第298話-2 彼女は竜討伐のパレードに参加する

 出発は王都の南に建設された騎士団の駐屯地の前庭。そこから、街道を行進し、王都に入り王宮へと向かう。王都の外には周辺の地域から見物に来たものが、そして、何故か露店や屋台が多数出ているのが見受けられる。


「……ニース商会が何やら商売しているわよ」

「ああ、聞いてない? 数量限定『ラブルフィナンシェ』と、討伐記念ワインボトルの販売をするそうよ。まあ、ボトルは破損の危険があるから、引換券を渡すだけだけどね」

「む、さすが姉君だな。油断も隙も無い」

「ただただ恥ずかしいわ……」


 後で知ることになるのだが、露店の許可は王妃様に今回販売のワインとフィナンシェをプレゼントして交渉を成立させたという。あの王妃様にして我姉有という感じだろうか。


――― 王国にいるととても疲れる




 最初にゆっくりと『悪竜』が台車に乗せて移動する。そして、その後を近衛連隊の兵士の隊列が行進し、近衛騎士・彼女たち四人、そして騎士団で悪竜討伐に参加したメンバーが行進する。


「なぜ、近衛が参加しているのかしら?」

「ああ、ミアンの祝勝代わりの栄誉みたい。あの人たちそれほど活躍していないから叙勲されないからね」


 彼女の疑問に伯姪が答える。最終局面での掃討に参加したものの、実際は騎士の後始末が仕事であり、スケルトンの相手もあまりしていないから仕方がない。


「ミアンの祝典にも呼ばれていないしね。そんな感じみたい」

「ガス抜きだな。それと、他国の諜報員へのお披露目もある。常備兵なのだから、使わないと損だからな」


 カトリナ、近衛連隊に容赦がない。





 先頭の台車が進み始め、竜の威容に驚きの声と歓声が上がる。一生に一度でも経験することは難しいだろうが、この一年で王都民は二度討伐された竜を見る事になる。


「改めて明るいところで見たけれど、思った以上に大きかったな」

「それを『身体強化』で引っ繰り返す『竜返し』の英雄と言うのがいるのよ。知ってる?」

「ええ、なんとかリナ様よね。王家に連なる高貴な女性だと評判

になっているわね」

「……ご自分で吹聴されているのですが、ご寛恕下さいませ」


 カトリナ、カミラからもかなり突き放されている。彼女と伯姪は騎士学校でだけだが、カミラはこの間ずっとそばで自慢話……いや、討伐の物語を聞かされ続けているのだから、相当のストレスであろうことは容易に想像できる。


「カミラが倒れたら、カトリナの所為ね」

「ええ、恐らく勲章ものの働きをしているもの。王妃様にお伝えして叙勲して頂かねば」


 カミラの胃の耐久値は既にゼロであると思われる。


「貴方の相手をしてくれる侍女は得難いのだから、自重する事をお勧めするわ」

「……閣下、控えめに申し上げて感謝の極み。ありがとうございます」

「む、カミラは終生私の侍女だぞ。誰にも渡さないし、どこにもやらん!!」


 だったら自重してよねと言うお話である。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 彼女たちの出番となり、近衛騎士から大きく間隔をあけ、前後に楽隊を付けられた状態で四人騎乗で横一列。思ったより目立つ配列になった。


 中央は勿論、カトリナと彼女、その両サイドをカミラと伯姪が固める。つまり……


「周りから私の顔が見えにくくないか?」

「……あなたが一番長身だから問題ないでしょう」

「そうそう、私たちより髪も盛ってるし、目立っているわよ」


 反省すらしない猿以下のカトリナであった。カミラは遠い目をしているが、そっとしておいてやる。


 ニース商会の紋章の露店には『完売御礼』の旗が立っている。


「あ、妹ちゃん!! お姉ちゃんですよー!! 売り切れちゃったよー!!」


 姉が激しく両手で彼女に手を振り話しかけてくる。絶対に目を正面から外す事は出来ない。


 周りの人たちが「誰のお姉さん?」と聞いているのが耳に入り、顔が真っ赤になる王国副元帥。


「アリーの姉上も大概だな」

「ええ、王妃様と貴方に匹敵するわ。相手をするのがとても大変。手強いのよとても」

「まあ、私が唯一のライバルだからな。当然だ!!」


 そうじゃないよ。王妃様と姉と同じくらい、面倒だと心底思っているだけだよ。彼女は喉元までこみ上げる言葉を再び飲み込む。


 最初に出会ったときから、カトリナとは随分と色んなことを経験した。それが楽しかったかどうかは今は分からないが、振り返った時にはかけがえのない思い出となる時間を得たと今は思う。


「もう、あなたと冒険する事も恐らくは無いわね」

「そうだと良いが、そうはなるまい。私もアリーも、メイもカミラも王国の騎士だ。いつかまた、轡を並べ共に敵と戦う事もあるやもしれん」

「それはそれで、楽しみね。その時は、誰が結婚しているかも気になるわね」


 カトリナは「わ、私は!!」と大声を出しそうになり、慌ててカミラに「行進中です」と窘められる。


 笑顔で沿道の民衆に手を振りつつ、そんな雑談をする四人は無駄に魔力を消費して会話を続けるのであった。





 やがて、王宮前広場に到着。居並ぶ騎士たちを前に、四人は国王陛下から祝辞を頂くことになっていた。既に、「竜殺し」である彼女はともかく、三人はその称号を公式に名乗るには国王陛下がお認めになる必要がある名誉な称号なのだ。


「む、そうであったか」

「……だから、勝手に色々なところで話すのは問題だと言ったでしょう」

「正直、公爵令嬢でなかったら処罰対象だよね」


 カトリナ以外、状況報告以外での公式な竜討伐の話は一切していないのはそれが理由であった。





 陛下の有難くも長いお話が終わり、彼女たち四人は『竜殺し』の名誉を賜り、公式に名乗りに加えることが出来るようになった。これは、爵位が上の者であっても、国王と王太子、王妃殿下以外からは相手から挨拶することを受けることが出来る『名誉』を与えられたことになるのだ。


「……気まずいわよね」

「私の場合は今までと変わらぬな。つまらん」

「正直、公爵家内での立場として困る名誉ですね……」

「まあいいわ、下げたくない頭を下げる時は、相手にまず挨拶させるって事でいいじゃない! 私たち『英雄』なのよ!!」


『竜殺し』という存在は、生きる伝説であり『英雄』そのものなのである。つまり、周りは彼女たちの功績をたたえ、挨拶するべきだと国王が認めた……と言うほどの意味である。


「『聖女』だ『英雄』だと言われて祀り上げられた挙句、休みなく働かされるのは勘弁してほしいわ」

「いいじゃない。生きる事由が少しでも増えるのなら、私は『英雄』の境遇も受け入れるわ」


 彼女は代官の村を守ってから以降、知らず知らずのうちにそういう立場にたされ続けついに逃げ出すタイミングを失ったのよと伯姪に言えずにいた。



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