第300話-2 彼女は『帝国』へ旅立つ準備を始める

 騎士学校にいる間、彼女は中々時間が取れず『伯爵』の下へは彼女のポーションだけを届けさせていた。という事で、今日は久しぶりに直接顔を見せに来ているのである。


『アリー、色々とご活躍だったみたいだね。話には聞いているよ』

「ご無沙汰しております『伯爵』様。お変わりないようで何よりです」

『アンデッドだからね。変わっていたら不味いね』


 あははと笑う『伯爵』。血色は悪いが、壮年の自信に満ちた風貌の、どこかエキゾチックな雰囲気の男である。社交界ではその存在に一目おかれており、『伯爵』の顔を出す夜会の主催者は株が上がると言われている。


『それで、用件はポーションを渡しに来ただけではないんだろ?』


 最近のアンデッドの出没状況は異常であり、その供給先は帝国ではないかと彼女が考えていることを伝える。そして、それに関して『伯爵』の知りえる事を教えてもらいたいという話である。


「帝国に暫く赴こうかと思っています」

『……そう。でも、ただ足を運んでも何もわからないと思うよ。奴らは表に出てこないだろうし、住処を発見しても容易には近づけない』

「帝国の冒険者と組むつもりです」

『おお、あの魔女だね……オリヴィアだったか。君の姉に連れられてきた夜会で挨拶したことがある。中々の力量があるね。連れの男も面白い』


 姉はヴィーとビルを夜会で『伯爵』に会わせたのだろう。ヴィーもビルも手持ちのドレスの類はいくつかある。カジュアルな会に誘い、そこに『伯爵』がいることも想定していたのだろう。


「吸血鬼の『貴種』について、御存知の事はありますか?」

『私のいた時代は、サラセンと戦争中だったからね。それは、あっちの軍隊を襲っている吸血鬼の話は噂で流れていたよ。随分と少数で討ち入り、夜間の間に多くの兵士を殺戮する少数の部隊がいると話題になっていた。それが吸血部隊だね』


 ウィンを包囲したサラセンの皇帝ソロモンの軍の野営陣地を、少数の帝国軍と思われる部隊が夜間に急襲することが続いていたという。


『サラセンから直接聞いたわけじゃないから、被害状況ははっきりしないけれど、野営を続けることが困難になるほどの士気の低下を招いたというね。まあ、惨い死にざまだったんだろうね』


 撤退するサラセン軍に帝国軍は追撃を行い、失った領土を回復しやがて休戦となったのだが、その最中も、多くのサラセン兵が毎夜惨殺されたという。追撃した帝国兵が発見した野営地の惨状から、その事が漏れ伝わってきたのだという。


「どのような事かお判りになりますか?」

『……共食いと言っていたな。何らかの呪術で殺し合わせたとも聞いたな』

「グール化した兵が味方を襲った、魅了で洗脳された兵士同士が殺しあった……ということろでしょうか」


 『伯爵』は「さあね」という素振りをする。


『それから、すっかり落ち着いたみたいでね。まあ、偉い奴らはそれで「お腹いっぱい」になって昼寝を始めたんじゃないかって話だ。活動が一気に減った。でも、残された下位の吸血鬼が悪さをし始めるという可能性が大いにある』


『伯爵』曰く、上位種は満腹状態の時は極めて理性的で、高度な知性と人間性を持つというが、空腹時は野獣と変わらなくなるという。今は至極ご機嫌か休眠中なのではと考えられると。


『隷属種はかなり本能剥き出しで、知性も低い。不死身の破落戸か淫売だね。素性もそんなものが多い使い捨ての存在だ。その中で生き残るか、最初から貴種の従者として生まれるのが従属種で、これが一番に人間味がある……悪い意味でね』


 自分が人間を越えた存在であることを誇り、人間に対しての劣等感ももち得ているアンビバレンスな存在だという。


『犯罪組織の影の指導者、人間を総じて不幸にするために策謀を巡らす奸智に長けた存在。悪意の集合体。まさに、「悪魔」の如き存在だ』

 悪魔は天使と見まごう姿で人前に現れ、人を誘惑し堕落させる。つまり、吸血鬼の悪さをする存在は、そこそこ長く生きて経験もあり、人間としての記憶もある……貴種未満の従属種であると考えられるわけだ。


『知り合いにはいないが、帝国内には「そうではないか」と言われる存在が複数いる。但し、そいつらは皇帝でも会うことが難しい高位の貴族かそれに類する存在だ。故に、討伐自体が難しい』


 悪意を具現化する為に、高位の貴族となって権力を振るっているのか、高位貴族ゆえに吸血鬼となったのかは不明だが、悪意の出所を探れば、やがて吸血鬼に辿り着く……ということなのであろう。


『お奨めは、ネデル領に侵攻中の神国軍の将軍ないし指導者。その周りに潜んでいる可能性があるね』


 ネデルの原神子派諸都市が神国・帝国皇帝に対し独立運動を起しており、それを排除する為に多くの軍が送り込まれて久しい。ランドル・南ネデルは帝国に服属することを容認した都市が多いが、後背地である王国に対して妨害工作をする余地が相当ある事は明白であった。


 ネデルにどう近づくか。彼女はヴィーと相談することを考えたのである。


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