第306話-2 彼女は二期生とゴブリン討伐に向かう

 ワスティンの森はリリアルから街道を下り、普通の馬車であれば一日の距離であるが、兎馬車だと……二時間ほどであろうか。今日は十六人のメンバーの他に、赤目銀髪と歩人が加わる。


「何で俺まで……」

「見た目は若くても中身はジジイ。いざという時ぼろが出る」

「ひでぇ……心は永遠の十六歳なのに……」


 赤目銀髪は馬で、歩人は彼女の兎馬車に同乗している。五人は少々狭いので不満である。


「せ、セバスさんはおじ……さんなのだ!」

「ぐさっ!」


 茶目灰髪『ターニア』の不用意な発言に反応する姿が気持ち悪いと彼女は思う。


「言われる迄もなく、中身はしっかりおじさんなのだから、せめて違和感ない程度に振舞えるように、今から練習なさい。帝国遠征の最中に襤褸が出たらあなた一人が死んで済む話ではないのだから」

「じゃ、じゃあ俺を外せばいいじゃねぇか……でございますお嬢様」


 何を言っているのだろうか。商家の娘に使用人の従者がいないという事があり得ない。冒険者四人組に、商人が二人という組合せなのだ。少なくとも、リリアルでは学院長代理の祖母にこき使われているのだから、他のメンバーよりは使用人然としている。


「不満があるのなら、あなたが故郷の村で村長の息子にもかかわらず、郷の女性全員に振られて逃げ出したという話を皆に説明するわよ」

「「「……え……」」」

「言ってんじゃねぇかぁぁぁ!!!……でございますお嬢様ぁぁぁぁ」

「そうかしら? 沢山の面白エピソードを二期生に話す機会があると思うのよね。こんなものではないでしょう」

「いやいや、帝国への旅が楽しみで仕方ありません。疾くまいりましょう!!」


 このまま学院に残ると、言われ続ける可能性が高まるので、歩人は大人しく帝国に向かう事にするのである。





 途中で騎士学校の前を通り過ぎる。つい最近まで、半年ほど世話になった学び舎である。遠征は……正直たまらない事が多かった記憶がある。


「騎士学校……カッコいい!!」

「リリアルで一定期間学んだ魔術師は、騎士学校で半年勉強する機会が得られるわね。一期生も交代で入学してもらう事になるでしょう。時期的にはリリアルで二年学んだあと、実務を一年ほど経験してからかしらね」

「……行きたいですぅ……」

「で、でも公爵様の所に戻らないと駄目なのだ……」


 村長の娘はともかく、二人は騎士としての教育を受けさせても良いかもしれない。サボア公国には騎士を軍の士官として育成する機関はない。王国も友好国から貴族の子弟を騎士学校に受け入れ、王国で騎士として育てることを検討中だという。


 騎士の家でも帝国で傭兵になるくらいしか生活の手段がない者が多く、帝国内でも小領主の反乱などが起こっている。優秀な騎士を王国が受け入れる事は吝かではないのだが、工作員が紛れ込みかねない。サボア公国の出身でリリアル生であればそういう不安もない。


「二年間勉強して、ある程度実力を見てもらえるようになれば、相談できると思うわ。騎士になるつもりで頑張りなさい」

「「はい!!」」


 洗濯女から騎士……というのはまずありえない事なのだろう。それは、孤児から騎士より珍しい事と言える。だがしかし、彼女はこの子達の実力が騎士に相応しければ騎士になるべきだと思う。


 どの家に生まれたかも大切だが、どのように生きて来たかもそれ以上に大切なのだ。リリアルには自分を含め、そう思える子達しかいないのだから。そうでなければ、怖くて魔術師をほいほいと育成できない。


 彼女自身ズルいとは思っているが、孤児は素質があっても生かせる環境を手に入れるのはとても難しい。リリアルを離れれば、どうなるのか想像できるだろうか。


 常に周りからその能力を利用される危険を感じながら生きていかなければならない。魔術師は貴重であり、貴族や王国に所属していない存在は更に希少と言える。悪事を働くことも容易であるし、その力を利用される危険も想像できる。


『仲間と行動する事』『同じ程度の力量の人間と仕事をする事』の心地よさ、真面目に働いていれば、孤児では考えられない社会的評価と身分、そして信頼できる仲間を得られることは、生まれ育った環境が恵まれている貴族の子弟や富裕な商人には理解できないことかもしれない。


「しっかり学ぶこと。与えられた課題に真摯に取り組む事。仲間を大切にすること、自分自身を大切にすること。守っていくうちに、自然に道は開けると思うわ。それがリリアルだから」

「頑張るのですぅ!」

「真面目にやるのだ!!」

「村を守れるように力を付けないと。いろいろと……」


 一人一人の目標が違っても構わないと彼女は思う。リリアルの外にいても「仲間」は「仲間」なのだから。





 兎馬車での移動中、今日の探索の注意事項を確認し、三人はお互いに役割を明確にしている。他のパーティーも同様だが、先ずは気配隠蔽の徹底、実際に薬草がどのような場所にあるのかの実地研修、そして、万が一魔物に遭遇した場合の実戦演習までがセットである。


 ゴブリンや狼を含め、獣魔物の足跡の確認。痕跡の見つけ方もそこには含まれていく。恐らくはゴブリンと遭遇する事になるだろう。猪や狼は彼女たちの数を見て逃げる可能性が高いが、ゴブリンはそこまで慎重ではない。


 数が増えており、調子に乗っている可能性が高いからだ。女子供だと見て、容易に襲ってくるだろう。


『小僧共、ビビらねぇと良いけどな』

「ビビるわよ。私だって、森で一人で心細かったわよ」


 最初に出会った狼の群れ。思い出せば竜よりもアンデッドの軍勢より余程恐ろしかった。まだ、自分自身が自分自身を守れるかどうかも定かで無かった頃の思い出である。


『俺がいたから安心だっただろ?』

「そうね。あなたが……私の初めての相棒ですもの。あなたと出会ってから、心細い事はあっても、不安に思う事は無かったわ」


 彼女と魔剣は子爵家の書庫で初めて出会った。それから五年、随分と一人と一振は遠いところまで歩いてきたのだ。


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