第304話-2 彼女は二期生に魔術師について説明する。
とはいうものの、孤児院に似た生活を繰り返すうちに、二期生の間でも気の緩みが出始めている気がする。
「先生、中々難しいです」
「話を聞いていても、その後すぐ忘れちゃう子も多いです。たぶん、あたしたちが入った頃よりもずっと良い環境なんだけど。それがわからないからかもしれません」
黒目黒髪に赤毛娘が彼女に相談に来た。既に一期生や慣れた薬師の子達が仕事をしている横で補助のような仕事が主であり、退屈している様子も見て取れるからだ。
赤毛娘は当時八歳、今でも二期生に混ざっても真ん中より下位の年齢である。あの頃は彼女も伯姪も一期生も手探りで、色々一緒に経験し、試し、試行錯誤して共に育ったと思っている。
二期生は既に出来上がった仕組みの上を習っているだけであるので、今一つな気がするのだろう。
「少し予定と違うけれど、王都で冒険者登録する?」
「薬師ギルドも見学させてもらいましょうか。その上で、実際に森に入って薬草探しをする。学院にいる時だけしか畑で薬草は揃えられないのだから、冒険者のように出先で採取して加工できるようにすることも必要だもの。良い刺激になるでしょう」
「装備も整えて。駆け出し冒険者風の装備ね」
彼女は懐かしく思う。武具屋に立ち寄り、思い思いに装備を揃え乍ら、今の装備が整う前の駆け出しのころの思い出をだ。
「では、今日の午後にでも早速」
「……早くない?」
「善は急げよ。魔装馬車……兎馬車三台で行くわ。魔装兎馬車の練習もあの子達にさせましょう」
魔力が必要な魔装馬車の馭者は、リリアル生の必須科目でもある。馬車で王都に向かい、冒険者登録をすると聞き、二期生は大いに喜んだ。
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「こんなの聞いてないですぅ」
「人生そんなもんだよ。あはは!」
灰目黒髪の『セイ』の愚痴を茶目廃髪の『ターニャ』が宥めるように相槌を打つ。この兎馬車は他に村長の娘に彼女を加えた四人乗りである。
思いのほか兎馬車の操作には魔力を用いるようで、王都に向かう僅かな時間の間でも、馭者を務める灰目黒髪『セイ』には厳しく感じるようだ。軽口をたたいていた茶目廃髪『ターニャ』が振り向き彼女に問いかける。
「院長先生、私たち本当に冒険者になるの?」
今まで、使用人でも最低ランクの「洗濯人」「皿洗い」であった二人からすると、『冒険者』はとても魅力のある職業に思えるのだ。
「冒険者は登録さえすれば誰でもなれるのだけれど、どんな依頼でも受けることができるわけではないの」
彼女は、先ずは素材採取や雑用のような仕事を受け、実績を積んだ上で昇格し、討伐や護衛といった割の良い仕事を受けられるようになることを説明する。
「なーんだ。じゃあ、今とやっていること変わらないんだ」
「ふふ、そうね。でも、学院の薬草畑には必ず薬草があるし、そこに魔物や獣が現れて危険な目に会う事はないでしょう? 学院にいる魔猪は、依頼の最中に討伐して手懐けて従魔にしたものなのよ。どのくらい危険か理解できたかしら」
今ではすっかりリリアル周辺の森の主然としている『魔猪』だが、その昔は、近隣の村からの討伐依頼で遭遇し、癖毛が殴り倒して従魔にした存在だ。それを二期生達は知らない者もいた。
「へ、へぇー」
「サボアだって、山沿いの村に行けば、熊や狼、魔狼に襲われていたでしょう。王都近郊はそこまで危険ではないけれど、猪に狼、ゴブリンだって出るわよ」
三人は顔を強張らせて一様に見合わせる。
「で、でも、ゴブリンって弱いよね」
そう、ゴブリンは七歳くらいの子供の大きさだ。身長は1m少しだし、腕力もそれほど強いわけではないし、頭も悪い。邪悪で卑怯ではあるが。
「ゴブリンはね、大概三匹くらいで行動しているわ。一匹だと思うと、後から仲間が現れたりね。それに、オーガに近い上位種もいたりするのよ。騎士も一対一なら危険な存在。普通のゴブリンだって二対一、三対一になれば人間だって負けるわよ。油断して、数に押されて負けて死ぬ。だから、初心者には討伐をさせないし、冒険者はパーティーを組む。
リリアルだって常にペアで戦い、少なくとも四人ないし六人で行動するわ」
その例外が彼女なのだが、それは黙っておくことにする。
「いい、一期生と二期生の差は知識と経験の差なのだけれど、彼らは私と沢山の経験を重ねてきているわ。恐らく、二期生にはその経験をさせることはできないと思うし、これから一期生と同じようには相手ができるとは思えないの。私にも任務があるからね」
彼女はリリアルだけで仕事が完結するわけではない。今後は益々そうなる可能性が高いと言えるだろう。
「だから、一期生の子達の話はしっかりと聞いて、私の言葉だと思って考え行動してもらいたいのよ」
彼女と経験を共にした一期生は、彼女の分身とも言える存在であり、十分に後輩の面倒を見ることができる存在だ。年齢が近いとはいえ、それは、彼女と一期生の関係と変わらないくらいの差だ。
「冒険者は命懸け。それはリリアル生も同じなんですね」
村長の娘が理解しようと言葉を重ねる。彼女達が考えたカリキュラムには効率の良い方法で考えられていたが、それは「経験」について十分に考えられたとはいえなかったかもしれない。
百の訓練より一度の実戦とも言われる。勿論、訓練で基本的なことを理解して体が反応できるようにすることは大切だろう。しかしながら、実際に目の前に魔物や悪人が現れた状態で、思うように動けるかというとそうはいかない。
思うように最初から体は動かせないのだ。そして振り返って反省し、次に生かす事ができるようになる。その繰り返しが必要なのだ。
思えば、リリアルの一期生はずっと実戦の繰り返しだった。それも、王国の騎士が尻込みするような魔物が相手であったことも少なくない。竜や吸血鬼を討伐した子供たちなのだ。
今の段階で二期生はその凄さが実感できないだろう。兎馬車を魔力を用いて普通に動かす事が大変であるという事も、経験して初めて理解できる。故に、安全に教える……ということは、危険に巡り合わないように務める事ではないと理解しなければならないだろう。
『お前たちにはできなかった贅沢だが、危険を管理して経験させると言うのも大事だな。帝国に潜入する前に、経験を積ませることが大事だぞ』
魔剣の言う通りだろう。失敗すれば、二期生が傷つくだけではなく、指導者としての一期生も傷つくだろう。そのうち必要な経験だろうが、それが今である必要はない。
「では、久しぶりにゴブリン狩りに行きましょうか皆さん」
まるでハイキングに向かうような口調で言葉にする彼女に対して、三人の二期生の表情が凍り付くのは当然のことであった。
久しぶりの冒険者ギルド。かなり騎士団との関係が整理されたこともあり、討伐依頼は少なめとなり、その報奨金の額も減っているように思われる。
「久しぶりですねアリー。もしかすると、またそういう時期になったのですか?」
顔なじみの受付嬢に声を掛けられる。昔は週にニ三度は顔を合わせていたのだが、ここ一年程ご無沙汰であっただろうか。
「新人の冒険者登録をお願いします」
「はいはい。じゃあ、皆さん、こちらで冒険者登録をしましょう。並んでくださいね!」
九人の新人が受付を行うのにはそれなりの時間がかかるのだが、書類は全員自分たちで書けるので、まとめて説明してもらい、一気に書いていく事にする。読み書き出きるのは楽と言えば楽だ。
全員の書類の記入が滞る事なく終わり、その上で、受付嬢から冒険者としての心得、依頼の受注の仕方、昇格の方法について説明を受ける。
「……つまり、討伐の依頼としては受けられないけれど、素材採取の途中で出会った魔物に関しては討伐しても構わないし、討伐の証明ができれば、昇格の条件に加える事が出来る……といことでしょうか」
お姉さんな赤目茶髪の『ルミリ』が念を押すように確認する。
「その通りです。それと、薄黄以上の冒険者のパーティーメンバーとして討伐することも可能です。但し、自分の実力とかけ離れたパーティーに加わって冒険者等級を上げ、それを基に依頼を受けると大変なことになる場合があります」
従者に討伐を任せ等級を上げる貴族出身の冒険者も存在する。その場合、従者が護り切れなくなった場合はその本人が命をもって責任をとることになる。
「最近は減りましたけど、少し前にはそういう名誉のために高位冒険者を雇って等級を上げる方もいましたよ」
「……最近はどうなったんですか」
受付嬢は少し間を開け、「冒険者ギルドで対応できない規模の厄災に遭遇して命を落とす方が増えたので下火になりました」と答えた。
――― 竜や吸血鬼にアンデッドの軍団。冒険者の対応すべき・可能な案件ではないだろう。
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