第306話-1 彼女は二期生とゴブリン討伐に向かう
一期生が手にすることのなくなった鋼鉄製のスクラマサクス。それに、サクスではなくバゼラードと呼ばれる今風の短剣を揃えている。今回の二期生にはこちらの短剣が主な装備となるだろう。
ゴブリンの討伐依頼が出ているのはワスティンの森が近い村からであった。
「ゴブリン討伐って、最近騎士団が行うのではありませんのね」
お姉さんな赤目茶髪の『ルミリ』は孤児となって日が浅い。なので、王都近郊のことについてはそれなりに理解力があると言える。
元はそれなりの商家の娘であったのだが、両親が死んで見る者がいないため孤児院に入る事になった。実家の商家は借入金があったらしく、抵当に取られてしまったという。もし残っていたとしても十二歳の子供が経営できるわけもなく、どうにもならなかったと言えるだろう。
「ワスティンの森は奥が深いので、街道沿いを中心に警邏・討伐する騎士団の範囲の外になるからなのよね」
伯姪の説明に不足があるとすれば、ワスティンの森の傍を王都に向けての運河を掘削する工事が始まる事になっている。ゴブリンだけでなく他の魔物も含めワスティンの森の魔物を討伐して欲しいという地元の希望も反映されている。
運河の掘削工事で、作業員が集まりそれを相手にした商売で周辺の街や村が潤うからだ。魔物の被害が出て工事の延期や中止が発生すれば、経済的損失がどれほどのものになるかわからない。
自身で討伐できるほどの戦力を持たない貴族なども報奨金の出資者となっているのだろう。依頼主が「運河掘削合同委員会」となっていた。王都も出資しているのだろう。
「危険じゃん!」
「危険だから冒険者にお金を払って討伐させる」
茶目黒髪の『アン』の言葉に、碧目灰髪の『ヴェル』が反論する。それはそうだ。ワスティンの森のゴブリンは「強化」されている可能性もあり、正直二期生の経験に向かうには荷が重い気もする。
「先ずは、一期生たちで前衛をこなすので、二期生はパーティーの後衛として自分の身を守る事に専念する……という事でどうかしらね」
彼女の提案に一期生達が頷く。九人の二期生を四つのパーティに分ける事にする。
第一斑は伯姪と茶目栗毛に二期生の男二人銀目黒髪『アルジャン』灰目灰髪『グリ』が組む。
第二班は黒目黒髪と赤毛娘に赤目茶毛『ルミリ』茶目黒髪『アン』
第三班は青目蒼髪と赤目蒼髪に碧目銀髪『ブレンダ』碧目灰髪『ヴェル』
第四班は彼女と村長の娘に灰目黒髪『セイ』と茶目灰髪『ターニャ』となる。
兎馬車四台でパーティー毎に移動する。今回もサボア三人組と彼女の組合せなのは、戦力的に仕方のないところだ。この三人はどちからと言えば、錬金術・薬師系統の能力を伸ばすことが預かっている目的だからである。冒険者としての経験はそれほど重視をしていない。
とは言え、サボア公国内でも魔物はそれなりに出るはずなので、自衛目的の魔力の行使は必要だ。気配隠蔽鬼ごっこや身体強化しての遊びなどで三人はまあまあ楽しく魔力を伸ばしている。孤児ではない故に、屈託のなさに加え戻る場所が決まっているという事も大いに差がある。
三人は王都出身の六人とは共有しにくいバックボーンが存在する故に、無理に馴染ませることをしていないのである。ここに誘った張本人である彼女が直接面倒を見るのも道理な気がすることもある。
「これが剣か……重たいのだな」
「それはそうだろうね。鉄の棒に刃が付いているんだから。でも、騎士の剣と『スクラマサクス』はかなり違うから、扱い方を良く練習しないと危ないのよ」
碧目灰髪『ヴェル』の言葉に伯姪が答える。ロングソードと比較して、スクラマサクスは鉈に近い。剣先に近い方に重心がある為、振り回すのに向いていないのである。
「鉈とか斧と同じで、剣先の重さで勢いをつけて断ち切るのがスクラマサクスの使い方なの。ほら、これが騎士の剣」
「かっちょいいのですぅ」
「カッコいいのだ。殿下の近衛様たちも、お腰にこのような剣を吊るしておられた」
サボア公の館で下働きをしていた彼女たちは、騎士を目にする事もあったのだろう。身近な憧れの存在であったのかもしれない。
実際、もって少し振ってみると、騎士の剣は手元、もっと言えばガードの部分辺りに重心がある。剣先を容易に操ることができる反面、致命的な打撃を与えるのには向いていないと思われる。
「みんなは、身体強化ができれば多少重たい剣でも触れるようになるし、そもそも、人間相手だから騎士の剣が有効なんだよね」
「なんで?」
率直な疑問には率直に答える。
「剣で戦う状況というのは、混戦状態だね。敵味方入り乱れている状態で、先ずは自分の身を守る必要がある。一撃の強力さなら同じ長さのメイスのほうが効果がある。剣は、相手の攻撃を受け流す防具としての役割もあると考える。じゃあ、魔物にその道具は必要かというと、あまり意味がない」
「じゃあ、なんで剣を持っていくの?」
「それは、持ち運べる中で攻守にバランスの良い装備だから。リリアルも討伐前提の時は弓や銃、長柄の装備を持つよ。でも、素材採取には不要でしょ?」
槍でも弓でもなく剣を扱う事には皆納得したようである。
「で、このスクラマサクスを使うのはね……」
彼彼女たちが最初に習う魔力を用いた行為は『気配隠蔽』である。
「気配隠蔽をしているとさ、ゴブリンが突然現れたとしても、相手はあんたたちに気が付かない。狼の場合、人間の臭いがするけれど残り香かなと勘違いするかな。自分たちでもあるでしょう、目の前に探し物があるのに気が付かないで探しちゃうこと」
「……たまにあるね」
「僕はよくあります」
二人の男子が相槌を打つ。気配隠蔽と言うのは、見えているはずなのに気が付けない状況を作り出すものである。
「だから、動いたり声を出せば相手は気が付く可能性が高まるよ。ゴブリンが三匹現れて、一匹を殺す時に大声でも出されれば二匹に襲われることがあり得るね」
「えっ、じゃあ、その時はどうすればいいんですか!!」
異口同音に焦り出す二期生。
「その為のパーティーでしょ? 三人ないし四人で行動していれば、同時に三匹四匹倒すことができる。そこで騒がれたとしても、後三匹ぐらいなら正面押しで勝てるよ。だってゴブリンだもん」
それもそうかと二期生は安心し、納得する。ゴブリンは弱いがゴブリン達は弱くないのだ。
「あのね、その昔、私たちが見つけたゴブリンの村塞があったんだけど、騎士団に討伐させようと思って報告をしたのね。そしたらどうなったと思う?」
二期生達が口々に「そんなのゴブリンは皆殺しだろ(でしょ)!!」と答える。騎士がゴブリンに負ける事など考えられないからだ。
「残念、四人の魔力持ちの騎士が斥候で出向いて全滅しました」
「……え……」
「その後、リリアル一期生と冒険者のパーティーで討伐しました。あれが初陣だった子達も結構いるよね」
「その前に、猪討伐してるじゃない?」
黙ってやり取りを聞いていた彼女が口を挟む。猪にしてもゴブリンにしても、最初は押さえつけて据え物切りのように倒したものであった。今では……スパスパである。慣れというのは恐ろしい。
次に狼……猪……魔狼……という形で、森の中で遭遇する可能性の高い魔物に関して簡単に心構えと戦い方を確認していく。
「とにかく、気配を消して逃げるなら死なないんだから。冒険者は冒険するもんじゃないんだからね!!」
「「「なにそれ?」」」
冒険者は冒険をしない―――というのは、リリアルの基本的な考え方の一つである。魔術師を一人育成するコストはゴブリン千匹討伐しても割に合う取引ではないからだ。
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