第317話-1 彼女はリ・アトリエの先行きを不安視する

 獲物を追い詰める際、一撃で致死に持っていける場合もあるが、相手からの反撃を考えると、傷を与えダメージで弱るのを待ってから止めを刺すという狩りの仕方を好む猛獣も少なくない。


 待伏せをし、一撃を与え、そして弱るのを待つ。赤目蒼髪改め『女豹』は剣士教官をまさに追い詰めつつある。


 冒険者として対人戦向きの剣士というのは、平服相手の警護ならともかく、魔物や装備をキッチリした兵士などに対してはあまり有効な手立てがない。半身に構え攻撃できる箇所を制限する構えも、同じような装備を相手にするからこそ意味のあるフォームなのだ。


 つまり何が言いたいかというと……


『あーどうもならねぇなあいつ』

「そもそも、細剣一本で魔術師相手に何がしたいのかしらね」

『ギルマスの選択ミスか?』


 二人があーでもないこーでもないと考えているのだが、そうではない。教官三人は、冒険者パーティーとしてありがちな組み合わせの基本パターンを踏襲しているのだ。


 前衛の戦士、中衛の剣士、後衛の魔術師。人数を考えれば、前衛と中衛にもう一人加わるくらいのバランスに、治療と支援のできる薬師を加えると更にバランスが良いだろうか。全員魔術師で、尚且つ戦士並みの戦闘力を持つ前衛をこなす『女剣士』が相手とは思わなかったのだろう。


 赤目蒼髪は相方とタメを張れるだけの戦闘力を持つ。若い女性で華奢と十分言える外見の剣士が、パワーファイターだと教官は思わなかったのだ。


 相手が弱るのを確認するように、チクチクと攻める女豹。十分に猛獣の狩りを堪能している。鼠を弄り倒す猫のような物である。


「が、頑張れ教官!!」

「負けないでぇ~!!」


 おじさん達の悲壮な叫び声が鍛錬場にこだまする。因みに、女性職員たちは少女に蹂躙されるイケメン教官を見て顔面蒼白である。


 イケメン教官も、常日頃、女性に言い寄られることは数あれど、美少女に護拳とシールドボスで叩きのめされながらにじり寄られる経験は初めてのことである。


Bishai!!


「ぐうぅ!」


Bashu!!


「があぁぁ!!」


 剣戟を魔力壁で弾き、その倍の数の打撃を叩き込む女豹!! 既に、イケメン剣士は倒れる事も許されず叩きのめされ続けている。


「や、やめだ!! 意識を失ってる!!」


 赤目銀髪が攻撃の手を止めると、崩れ落ちるように剣士が倒れる。


「コール!」

「……あ……」

「勝利のコール!!」


 審判を務めていた職員が言葉を失っている。再び言葉を重ねると「勝者、ヴィヌ!!」と声を上げる。


 初戦のハルバード対決は力と技の応酬もあり、見応えがあった。しかしながら、二戦目の剣士対決は……控え目に言ってジェノサイドであった。


「お疲れ」

「大して疲れていないわよ。あんなよわっちいオッサンじゃなくってギルマスくらい体格のいいのが良かったわ!」


 その声を聴いてギルマスの顔が強張る。その後ろから「ギルマス助かった」とか「九死に一生!」「運を全部使い果たしたな」等とヤジが聞こえる。そして、リ・アトリエのメンバーを見る目が変わる。畏怖を感じる視線。


「侮られるよりも恐れられた方が良いわね」

『どこのニコロだよお前』


 ニコロとは、法国の著名な外交官・政治思想家の一人だ。法国戦争にも参加し、当時の王国軍と対峙したこともある。もっとも、彼は文官なのだが。


「彼の著作は姉さんの愛読書よ」

『なんか納得だな』


 『ニコリズム』と呼ばれる、軍事・統率論に関する著作は政治・軍事的なテキストとして今日において広く読まれている。その軍事思想に影響を受けた者たちの事を『ニコリスト』と呼び、統治者は軍備と法律に重きを置き、軍は傭兵ではなく常備軍を用いるべきであるとする考え方を主とする。


『お前もたいがいだろ? 段階的な軍事訓練の必要性、常備の組織、騎士ではない兵士の育成。リリアルそのものじゃねぇか』

「進化の収斂よ。オタマジャクシはナマズの子ではないわ」


 適切な行動を考えた場合、答えが似たものになるのは偶然の産物に過ぎない。勿論、彼女自身も著作を読んだことはあるが、本人の終わりが良くないので、あまり好きではない。物語はハッピーエンドな作品が好みだ。悲劇は現実だけで十分。


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