第320話-1 彼女はドレスを仕立てる
外部からの訪問者の需要を見込んでいることもあり、高級宿である黄金の蛙亭の程近くにその店はあった。残念ながら、男たちは別行動にしている。恐らくは、ビール工房にでも足を向けているのだろう。
「あいつ、飲めないはずじゃないかな」
「十六歳ならビールくらい飲めないとおかしい。それは、私たちも同じこと」
赤目銀髪、やる気満々である。実年齢的には微妙ではないかと思わないでもないが、オリヴィ曰く「帝国では生水が飲めない場所が多いので、ビールは飲料代わり」と言われ、今日から少しずつ飲んでみる事にするリ・アトリエ女子たちである。
「塩辛い物を食べると、美味しく感じるのよね」
「……干し肉」
「やめて、それだけはやめて。悲しい気持ちになるからやめて」
干し肉は猪狩りで散々に作った事もあり、リリアルでは頻出メニュー。正直、旅先で口にしたい食材ではない。
ベーコンや干し肉に回す猪はオスの大きな個体。肉が堅く油も臭いがきついので枝肉として解体するのも調理するのも難しい。一番おいしくない肉を干し肉にするのだから、なお一層不味いのは仕方がない。
お店は工房に店舗部分を設けたような作りであり、それなりの広さと半既製品の品揃えであった。ワンピースであれば、この半既製品で十分な気がしている。流石にドレスは体にフィットしなければ相手に足元ならぬ胸元を見られてしまいかねないので、仕立ててもらう事にする。
「ラウス様いらっしゃいませ」
「久しぶり。今日は、王国の友人を連れてきた。是非、帝国風のドレスを仕立てたいと言われてね」
「それはそれは……まあ、皆様若く美しい方達ばかりですね。皆さんにでしょうか?」
工房の女主人は王妃様程の年齢だろうか、品があり、言葉遣いも丁寧なところは、貴族や富裕商人の夫人などを相手にしているからだと思われる。客を褒めるところも、その辺りの必須要件だ。
「先ずはそれぞれ一着ずつ。私とその侍女の三人という事でお願いします」
「お嬢様……では、どのようなものをご希望ですか」
「昼間の訪問用の物を最初に一着ずつお願いしますわ。その仕上がり具合を確認して、夜のパーティー用の物と少しずつ増やしていこうかと思います」
女主人は頷くと、其々の採寸をさせて欲しいと言う。交互にサイズをは計ってもらい、既製服を試しに着用してみたりして、工房の仕事ぶりを確認してみる事にした。
既成の物をあらかじめ見せるというのは、工房のドレスの仕上がり具合を具体的にイメージさせられるという意味もある。旅の途中で彼女たちのように急遽仕立てる場合も考え、安心して頼めるようにという配慮もあるのだろう。素材の使い方、仕立ての仕上がり具合、デザインと良い仕上がりなのではないかと彼女は考えている。
「シルクなら金貨三枚、ウールでその半分といったところ。王都より少し良心的ね」
「それはそうでしょう。あなたの家で頼むとするならそれなりの工房にお願いするのだから、王都価格になるのでしょう? メインツの中で、この工房はそれほどお安くはないのよ」
「あらあらラウス様。わたくし共の工房は、貴族のご夫人もご利用いただける品質を保つためにお針子もそれなりの腕の者を抱えておりますわ。急ぎの御用も承れますので、そのサービスの分、価格もそれなりでございますわ」
耳ざとい女主人がオリヴィに一言物申している。それだけ、店の経営方針が明確なので、価格ではなく仕上がりと柔軟な納期に対応できることを店のセールスポイントにしているのだと彼女は理解した。
「初めてお会いする方に恥ずかしくない物であれば、値段は二の次ですから。
それで構いません」
「そうでございましょう。わざわざご当地で仕立てられるのですから、その目的に相応しいものに必ず仕上げますわ」
彼女は勿論、オリヴィーも毎年の流行を把握してドレスを用意するわけではない。王都と帝国の西部では流行も異なれば馴染む装いも異なる。その指導料を含めた価格であるのならば、割安と言えるだろう。
最初の一着はウール素材で、色目はそれぞれの瞳の色を合わせることにした。黒も法国では長く流行している色であり、デコルテで変化が付けられるので、悪くないだろうという判断である。
赤いドレスが二着、碧のドレスと黒のドレスというオーダーになる。彼女は一先ず、明るい青の半既製品のドレスも購入する事にした。これは、シルク製だが、色はリリアルの青である。
「それは買い」
「いい色だと思います、せん……アリサ様」
碧目金髪がリリアル・ブルーのドレスを着た彼女を見て「先生」と呼びかけそうになったのは御愛嬌である。
*リリアル・ブルーとは王家の青と同色だが、慮りによりそう呼ばれる。
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