第316話-1 彼女はリ・アトリエの実力を確認する。
『まあ、確かに、腕相撲の強さは冒険者の評価と一致するわけじゃねぇからな』
「そんなことを言ったら、鍛錬場での剣技など、実戦では関係ない事もあるじゃない? 教官の前で腕前を披露して、評価に対する恣意的な解釈を否定する事が目的でしょう」
『主、昨日の腕相撲の影響で、注目度が上がっているからのようです』
腕相撲で少女が髭面の巨漢に勝利した……という話は、昨夜のうちにメインツの冒険者の間に広まっている。そして、連れがオリヴィであり、王国から来たそこそこ優秀な冒険者であるという事もである。
『トリエルでの盗賊討伐、提灯じゃないかという評判です』
つまり、『リ・アトリエ』のメンバーの評価を高めるために、オリヴィが花を持たせた結果、手柄を譲ったのではないかという事である。オリヴィという冒険者を良く知る者は、そのような事はあり得ないと知っているが、金に汚い者からすれば、買収され協力していると考えうるのだろう。自分を基準に人を判断するからだ。
「ギルマスも苦慮しているのね」
『中間管理職は大変だな』
「ええ、ほんとうにね」
彼女自身は、騎士として冒険者としての実績が現在進行形で積み上がっているので、他者からそういった配慮を要求されることは少ないが、一線を退き、後進のためにギルマスを引き受けたと思わしきメインツのギルマスは、現役の跳ねっ返りを納得させる仕掛けが必要なのだろう。論より証拠である。
教官は三人。一人は首が太く背もビル程あるだろうか、如何にも『戦士』という巨漢。一人は、斥候職であろうか細剣を使うタイプの『剣士』風の男。そして、最後の一人は魔術師であろうか。ローブ姿で杖のような物を装備している。
「ギルマス、この子達でよろしいのですね」
「ああ。一人ずつ模擬戦をしてもらいたい。木剣かそのカバーのついた鎚矛を使ってもらおう。防具は実戦の物を着用してもらおうか」
「……三人は女性だが……構わないのか?」
『剣士』な教官がギルマスと本人たちに向け問いただすが、碧目金髪以外は「問題ない」と答える。
「そちらのお嬢さんは、私がお相手しましょう。木の杖であれば、それほど痕は残らないと思いますから」
「御気遣いありがとうございます……お手柔らかに」
「……ええ。怪我の無いように頑張りましょう」
女性らしさという点では碧目金髪>伯姪>赤目蒼髪>彼女>赤目銀髪という関係になる。つまり、見た目の女性らしさで大いに相手は油断してくれているわけだ。笑顔を返され、『魔術師』は満更でもないようである。
「じゃあ、最初に男からやるか」
「おう、よろしく頼むぜ!!」
青目蒼髪は意図的に不遜な言い回しをし、教官がイラっとするように仕向けている。魔物相手ならこうした駆け引きは不要だが、今回は十分に相手の力を引き出したうえで模擬戦に勝利するように彼女から指示されている。
『後から文句言われないように、ハッキリ分かるように仕留めねぇとな』
「星三はピンキリだというのだけれど、教官を務めているという事は教え上手ではあるが、冒険者としては二流という事よね。問題ないわ」
帝国も王国も高位の冒険者に必要なのは、確かな実力とコミュニケーション能力。依頼人の社会的地位の上がる高位の依頼を受け実績を重ねるには、パーティーを運営する能力や、依頼を受け上手に達成する調整能力が重要となる。一対一で必ずしも強い必要はない。
ギルドの職員も同様であり、腕前よりも性格の良さが大事である。職人と商人の違いとでも言えばいいだろうか。駆け出し冒険者は職人としてまず一人前にならねばならないが、一流となるには商人的な調整・交渉といった能力も重要なのだ。
『だからと言って、あいつらが弱いわけじゃねぇ』
「人間相手に緊張しないわよ今更。グールや竜の方が余程恐ろしいし、動きだって素早いわ」
『受けて立つのは別だと思うぞ。難易度は高い』
リリアルの場合、相手が動き出す前に一斉に仕掛け反撃を許さずに素早く仕留める事に重きを置く。今回は、最初に相手の能力を全て引き出してから……という不利な展開を示している。
「大丈夫よ。負けても別に構わないのだから」
『なら、状況を楽しもうか』
二人の得物は模擬戦用のハルバードを選んだ。青目蒼髪より頭一つ大きく、体は二回りは大きい教官相手にどうなるのだろうかと、彼女は少々ワクワクしていた。
「始め!!」
ギャラリーは数十人はいるだろうか。口々に青目蒼髪を揶揄する言葉を口にする。
「おいおい、ビビッてんじゃねーぞ小僧!!」
「ほらほら、胸を借りるつもりで積極的に仕掛けろよ。お見合いじゃねぇんだぞ!!」
といった感じである。お互いに時計回りに回りつつ、相手はハルバードを上段に構え、青目蒼髪は突き出すように構えている。ジリジリと動く二人の間に時間だけが過ぎて行く。
「来ないならこちらから仕掛けるぞ!」
教官は自らの武器で相手の武器を叩きつけるように振り降ろし、青目蒼髪は半歩下がって受け流すと、被せるように自らのハルバードを教官のそれに絡ませる。柄を上から押さえつけ摺り上げるようにヘッドを滑らせるが、教官は身体強化を使いつつ、自らの手元に迫るヘッドを跳ね上げる。
『速度が足らなかったか』
「様子見でしょう? あの子はまだたいして力を使ってないもの」
再び構え直し、今度は肩程の高さでヘッドとヘッドが絡み合う状態での拘束が発生。一瞬で手首を返し自分のヘッドで青目蒼髪のヘッドを絡ませもち上げる教官。武器の使い方が上手い。
おおぉ! と歓声が上がり、ヘッドを返した教官の刺突が青目蒼髪の胸を突き刺すように見えたのだが
「それ!」
半身になり、ヘッドが胴の表面を滑るようにすり抜ける。そして長柄の中央辺りで思い切り教官の頭を叩いた。
Gann!!
教官は完全武装のフルプレート。バケツ型の兜を思い切り叩かれ、恐らく、耳がキーンとなっているだろう。
青目蒼髪はバックステップして距離をとり、再度の仕切り直しとばかりに中段に構える。
ハルバードを使った対人戦。今までの青目蒼髪と比べると、かなり進歩しているように思える。
「知らない間に随分と上手になったのね」
「ああ、ビルと彼、よく立会していたからね」
彼女の独り言を耳にして、オリヴィがそう告げる。どうやら、狼人と鍛錬を続けていた青目蒼髪は、二人でビルに稽古をつけて貰ったのだという。
「ビルは戦士として色んな武器を使いこなしているから、ハルバードもツヴァイハンダーもヴォージェも得意なのよ。その辺り、一通り、練習していたから、こっちで冒険者十分やれると思うわよ」
「……そう。お世話になっていたのですね。改めてお礼を」
「はは、ただ飯喰らいにはなりたくありませんから。少しだけお返しできていれば幸いですよアリサ様」
商会令嬢という『アリサ』名を聞こえるように告げてくれるサービス精神旺盛な冒険者ビル。彼女の知らないところで、二人はリリアルの生徒たちに様々なアドバイスをしてくれいてた。とてもありがたい事である。
重量のある装備を用いている教官は、青目蒼髪の速度に対応する為、身体強化を継続して用いねばならなかった。青目蒼髪も用いているものの、かなりうまく加減しつつ、元々の魔力量・消費効率の高さから、動きの鈍りつつある教官を焦らせ、更に早期の魔力切れに追い込むべく、果敢に攻め立てている。
ハルバードはスピアヘッドによる刺突、斧による斬撃、フックによる拘束、そして柄による打撃と姿かたちが長柄ゆえに槍のように捉えられがちだが、実際は近距離で様々な組み合わせで戦う装備である。つまり……
「帝国傭兵のように、胸鎧と手甲くらいにしておかないと……」
「重くて動けない」
「正解ですね」
恐らく、パーティーを組んでいる時は、その鎧の防御力を生かして足を止め攻撃を受け止める役割を果たしていたのだろう。百年戦争の際、下馬した連合王国の騎士達は重装歩兵のように戦った。騎士が下馬したような装備を身に着けている教官も、そのような役割を担っていたのだろう。
ところが、身体強化を使い、要所への攻撃を『魔力壁』で受止める青目蒼髪は、教官以上に重装歩兵らしい役割を果たしつつ、軽快に反撃を繰り返している。
『あの魔力壁、煉瓦一個分くらいの展開だな』
「ここに攻撃が来るという予測と、魔力壁の移動を自分自身の攻撃と並行して行えるのが秀逸ね。これも、ビルさんとの訓練の賜物かしらね」
本来であれば隙をついた攻撃が決まる箇所に、見えない魔力の壁が立ちはだかり防いでしまう。
何度もヘッドが弾かれる教官が、徐々に焦り攻守が雑になっているように見えるのである。
「常に強者であることが良いとは限らない」
「弱い者いじめってわけじゃないけど、格下の冒険者相手に無双していた痛い教官なのかもね」
「あー もうそんなこと言わないでください。後三人、あるんですからね!!」
三人娘が散々に言っている間に、教官は大いに失速。模擬戦開始から十五分ほどであろうか。リリアルならまだほんの序の口の時間だが、一般的な騎士・冒険者なら既に時間切れなのだろう。
「がぁ、はぁ、うぅ……」
「だあぁぁ!!」
息も絶え絶えな教官の胸に鋭い刺突が決まり、後ろに吹き飛ばされる。見得を切るようにハルバードをグルリと振り回すと、地面に向けて『どうだ!!』とばかりに突き刺した。
「そ、それまで……勝者……あ、アンディ!!」
鍛錬場に微妙な空気が流れる。
「時間切れ狙いと思われたのかもしれないわね」
「もう少し圧倒的にしないと、納得されないんですかぁ。分かりました!!」
オリヴィの所見に赤目蒼髪が答える。二番手の模擬戦が始まる。
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