第298話-1 彼女は竜討伐のパレードに参加する

 帝国への潜入、吸血鬼との会敵に関して、ヴィーは「それほど心配はない」と彼女に説明する。


「基本的に、個人主義者ばかりなのよ。だから、縦の命令系統は有効だけれど、横のつながりは皆無なのあいつら」


 ヴィーの経験的にも……経験あるのかと思わないでもないが、冒険者としての依頼の中で、帝国の貴族同様、その時点の自己の利害関係だけで判断する為、時に共闘しても長続きせず、やがて遺恨を積みあげ背中から同胞である吸血鬼を撃つことすら珍しくないともいう。


「へぇ。だから聖都近郊でもバラバラに行動していたわけね」


 伯姪も吸血鬼のあり様に納得のようだ。仮に、複数の従属種、それが従える更に多くの隷属種が同時多発で王国各地でグールの軍団を投入する事態になれば、恐らく、王国の騎士団や戦力は容易に失われる。


 また、グール化した村人の住む村や、家族が隠している為に容易に発見されないグール化した職人・商人なども各地で発生する可能性を考えると、吸血鬼の連携が取れないことは僥倖ともいえる。


「考えてみれば、人間の王国を建国するよりも吸血鬼の支配する国を作る方が力関係でいえば簡単なはずなのに、現実は精々、地方の名家として貴族の体面を保ちつつ、時代を越え乍ら時折目覚めて活動する程度で済んでいるのは、その為なのよね」


 吸血鬼は数百年から数千年生きているという。時に長命な貴種や原種と呼ばれる神に近い存在は陽の光を克服した者すら存在するという。だが、表立って人間を支配する気はないようなのだ。


「推測だけれど、人間が蟻の巣を見つけて支配しようとはしないでしょう? そんな感覚なのよ。時には別の種類の蟻を巣穴に嗾けたり、蟻地獄の巣に蟻を落したり、巣穴を壊したり水を流し込んで遊んだりする。けど、蟻の事なんて心底どうでもいいと考えているから、飽きたらやめる。そんな関係よ」


 子供の頃、経験した者もいるだろう蟻の巣の観察、そして思い付きの様々な悪戯。吸血鬼の神に近い存在である貴種は、その程度の感覚なのだ。


「神様の与える試練なんて言うのも、案外その辺りのことなのかも知れないわね」

「面白いからやらせてみよう? 数々の悲劇も喜劇も納得できる結果かもしれないわね」


 故に、吸血鬼の上位階級は帝国や王国と言ったものに興味もなく、自分の巣を守るために利用しているに過ぎない。つまり、吸血鬼の力を利用して、帝国の有利な状況を作り出そうとする人間の貴族もしくは権力者が存在し、それが問題なのだとヴィーは考えている。


「寝ている間、自分の寝床を荒らされない為に、力を貸している。吸血鬼の存在を容認し、力を利用している者を処分しなければこの状況は変わらないという事なのね」

「そう。そいつらは、死霊術師や他の魔物……例えばコボルドやゴブリンと言った悪霊の影響を受けた亜人の成れの果てを嗾けたり、利用していると思うわ。まあ、全部が全部証拠があるわけではないけれどね。そもそも、私一人では辿り着くにも

限界があるしね」


 帝国に彼女たちを誘う理由。ヴィーにはヴィーのメリットがある。では、帝国内で味方を作ることが出来なかったのだろうか。


「帝国の冒険者は傭兵の一時しのぎが圧倒的。それに、教会も帝国の中で君主の一人にすぎないし、皇帝とは敵対している事が多いわ。王国は王家の下に貴族も騎士も教会も従っているからわからないでしょうね。

 帝国では、それぞれ別の存在。吸血鬼の足の引っ張り合いと変わらない事を人が行っている。だから、何年たっても救われないまま時代遅れになっているわ」


 目の前の利益の為に、同胞を裏切り敵に手を貸す者もいる。上から下までその状況なら、誰もが自分本位になる。


「吸血鬼が仕向けたのか、それとも吸血鬼が真似ているのかはわからないけれど、本当に信用できる関係を作るのは帝国の中では奇跡的な事なの。特に、腕の立つ冒険者ならね。実質、星四つとなれば、伯爵並みに扱われるから、どっちの側に立つかっていえば、それは支配する側に立つのよ」


 王国は高位冒険者がお抱えになるので濃赤以上の冒険者が少ないものの、その分、騎士団が活動している。帝国では、更に個人主義が加速しているという事か。


「私がわざわざ王国に来たのは、私自身の為でもあるの。だから、あなた達には是非帝国に来てもらって、一緒に活動してもらいたい。その為に、出せる情報や技術は差し出すつもりよ」


 リリアルに関わるヴィーのスタンスがはっきりしたように思えた。彼女は、仲間を欲していたが、帝国でそれを望むことが出来ずに、噂のリリアルと接触してきたのだということを。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 その週末、『ラブル』の討伐を記念する王都での祝勝パレードが大々的に行われることになった。


 南都の『タラスクス』の討伐成功に引き続き、数百年に渡りその地域を脅かしてきた『悪竜』が討伐されたことを王国民に広く知らしめるためのイベントでもある。


――― 王家の威光が各地に広まっているという広報活動、プロパガンダである。


 王家の忠実なる騎士とその一族である、討伐を行った四人の魔術師兼騎士は、本心としては苦々しくはあるが、笑顔で参加する義務がある。


「カトリナ、顔がだらしないわよ。いつもにも増して」

「む、そ、そんなことはないぞ!! なあ、カミラはどう思う?」

「……公爵令嬢として恥ずかしいほどの緩みっぷりでございます」


 そう、カトリナは過去見たことのない顔の緩みっぷりである。『鉄腕』討伐達成後の300%増しの笑顔である。笑いすぎ。


 パレードは南門から入り、下級貴族街を通り王宮の前庭までの行進となる。上級貴族街は警備の問題、それ以外の場では街路が狭く取り回しが難しいと考えての事である。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る