第330話-2 彼女はメインツで家を借りる
『いい感じじゃねぇの』
「魔力の消費が多いのが玉に瑕だけれど、今はそれほど問題ないわね」
『精錬』で聖別された鉄塊を作り、ゴミと選り分ける作業をして時間を潰していた彼女である。ギルドに現れた「リ・アトリエ」メンバーは、彼女が引き上げたと聞き、黄金の蛙亭へと引き上げていた。
「意外と揉めている」
「足もとみられているのかもね」
「それはねぇな。むしろ、先生が見ている気がする」
困っているのはあちら様である。借り手が付きそうな物件でもなく、中の資材の整理整頓も普通の人間には難しい。更に、その素材にまで抵当がついているのだから、完全に錬金術師に類する職業の人間以外価値が無い。
何より問題なのは、錬金術師は工房を構えたらそこから動かないのが基本であり、普通は師匠から弟子に工房が譲られていくから、メインツの街に余所から錬金術師がやってこなければ、その工房自体が誰も使用しない物件になるのだ。
既存の錬金術師の弟子が暖簾分けということも考えにくい。それなりの資産のある実家の後ろ楯でもなければ、師匠筋に遠慮して商売を始めるわけにはいかないからだ。
「そう言えば、グールの討伐報酬はいつごろ決まるのかしらね」
「……ニ三日掛かるんじゃないでしょうか。もしかしたらもっとかも」
「ギルドの調査隊が今日明日で現地に向かっていると思います。その方達の調査報告が上がって、その上でメインツ市の参事会か何かで妥当である金額をギルドに支払う事になりそうだそうです」
これまで、王国で討伐したアンデッドに冒険者ギルドから討伐達成の報酬を支払われたことが無い彼女たちである。リリアルの業務範囲とされているのか、何とも言えないが、ミアン討伐に参加した兵士には手当や報償金が支払われたと聞いているので草臥れ儲けなのかもしれないと彼女は思うのである。
「でもよ、グールって吸血鬼の下僕っつーか、吸血鬼が作り出す存在だろ？ もう少し形だけでも慌てろよギルマスって思うよな」
青目蒼髪の指摘に全員が頷く。つまり、吸血鬼の存在自体が恐怖すべき対象ではないとギルマスは認識しているのだろう。対する、職員たちの恐慌状態とは明らかに異なる。
「ギルマスは黒」
「限りなく黒に近い灰色」
「鉛色」
「鉛と言えば、弾丸で良い素材が必要です。アンデッド相手に鉛の弾丸ではダメージに限界があるので」
銃手である碧目金髪が呟く。確かに、アンデッドに鉛弾は効果が半減する。再生能力のある吸血鬼や人狼相手では効果的にダメージを与えることが出来ない。融点の低い金属で魔力を込められるもしくは聖別できる素材が欲しいと彼女は考えた。
「弾丸に有効な金属ね」
『魔鉛ってのがあるぞ。銅と組み合わせて魔銅ってのになる。この辺りでも魔鉛の鉱山はあると思うし、銅は帝国内で比較的手に入る素材だ。錬金工房があれば、十分に加工できると思うぞ』
鉱山に関しては、オリヴィが戻り次第確認してみようと彼女は考えていた。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
夕方、商人ギルドから「契約の準備が整いました」と使いの者が来たものの、既に暗くなり始めているので、明日の午後一番で契約をするという事に変更してもらう。
「この時間に契約しても、片付けようがないもの」
「ご飯が優先」
「今日はどんな魚料理が出るのでしょう。毎日楽しみですね」
「でもさ、この宿から借家に移ったら、自炊だよ」
「……残念、食べ納めです……」
碧目金髪は勿論、赤目蒼髪や赤目銀髪……そして歩人も料理は一通りできるのである。一期生は、使用人の仕事も勉強しているので、料理や洗濯・掃除も自分たちで行ってきた。元が孤児、それも女子はシスターの手伝いを小さなころからしているので、味の良し悪しを度外視すれば、料理はできる。
「それより、片付けて、六人分のベッドと寝具、それに入浴できるかどうかも確認して、できないのであれば自作しましょう」
「せっかくの工房ですから、水と火の魔術でお湯が出るようにしたいですね」
幸い、魔力豊富なメンバーばかりの遠征のため、お湯の供給には問題が無いと思われる。
「火の魔術、ビルに教わる」
赤目銀髪の呟き。ビルは『火』の精霊魔術が得意である。碧目金髪に『小灯火』の魔術を教えてくれている。魔石に刻み込んで、魔力を通して小水球と組み合わせるとお湯に出来そうだと彼女は考えている。
「暖炉に薪が無くても暖が取れると良いよな。俺も習いてぇな」
「……精霊に好かれるかどうか疑問でしょ？」
青目蒼髪の独り言のような願望の発露に、相棒の赤目蒼髪が常のように返す。
「いや、男の方が炎の精霊に好かれると思う」
「サラマンダーって性別あるのかしらね」
火蜥蜴というか、精霊に性別はあるのだろうかと彼女は疑問に思う。生前の性別を引き継ぎ精霊化したのであれば性別は有りそうだが、火蜥蜴はそうではないだろう。
「性別より精霊に好かれるかどうかが前提」
「……それはそうかも知れねぇな」
魔力が多い人間は精霊に好かれやすい。そういう意味で、リリアル一期生は精霊との関係を結びやすいのではないかと考えている。では、何故、それ以上に魔力量の多い彼女が『土』の精霊に懐かれ加護を受ける事ができないかというと、『魔剣』と『猫』の影響が大きいのだと思われる。
既に、長く結びついた『精霊』の加護を受けている彼女は、一般的な四大精霊が遠慮したくなるような存在になっているのだ。『猫』は天空神の使いとされる存在であり、お陰で『雷』の精霊魔術を得ることは容易であった。
言い換えれば、イレギュラーな精霊と結びついた事で、四大精霊との関係を結びにくくなっていると言えるかもしれない。魔力ゴリ押しで影響を与えることができるのだが、高位の精霊との関係を結ぶのは難しいだろう。
そこに、オリヴィとビルが戻って来た。
「戻ったわよ」
「戻りました」
「「「「お帰り」」」」
オリヴィはジーンと感じ入っているようで、「いいわねこういうのも」と嬉しそうに微笑んでいる。リリアルへの滞在から考えると、さらにその前のミアンでの共闘も考えるとそれなりの長い付き合いになりつつある。
彼女は不在時にあった幾つかの出来事についてつらつらと話し始める。狼を狩りに行けば人狼が出たり、調査依頼を受ければグール・プールにかちあったり、更に冒険者ギルドのギルマスに、ブリジッタの所でポーションを作り、修道院長と顔見知りとなり修道会主催の催しに参加する約束をし、更に、メインツに滞在する間の拠点を設ける為に家を借りることにした話をする。
「……短い間に……色々あったのね」
「はは、お忙しかったのですねあなた方も」
二人も、エッセと鉱山で所用を済ませかなりの急ぎ旅であったのだという。
「サンプルはこんな感じね」
ソケット付きの柄とそこにはめ込む短剣の組合せ。ピンは一本だが、それなりにしっかりしている。
「いい出来ですね」
「でしょ？ 付き合いの長い土夫の鍛冶師だからね。こういう道具らしい武具を作るのは得意よ。装飾過多のものは嫌いみたいだけどね。これで良ければ、数を作ってもらう事にするけれど……」
とりあえず十二本を依頼するつもりである。
そして、魔鉛の入手についての相談となる。
「コボルドの隠し鉱山、魔鉛もでるから融通しましょうか？」
「……できれば、自分の魔力で『精錬』したいのですが、可能でしょうか」
彼女はオリヴィに魔鉛に銅を加えた『魔銅』を作り、それを弾丸として用いる銃を装備する事を考えていると話した。
オリヴィは快く理解を示し、「冒険者とは発想が違うわね」と呟く。とても能力の高い二人の冒険者に、誰にでも使える銃に用いる聖別された弾丸を用意する必要性は無く、渡すべき相手も今まで存在しなかったからである。
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