第三幕『狩狼官』

第320話-2 彼女はドレスを仕立てる

 半既成のドレスでも数日、仕立てに関しては一月ほど見て欲しいと言われ、それなりに帝国の滞在が長くなりそうな予感がし始める。


「ブリジッタさんのご紹介いただける商人の方は、一人がご実家の商会なのですよね」

「そう。以前は弟さんが商会頭だったんだけれど、数年前に息子に代替わりしてね。少し疎遠なの」


 弟さんの代の時は、実父が健在であった頃は娘として手伝い、その後も、メインツで顔の広いブリジッタ嬢は、影に日向に実家に力を貸していたのだという。


「一時期見習冒険者をしていた関係で、街の彼方此方に友人知人がいてね。その人たちが力を貸してくれたり、貸したりしていたんだけどね、段々と世代交代して、今はあまりそういう影響力は無いからね」


 弟と甥がしっかりと商会を経営しているので、むしろ甥からは煙たがられている節があるともいう。


「昔の可愛い子供じゃないけど、叔母にとっては可愛い甥っ子だからね。つい、甘やかすようなことを言って子ども扱いするなと怒られる感じ」


 男の子は背伸びしたがるものであるから、仕方がない。


「三十過ぎのおっさんだからね」

「……それは嫌でしょうね」

「だから、ちょっと面倒かもしれない」

「顔合わせだけさせて頂ければ大丈夫です」


 おっさんに子供扱いはやはり嫌がられるだろう。親戚のおばさんってのはいつまでも子供の頃の失敗談を嬉しそうに話したりするものだから。因みに、歩人と同世代となる。方や商会頭、方や元プー太郎である。この差は大きい。





 宿に帰ると、密かに買い足した破損武具を並べ吟味している男たちが座り込んでいた。


「お帰りなさいヴィー」

「珍しいわねビル。あなたが壊れた武器を眺めているなんて」


 ビル曰く、オリヴィに土魔術の修復を教われば、歩人も修理できるのではないかと考え、自分たちなりに良さそうなものを買い足したのだという。


「確かに、歩人は土夫同様『土』の精霊に近い存在だから、可能だと思うわ」

「……是非、教えていただきたいのですが……」


 珍しくしおらしく下手に出る中身おっさんの少年。外見詐欺はオリヴィも同じなのだが。


「……理由を聞いてもいいかしら」

「お、俺はここで色々学んで里に帰って……皆に認められたい……からです」


 すっかり忘れていたのだが、歩人は里長を継ぐために一旗揚げようと、彼女たちに従っているのである。基本的な魔術は使えるが、精霊魔術、とくに土夫が得意とする系統であれば、里の者はまず使えない。


 金属を修復する魔術があれば、確かに一目置かれるだろう。


 オリヴィは彼女に同意を求める。その答えは……


「私も共に教えて頂けるのなら、許可します」

「うっ、なんだよ」

「私以外の者では、急場に破損武具を修復できるほどの魔力を持つ加護を持たない魔術師はいないでしょう」


 『土』の精霊ノームの加護があれば、普通の魔力持ちでも修復可能であるが、そうでない場合、魔力の消費量が膨大となり、普通の魔術師では行使が不可能なのだ。


「まあいいわ。出来るかどうか、まずは、このどうもならなさそうな鉄くずを錬成して補修用の鋼にしましょう」


「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する鉄の姿に整えよ……『精錬Conflans』」


 崩れかけた錆の残る槍の穂先が徐々に形を変えていく。そして、鉄塊とそれ以外とに分離する。


「素晴らしいわね」

「……できるかよ……」


 同じような屑鉄を手に取り、二人は精霊魔術を行使する。


「「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する鉄の姿に整えよ……『精錬Conflans』」」


 歩人の魔力は彼女よりかなり少ないものの、徐々にその屑鉄を鉄の塊に変えていくように見て取れる。反面、彼女のそれは変化がない。


「無理?」

「いいえ。恐らく、この場に存在するノームの力が分散しているのだと思うわ。土のある場所であれば、もっと効率的に変化すると思うのよね」

「場所を変えましょうか先生」


 珍しく、歩人に負けて悔しいのか彼女は無言でうなずいたのである。





 門外に出てしばらく歩き林間へと至る。歩人は「俺はこのまま続ける」と宿で続ける事にした。ビルも一緒に残り、アドバイスが必要であればする為だ。


「さて、この辺でいいでしょう。地面に置いてもらいましょうか」


 破損した槍の穂先を置き、それを囲うように両手を地面に添える。


「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する鉄の姿に整えよ……『精錬Conflans』」


 地面が薄く輝き、うねうねと子供の手のに似た沢山の腕が破損した槍の穂先を手に手に掴む。その手が触れると徐々に穂先は形を失い、やがて鉄の塊に代わる。


「あはは、凄いわね。我も我もとノームが手助けしてくれたみたい」

「薄く光っていたのは何故でしょうか」

「わからないわね。でも、私も初めて見たから」


 オリヴィ曰く、彼女の魔力の特性か魔力量を注ぎすぎて輝いてしまったのではないかという。


『あれだ、おまえの聖女の加護のせいだろうな』


『魔剣』曰く、この鉄塊にも『聖女の加護』が掛かっているという。聖女の加護というと特別な感じがするが、聖別された武器だと思えば良いだろう。


「また何かやっちゃいましたね先生」

「……すごい……」


 リリアル生からは何時もの事なので「やれやれ」という空気が流れる。


「これを使って補修してみましょうか」

「では、このバゼラードで」


 彼女はやや黒ずみ刃が欠けたり歪んでいるバゼラード型の短剣を取り出し地面に置く。


「片方の手に短剣を、、反対の手に鉄塊に触れてちょうだい。それでね……」


「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する武具の姿に整えよ……『修復solitus』と唱えて」


 彼女がオリヴィの詠唱を真似て唱える。すると……


『おいおい、これってなんちゃって魔銀剣じゃねぇか』


 魔銀の剣は、魔力を有する者が用いて初めて魔力による斬撃効果を与えることができる。その魔力による斬撃は、アンデッドなど通常の武器では傷をつける事も困難な魔物にも有効である。


『魔剣』の言う「なんちゃって」の部分は何か。それは、彼女の魔力により『聖別』された鉄を用い、彼女の魔力で修復した結果、聖なる加護を持つ短剣として魔力を有さない物にも、弱いながらも彼女の魔力を帯びた事で魔銀の剣の持つ特性を有する事になったという事を意味する。


「これって……」

「ふふ、残念ながら、私が修復してもこの効果が表れる事はないわね。あなたの魔力の効果……だと思うわ。帰って、彼の物と比べてみればはっきりわかるでしょう」


 薄っすらと白く輝くバゼラード。リリアル生達が手に取り、じっくりと観察する。


「これって、吸血鬼とかに効果あるんでしょうか」

「帰ったら実験する」

「あーあ、また煩いことになるねあいつら」

「狼人にも効果あるってことですよね」


 人狼と人のハーフである『狼人』も、常人を遥かに超える回復能力をもつのだが、その回復効果を無効化する効能が魔銀製の武器による攻撃にはある。同じ効果があれば、その能力が実証されるだろう。


「では、戻りましょうか」


 宿を出る時に見られたやや落ち込んだ彼女から一転し、今まで同様、それ以上に自信に満ちた歩みとなり、どんどん先へと進んでいく。彼女はとても負けず嫌いであり、単純で分かりやすい少女なのである。




 宿に戻ると、ドヤ顔の歩人がきれいに修復された槍の穂先を見せる。


「綺麗に仕上がってんだろ……でございますお嬢様」

「ええ。その通りですわねセバス。あなたにしては上出来ではないかしら」


 出て行く時と空気が一転している彼女に気が付き、怪訝な顔をする歩人。


「ねえ、彼に私の修復した短剣を見せてあげてくださらない」


 赤目銀髪がズイと前に出ると、彼女の修復したバゼラードを歩人に手渡す。


「これは……素晴らしい輝きですね」

「……何だよこれ」

「ふふ、私の魔力で聖なる加護が施されているようね。魔力のない人でも魔銀剣に近い効果が得られるみたい」


 歩人は不満そうに短剣を返す。そして、彼女の精錬した鉄塊を借り受け、別の短剣を修復したものの、綺麗にはなったが加護は施せなかった。




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