第四部 十六歳
第300話-1 彼女は『帝国』へ旅立つ準備を始める
騎士学校を卒業した彼女たちは、何が変わるでもなく、リリアル学院で半年の間専念できていなかった学院の運営業務を進める事にしていた。
未だ中等孤児院は進んでいないものの、その分、リリアルでの受け入れられる人数を増やそうと、離宮の敷地の外に、新たに住居と研修施設の建物を建築させていた。
「薬草園と養鶏の設備も拡張したいわね」
「人気は商人の簿記や筆記の仕事、それに、使用人と薬師なんだけどね」
「それは中等孤児院まで待ってもらうか、孤児院のどこかで移動教室を開く形で行うしかなさそうね」
リリアルで住み込んで勉強する必要の少ない業務は、なるべく王都内で済ませたいのである。人の出入りが増えれば、不審な人物の来訪もチェックできなくなる。
一年前と比べ、リリアルの名声は大いに高まっており、関心をもつ内外の人間も増えている。とは言え、王妃様の肝いりであり、リリアル男爵=妖精騎士の直接運営する施設であること言う事から、悪意ある存在は避けているようでもある。
「あなたに喧嘩を売るのは身の破滅ですものね」
「確かに、頭が悪い行い……でございます。お嬢様」
セバスは、彼女たちが学院に復帰し、今までの「代理の仕事を手伝うから忙しい」という逃げ口上が使えなくなり、今日も今日とて癖毛と共にヴィーに鍛えられてフラフラとなっているのだ。
「あんたも勲章貰った騎士の端くれでしょ? 土魔術も使えるようになれば、里長継げるようになるんじゃないの?」
「!! でございますねお嬢様方。俺……私、もうひと踏ん張りしてまいります!!」
心の汚れた中年歩人には、ニンジンが適時必要なのである。
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二期生と薬師の子たちの住む住居棟が完成していた。流石に、工期の遅れは見逃せず、不本意ながら姉の力を借りたのである。
「まあ、お姉ちゃんに掛かればこんなものよ」
「……どんなものなのかしら。とても必死に仕事をしていたと聞き及んでいるのだけれど」
姉がいったい何をしたのか、彼女は見当もつかないのだが、兎に角職人たちは必死に仕上げていたらしい。
「まあほら、王都で仕事できなくなるよって。リリアルの実家を知らなかった盆暗もいたみたいだしね♡」
彼女の実家の子爵家は王都の都市計画を預かる一族の長。仕事を干されるのは、ここに来ていた職人だけでなく、その上の親方や関係者すべてに関わってくる。
「あと、ヴィーちゃんが魔術でちょちょっと整地したりしてくれたのも大きいかな。地面がスゴク平らだし、しっかりしているから安心して建物が建てられたみたい」
元々適性の高い癖毛や、何故か歩人のくせに妖精に嫌われている歩人が術を行使できるようになれば、村の再開発や城塞の補修なども簡易にできるようになるだろう。それは、リリアルにとっての大きな戦力強化となる。
「ミアンで見せつけられたもの。東門の攻防で」
「すごかったんでしょ? 本人は庭いじり感覚で施したみたいだけどね」
『土』魔術の威力は彼女も間近で見ていたのでよく理解している。一瞬で地形を変え、その土を強化し堅固なものにしていた。あの術があれば工兵いらずだと思われる。
「そんな事より、内装を見てもらいたいわね」
「……普通に仕上がっているんでしょうね。普通に」
今回は木造の二階建ての家屋を建てている。次に隣接する場所には、石造の土台に焼煉瓦を用いた建物となる予定だが、建築には年数を擁するので、木造を優先している。
中通路で両側に部屋が配置されている形だ。
「騎士学校みたいね」
「そう? 一応、王都の中堅クラスの宿屋をベースにして、二人部屋と一部三人部屋に仕上げたわ。今回は個室は無しね」
煉瓦造の建物は、将来的にリリアルの学生だけでなく、外部からの学生を滞在させることや、講師の居住も考え、個室も設けるつもりだが、今回は、薬師・使用人・学生のメンバー用に個室は排除している。
中は広々とまではいかないが、左右の壁際にベッドと机、そして簡素ではあるが作りつけの棚とクローゼットが用意されている。
「リリアルは、仕事によって着替えが多いからね。みんな魔法袋をもつ訳じゃないから、この辺はしっかり用意したわ」
「……ありがとう姉さん。失念していたわ」
制服に礼服、作業着に冒険者の服とそれなりに着る物を揃えられるリリアル生活で、着替えの置き場所は意外と重要であったりする。
「机もいいわね。シンプルで使いやすそう」
「光源がちょっと工夫が必要なんだけど……魔石に自分で魔力を補充するタイプの照明だからね☆」
魔力を持たない者の部屋の分は、学生が当番で補充して回る事になりそうである。魔銀ランプという名称が与えられている。
「ちょっと灯して見せるわね」
姉が魔力を注ぎ、ランプの芯の如き部分を引き上げると、魔水晶であろうか、その光源となる部分が明るく輝き始める。
「とても高価な感じがするわね」
「そうそう。テスト品だから、王宮にもない最新モデルだよ。ランプみたいに燃えているわけじゃないから、火事の危険もないしね」
姉曰く、今の一瞬で一時間くらい明るいのだという。
「普通の魔力の子なら、この部屋の左右の分でニ三分かな。それで、一週間くらいもつみたい。あ、初期不良もあり得るから、壊れたらすぐに工房に連絡してくれって。耐久テストも兼ねているみたいだね」
彼女が騎士学校に滞在している間に、様々なことが進んでいるのかもしれない。工房の報告書は一通り目を通したが、特に差し障りのない承認案件は覚えていないこともある。これはその一つだろう。
「最終的には『リリアル工房製』の魔石照明具として商標登録をして、ニース商会で独占販売するつもりなのだよ。まあ、魔石の術式はたいして難しくないから、それを刻める魔術師をどれだけ揃えられるかと、あとは最初の段階で『リリアル工房』をブランドとして確立するまでが勝負だね」
貴族や富裕層は『模造品』を買うことはあり得ない。庶民が買うものが安価な模造品であることを咎め立てするつもりはないが、利益を多く産みだす貴族には、それをさせない為にもイメージを確立する必要がある。
「どうやるつもり」
「ん、簡単だよ。王宮に無料で進呈する。その代わり、ランプにリリアルの紋章を刻む許可を頂く。王宮に並ぶリリアルの魔石ランプを見て、王国中の貴族や富裕層、それから、騎士団や王太子府なんかの備品担当はこぞってニース商会に頭を下げに来るわけだ」
「うちを優先でって……そうすると、ニース商会を今後無下にする事は相当困難になるわね」
「その通り!! 大正解だね☆」
姉の交渉力は彼女も理解しているつもりであったが、王家やリリアルまで利用して商売を拡大するバイタリティは彼女の持ちえなかった羨ましくも憧れるところである。
「姉さんが商会頭夫人で良かったわ」
「うん、妹ちゃんは契約書とか帳簿付けとか得意だけれど、商会頭夫人はトップセールスだからね。そこは、私の方が向いているんだよ。まあ、何事も適材適所だね」
「……その通りね。リリアルの為にも、精々上手く営業してちょうだい」
「お任せ!!」
フィナンシェの工房は既に南都にも拡大しており、聖都近郊にも建てる事になっている。そこは、ワインを元にした蒸留酒の工房を隣接させ、修道騎士団が手放した城塞を買い取り、工房ごと守れる建物にするというのだ。
「シャンパー近辺には、使われなくなった修道騎士団の支部の跡があるんだよね。教会と一体になっているところは無理だけど、礼拝堂付きの小城塞なら、使いでもいいから買い取っているんだよ」
姉曰く、一周が200mほど、壁の高さは6m程だという。リリアル学院の離宮が霞むほどの規模だ。建物の質はともかく、城塞としてはしっかりしているのは、聖征時代の名残であろうか。
「工房も倉庫もそのままなんだよね。その辺りの荘園の代官をしていた
場所だから、大きいんだよ」
「泡沫の夢の後かしら。姉さんも私もそうならないようにしないとね」
「勿論だよ! 一番いいのは、妹ちゃんが王太子妃になって息子を二人産んで、次男は『リリアル公爵』になってもらう事かなとお姉ちゃんは思います」
それはそれで、王国を巻込んだ兄弟喧嘩に発展し、リリアルがそこに介入せざるを得ない事になる未来しか見えない。
「無いわね。カトリナが王太子妃に相応しいわよ」
「そうねー 腹黒王子には脳筋公女がお似合いね。まあ、それもありだねー」
姉が一つ二つ年下であれば、王太子妃の可能性もあったと言われるほどの社交界での扱いであったが、子爵令嬢ではそれも叶わず、本人も王宮暮らしは嫌だととっとと婿を取ってしまった。
仮に、今も独身であったら……王太子妃候補くらいには名が挙がっていただろう。
ニース商会の躍進の原動力はリリアルとこの姉の存在であることは間違いない。王国にとっては、姉はやはり王太子妃にならずに良かったのではないかと、彼女は思うのである。
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