第307話-1 彼女は二期生とゴブリンを討伐する

 四つのパーティーは扇状にワスティンの森の入口から互いに視界に収まる範囲で移動する事にした。先行して歩人と赤目銀髪が魔物の存在を確認する。もし仮に、ゴブリンの群れが発見できたのなら、四パーティー合同で群れの討伐を行う事になると彼女は説明した。


「ゴブリン出てくるかな……」

「ドンとこいだね」

「任せるよ~」


 不安と期待が半々の二期生。そして、思わぬパニックを起こさないかどうか心配である一期生達。今の戦力で、二期生の安全を確保したまま、五十や百のゴブリンを殲滅する程度、容易だろう。


「ゴブリンの群れと遭遇した場合、第一班と第二班、第三班と第四班が合流。一期生で押し返します。二期生は自分を守る事と、抜けてきた魔物を出来れば討伐すること。斥候役二名は二期生のフォローを。安全第一で行きましょう」

「「「はい!!」」」


 二期生は簡素な革鎧に革の頭巾、厚手の革手袋を装備し、腰には薬草を入れる巾着を吊るして、いっぱしの駆け出し冒険者に見えるが、少々小柄である。孤児は体が小さいのは仕方がない。これから、リリアルで食事量も替わり体を動かして大きくなっていくことだろう。赤毛娘? これからに期待だ。





 向かって右から一班二班と展開していくので、外側に彼女と伯姪が配置されることになる。斥候役の赤目銀髪と歩人はさっさと森の中に消えていく。


 森にはいくつかの小道が見られ、今回はその中でも、以前討伐したゴブリンの巣のあった洞窟を目指す経路を選ぶ。同じ場所に二匹目のゴブリンがいるかどうかはわからないが。


「あ、ありました!」

「こっちにもあるのだ!」


 四班の三人は、誰かが見つけるとその先へと二人が進んでいく。採取の人数が多いので、どんどん他よりも先に進んでしまい、気が付くと他の班よりかなり前に出ていた。


 そして、足元にはゴブリンらしき裸足の足跡。魔力走査で、森の奥からこちらに向かってくる小鬼らしき存在が彼女には確認できている。


「三人とも集まってちょうだい」


 気配隠蔽をしていても、ピクニック気分で声を上げてはしゃいでいれば、狼はともかく、ゴブリンは向かってくるのだ。


 何事かと三人が彼女の顔を見ると。率直に状況を説明した。


「この小さな足跡がゴブリンのもの。よく見て覚えなさい」

「「「……え……」」」

「ゴブリンが歩き回ると森が荒れるの。聞かん坊の悪ガキみたいな魔物だから、あちこち枝を踏み折ったり、食い散らかしたり好き放題するのよ。これ、ゴブリンが歩き回っている痕跡ね」


 折れた下草、踏み荒らされた状態でさらにゴミが散乱している。食べかけの林檎だろうか。畑から盗んだカブのようなものも見える。


「猪はその場で食べるから、畑の作物がこんな場所にある事はないの。ゴブリンの悪戯の証拠。で、あなた達の声を聞いて、前の方からもうすぐここに戻って来るわ」

「ど、ど、どうすればいいのだ!」

「討伐するのです!!」

「そうだね。気配隠蔽して待伏せするよ。剣を持って森と一体になるように呼吸を潜めてじっとするんだよ」

「「おう!!」」


 言った傍から大声である。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 彼女も当然気配隠蔽中であり、いつでも対応できるように魔力壁の展開を即できるように準備している。万が一、ゴブリンを倒し損ねて硬直した場合に、魔力壁で二期生達を守るためである。


「さあ、お手並み拝見と行きましょうか」

『相変わらずのスパルタだなお前』


 一人で森に薬草取りに行ったことを考えれば、大いに甘やかしているレベルだと彼女は思う。大変心外である。


 ゴブリンは手に長めの棒きれを持った個体、拾ったであろう半ばで折れている短剣(回収し損ねたか、襲った人間から奪ったであろう)を持ち、一匹は折れた槍の穂先の部分を握りしめている。どれも間合いは互角、不意打ちならば安全に狩れる。


 ゴブリンが四人が散開している中をギャアギャアと声を上げながら移動していく。『子供ノ声ガキコエタ』『虐メ殺スト楽シイ』くらいの下らない事を話しているのだろう。


 彼女が声を上げる。


「ここよ!!」


 ゴブリンが一斉に彼女の声に反応したタイミング、それは周囲に潜む三人に対する大きな隙となる。


「やぁぁ!!」

「死ぬのですぅ!!」

「倒れるのだ!!」


 ゴブリンの背中、首筋に向けスクラマサクスを叩き込む三人。


『Geaaaa!』

『Gyu……』

『Gyyⅲ……』


 二体は上手く首の後ろを斬る事ができ事切れたのだが、茶目灰髪『ターニャ』の剣先は出っ張ったゴブリンの後頭部に当たり、致命傷に至らなかった。


「わ、わああぁぁぁ!!!!」


 顔を歪めたゴブリンがターニャに振り向きざま襲い掛かろうとする。


『魔法壁』


 三面の三角形の魔力の結界の中に閉じ込められ、手を振り回すががんとして出る事の出来ないゴブリン。そして、魔力による消音を施したので、その雄叫びは外に漏れていない。


「焦ったのだぁ……」

「まあ、このゴブリン、頭が後ろに尖ってるから、首に当てる前に頭に当たっちゃったんだよね」

「本気で気持ち悪いね」

「二人とも、先ずは自分の倒したゴブリンの首を切り離してちょうだい。死んだふりしている者もいるのよ。二人一組でね」

「は、はい!!」


 ゴブリンが暴れるのを余所に、倒したゴブリンに止めを刺させる指示を出す。おっかなビックりで二人掛、ゴブリンの首にスクラマサクスの剣先をあて、グっと力を入れる。まだ心臓が動いているゴブリンから、血が噴き出す。


「げえぇぇぇぇ……」

「やった! やった! やったあぁぁ!!!!」


 嘔吐する村長の孫娘と反対に、ハイになり剣を振りかざして駆け回る灰目黒髪『セイ』……そして、ガタガタと震える茶目灰髪『ターニャ』。これではらちが明かないので、彼女は魔力壁に捕えたゴブリンの腹を剣先で切り裂く。


 腹を押さえるが、内臓が飛び出すゴブリン。そのまま前かがみに倒れ込む。しばらくすれば、出血多量で意識を失うだろう。


「ゴブリンが動かなくなったら魔力壁を解くわ。ゴブリンの首を刎ねなさい」

「で、できません! こ、怖いのだぁ……」


 孤児と比べれば年上とは言え、十三歳の少女だ。だがしかし、既に十三歳。


「私が初めてゴブリンを殺したのは貴方と同じ年の頃。物語が始まった年齢ね」

「よ、妖精騎士の……」

「ええ。最初は一人でこうやって森に入って薬草を採って、家で傷薬やポーションを作っていたの。そうすると、ゴブリンと出会う事もあるのね」


 彼女は思い出す。確か、代官の村に近い森に採取がてら入ると、目の前に見えるようなゴブリンの足跡が沢山あったのだ。


「見つけて放っておくことはできないわ。ゴブリンが持つ武器は明らかに人間の物を拾うか奪ったものね。女性や子供が襲われれば確実にこいつらは虐め殺すわよ」

「いじめ……ころす……」

「そう。アリの巣を子供が壊すように、踏み潰すように一人の人間を何匹ものゴブリンが虐め殺して……食べるわ。時には生きたまま」

「「「生きたまま……」」」


 オークやオーガと比べれば弱いというだけで、生きたまま人間を食べる「鬼」の一種なのである。二期生達は知識としては知っていても、何故、殺さねばならないかを理解できていない。


「ワスティンの周りは原始の森と呼ばれているのね。湖沼も多いし、人も通わないから魔物が沢山潜んでいても分からない。近々、この森を王都に向けて運河が切り開かれるわ。その為に、この辺りに人がたくさんやって来る。その人たちを守るために、ゴブリンを狩る仕事が依頼の内容よ。怖いとか、気持ち悪いという気持ちを横において、為すべき事を為しましょう」


 いつの間にか、震える手は止まっていた。ターニャは前かがみになり倒れているゴブリンの首筋に一度剣先を当てると、薪割りのように首を真横から叩き切った。


「心臓が動いていなければ首を切っても血は噴き出さないわ。人間もゴブリンも同じ、腹を切る、背中から肺を突き刺すと呼吸ができなくなり動きが鈍る。一番いいのは首の後ろを斬る事だけれど、槍なら腹を刺す、肺を刺すのがよいでしょう。但し、肺の周りは骨で守られているから、骨の間を通すように、刃は横に向けるように。こういう感じね」


 既に息絶えたゴブリンを仰向けにすると、彼女は剣先をゴブリンの胸に突き刺す。


「肺と心臓は近いから、どちらでもいいわ。でも、骨で守られているから、首か腹を斬る事をお勧めするわね」

「「「……はい……」」」


 魔力を通した剣であれば骨も容易に断つのだが、必ずしも魔力を用いて倒せるとは限らない。普通の武器も十全に使える方が良いのだ。


「ゴブリンの討伐証明箇所は耳。各自耳を斬り落として袋に収めなさい。勿論、薬草とは別の巾着ね」


 重たい足を動かし、三人はゴブリンの耳を斬り落とした。



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