第305話-2 彼女は『ルリリア商会』を設立する

 商会の立上げと並行して、帝国内での活動をどのように進めるかを検討しなければならない。先ずは、どこを目指すのかという事だが、帝国の西側メイン川流域のコロニアが経済的には最も大きな都市になる。


 帝国の将兵がネデルに向かう際の中継点となっていること、帝国内最大の武器類の商業集積が為されている事などがある。とはいえ、そこに新参の王国の商会が支店を設けたり、売り込みを行うのは難しいのではないかと考える。


「オリヴィに相談すればいいじゃない」

「そうね。お尋ねしてみようかしら」


 一人悩む姿を見て、伯姪が彼女に助言をする。王国内の事であれば大概の事は情報を得るなり判断するなり出来たのだが、未知の他国に関していえば、考えあぐねるのは当然だろう。


 彼女が相談すると、女魔術師は少し考えてから幾つかの有力なコロニア以外の場所を提示してくれた。


「一つは大司教座のあるメインツ。ここは、帝国第一の大司教座のある都市で、戦争の影響はあまり受けていない。メイン川の合流点にあるから、帝国の補給路上にあるし商業的にはそれほど勢いのある都市ではない代わりに、宗派の対立があまりないわね」

「それはとても重要でしょう」


 確か、メインツは大司教が愛人と結婚する為に原神子派に宗旨替えしようとして市民から攻撃され大司教を辞めさせられたこともあったと彼女は記憶している。


「金も人も集まるという事は、対立も集まるからね。あまりお勧めできない。そういう意味では、メインツに近いアム・メインも悪くないわ」


 アム・メインは帝国の議会が開かれる政治的な都市ではあるが、象徴である事もあり、宗派対立も比較的穏健であると言える。


「人が平均して行きかうのはメインツね。それに、私の知り合いもいるから、話を聞いてもらえると思うわ」

「それは助かります。帝国内に知人がいませんから、その方と会わせて頂けると有難いです」

「そうね、元々酒保商人の家系だし、穀物を主に扱う商会だったはずだから、神国軍にも伝手があるかもね」


 若い頃は、先祖に倣って酒保商人の真似事をして戦に巻き込まれたこともあったと聞いている……そうオリヴィは楽し気に話してくれる。その表情から、余程近しい人なのだろうと彼女は察するのである。





『メインツ……商会の支店が置いてあるね。コロニアを避けるというのは良い判断だと思うよ。あそこは色々生臭い街だから。大体、大司教座があるのに、大司教は隣り街に住んでいて、市議会の許可がないと大聖堂に入れないとかちょっと何言ってるのか解らない街だ』


 帝国に商会を持つ『伯爵』にも意見を聞くことにしたのは、当然なのだが最初から当てにしたくなかった理由は、このエルダーなリッチが今一つ信用できないからでもある。


「私が帝国で商売をしている間、『伯爵』様のメインツの支店にポーションを預けようと思うのですが、問題ありませんでしょうか」


 これで、『伯爵』の商会に関しても協力が要請できるはずである。


『構わないよ。何なら、取引先の貴族を何人か紹介しようか?』


 それは渡りに船な気もするが、確か『伯爵』は吸血鬼かもしれない貴族を敬遠していたはずである。ならば、紹介してもらうのは遠回りではないかと彼女は考え始めていた。


『吸血鬼を避けるのは避けるんだが、そいつの知り合いの貴族……というのはどうだ?』

「知り合い……ですか」


 間に一人挟んだ関係という事だろうと彼女は理解した。それなら『伯爵』も紹介する事に躊躇が無いのかもしれない。


「何人か紹介していただけると嬉しいです」

『吸血鬼って酒飲むのか? 味とかわかるもんなのか』


『魔剣』の思う疑問を言葉を変えて彼女は『伯爵』に伝えると、彼はこう答えた。


『味覚に関しては問題ないだろうね。だがそこが肝心な問題ではないよ。彼らは夜行性の生物であり、暗いところが大好きだ。そこで嗜むのは何か?

 お酒だよね。そう、自分の周りに人を集める為にも良い酒は彼ら彼女らにとってはとても魅力のある素材だ。まして、帝国で手に入りにくい王国の蒸留酒、それも王都の貴族がオーナーの商会が作る酒。飲みたい、飲ませたいと思わないわけがない』


 得々と話す伯爵が最後にこう付け加えた。


『吸血鬼どもは、不老不死で人を操るのが大好きな陰謀家だ。そして、その根底には私以上の「享楽主義」が存在する。王国育ちの若い女商人が勧める特別な酒に興味を持たないわけがない』


 自らも餌とするなら、吸血鬼と接触するのは何らの阻害要因もないと『伯爵』は彼女に伝えるのだった。





 彼女は思い出す。オリヴィが初めて討伐した吸血鬼は、帝国皇帝の側近とも言える高位の騎士の妻であり、その居城はアム・メインとメインツの中間にある小さいながらも城壁を備えた街を有する城の主の奥方であったという事を。


 白昼堂々、その居城に押し入ったオリヴィとビルは、昼間であるにもかかわらず、陽の光を遮るカーテンやタペストリーで覆われた領主の寝室のさらに奥に潜む奥方を討伐したのだという。


「吸血鬼の生活環境が特定できれば、似たような生活を送っている貴族を重点的に確認していけばいいのよね」

『それはつまり……皆殺しにするという意味だよな』


『魔剣』の問いに彼女は「蚊やダニを駆除するのと同じよ」と言い捨てた。


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