので、ギルマス以外はまともなようで、受付嬢含め危険な調査であったことを詫び、報酬の上乗せを申請していることを改めて約束してくれたのだという。
「報酬が確定するまで、新しい依頼は受けないようにしましょうか」
オリヴィに相談したくもあり、ベネデッタに薬草とポーション作成の場所と機材の提供をお願いしたいという事もあり、翌日はゲイン修道院に全員で向かう事にした。できれば、ギルマスがどのような存在なのかブリジッタから聞けるとよいと考えていた。
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