第304話-1 彼女は二期生に魔術師について説明する。
彼女が帝国に潜入する間、二期生の育成は伯姪と残りの一期生達に委ねられるのだが、彼女はその最初に、直接伝えなければならないと考えている事があった。
――― 『魔力を持つ者すべてが魔術師になれるわけではない』ということを。
「大事なことを最初に説明するわ。あなたたちは魔力を持っているけれど、魔術師に成れるかどうかは分からない……ということね」
「あ、あの……どういうことですか?」
しかめっ面をする男の子、アワアワとする女の子、黙って下を向く女の子。その中で、唯一声を上げたのは、あのサボア公爵の館で誰よりも熱心に洗濯をしていた娘である。
「ペンを持っているからと言って文字が書けるわけではない。金槌をもっているからと言って大工なわけではないわ。魔力はそれと同じ。道具を持っているだけで、それを十全に使いこなせて、初めて魔術師の入口に立つことが出来る。だから、全員が残るとは考えていないわ」
実際、一期生も癖毛は魔術師ではなく魔装鍛冶である。それなりに使える魔術もあるが魔術師とは言えない。
「そんなことって……」
「貴族はほとんど誰もが魔力を持っているわ。でも、魔術師は限られた人間だけよ。何故だか分かる?」
ほとんどの者は首を横に振る。無視している男が一名。
「で、分からないと意思表示をしなかった……あなた。理由を自分なりに話してもらえるかしら」
灰色の髪に灰色の瞳を持つその少年は、しかめっ面のままこう発言した。
「そんなもん、魔力を使わなくったって食えるからだろ?」
その口振りに怒鳴り返されることを予感した何人かの女の子が怯えたような表情を浮かべる。
「態度も悪いし、感じも最低だけれど馬鹿ではないようね。その通りよ。何故なら、私も十二歳までは魔力があるなんて知らなかったもの」
「「「「「……え……」」」」」
彼女は最初から下級貴族か商人の夫人になる事を望まれていた。だから、計算や契約書の読み書き、護身術に挨拶の仕方といった商人に望まれる実務ばかり勉強していた。そして、その延長で薬師の勉強をしていた。
「最初は、薬師をしていたのよ、あなた達くらいの年頃は。森で薬草を採って、傷薬を作って、薬師ギルドに卸していたわ。いつか、自立する時の為にお金を自分で稼げるようになりたかったのよ」
「……そうなんだ……」
今では、すっかり当たり前になってしまい最初から騎士として、貴族として立派に過ごしてきたかのように思われがちな彼女であるが、最初は駆け出しの薬師、冒険者に過ぎなかった。
「魔力があるってわかってから、自分で調べてポーションを作る事にしたの。傷薬は魔力が無くても作れるけれど、ポーションは同じ素材に魔力で精製した魔力水を加えて、自分の魔力を注ぎながら作成するの。値段は百倍以上違うから、ポーションを作るようになったわ」
「ひゃ、百倍ですか!!」
「ポーション売って丸儲け」
「あ、ギルド登録するしかないから、勝手に売れないからね」
がっかりする顔の子、頑張ろうと思う顔の子、いろいろである。
「で、でも、やっぱり才能ってあるじゃないですか」
「あるわね。でも、使い方よ。魔術師に成れないほどの微量な魔力でも上手に使えばポーションを作成したり、魔装具を使うくらいの操作は可能になるのだし、使い続ければ、魔力は若いうちは増えるから、その部分も生まれつきだけじゃないわね」
彼女は赤毛娘が小さなころから知らない間に身体強化を使い、水汲みや薪割りを熱心にしていたことからとても魔力量の多い子になったこと、薬師娘も長い時間ポーションを作る事で、今ではギリギリ魔術師程度の魔力量まで増やすことが出来たことを伝える。
「な、なるほど」
「私も、魔術師に成れるのだ☆」
「なれるのです!!」
水晶の村の村長の娘に、公爵家の下働き娘二人は大いにやる気になる。三人は、魔力的にはギリギリ魔術師ラインなのだが、伸ばす余地はある。
「元々多い子は?」
「さらに伸びるわ。色んなことが出来るようになるし、人の力を越えてしまうかも知れないわね」
「それは……男爵様のようにですか?」
そういえば、彼女は名乗りをしていなかった。
「外ではそう呼ばれているけれど、学院生には『先生』もしくは『院長先生』と呼ばれているから、皆さんもそう呼んでもらえるかしら」
「「「「はい」」」」
色んな動機でこの場に集った九人と親衛騎士一人。十人が揃って魔術師として独り立ちできるようになることを彼女をはじめ、リリアルのメンバーは皆願っているのである。
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