第297話-2 彼女は受勲の噂を耳にする
カトリナが「話は変わるが」と何やら話を始める。
「アリーがブルグント公の養女になるという話が出ていると耳にしたのだが、事実なのだろうか」
カトリナ、火の玉ストレートである。彼女は一瞬考えたが、父である子爵から正式に話を聞いたわけではないので、そのまま正直に答える事にした。
「父からは何も聞いていないわ。それがどうかしたのかしら?」
「いや、竜殺しで対等になったわけだから、次は身分でも対等になるのかと思って、ちょっと嬉しくなっただけだ。私のライバルはアリーだけだからな!!」
どこまでも脳筋なカトリナ……その主の背後で見えない位置に座りながら「頭痛い」とポーズを決めるカミラが佇んでいたのは言うまでもない。
「子爵令嬢では王太子妃は無理だが、養女でも公爵令嬢であれば身分的には問題が無くなる。いよいよ、アリーも王太子妃候補に名乗りを上げるのだと心が昂ぶったのだが……いささか気が急いたようだな」
「養女の件はともかく、王太子妃なんて私には務まらないわ。学院もあるし」
彼女の発言に、カトリナは「む、それはそうだな」と同意する。
「しかし、私とアリーのどちらが王妃に相応しいかと言えば、血筋だけなら私だが、民の人気と言う無形の財産を考えると、そちらに軍配が上がるだろう?」
「確かに、救国の聖女様は田舎の農民の娘で読み書きも出来ないとされているけれど、下位とは言え王国の創成期から続く臣下の娘なんだから、血筋はありよね」
彼女の子爵家は夫婦ともに王家に忠節を尽くした騎士の遺児が男爵に叙せられて始まった家であり、王国の権力の確立には悪くない血筋ともいえるのである。
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何故か『伯爵』の講義に、ヴィーとビルが飛び入りで講師として参加していたのは、恐らく姉の策謀であろうという事は察しがついた。彼女を驚かせようと、内緒にしていたところまでがセットである。
「帝国の魔物事情」というのが彼女の語るところである。
「帝国は皇帝の下に小国に匹敵する公爵領や辺境伯領、大司教領から、帝国自由都市と言われる皇帝の庇護と特権を受けた都市国家、から小さな騎士領まで散在しているわね。その間を、傭兵団や魔物の群れが行き来している感じだと思ってくれれば間違いが無いと思うわ」
帝国内を広範に統治する機関がないため、領邦を跨げば警察権が及ばないという事なのである。
「だから、農村とか悲惨よね。傭兵に襲われたり、領主も貧弱なところとか、税金集めること以外無関心なところは枯黒病なんかで全滅したり、宗教の違いで戦争して巻き込まれたりして……碌なもんじゃないわよあの国は」
滅茶滅茶庶民目線である。
「そう言うところの喰いッぱぐれが傭兵や冒険者になって、かつて自分たちが生まれ育った場所と似た農村を食い物にする。まるで、地獄のような場所も少なくないわ」
帝国内で活動する余地が無くなった者たちが、王国やその周辺に出稼ぎに来たり、海外の植民地で荒稼ぎする事もある。外地では先住民を襲って殺したり、返り討ちに会って全滅することもあるのが帝国出身の傭兵たちだったりする。
「だから、王国に来て王家の下で平和に暮らしている人たちが同じ空の下にいるなんてとても驚いたわ。多分、帝国の人達がこの国の姿を知れば……とんでもないことになると思う。そのくらい、帝国の中は乱れているわ」
その中で、騎士や兵士は魔物の討伐のような金にならない仕事をする事はないので、外国や国内での戦争に参加し、そこからあぶれたものが『冒険者』として小商いである商人の護衛などを引き受けている。
「ゴブリンよりコボルドが多いかな。あと、オーガはほとんどいない。いても西側だけね。多いのは、オークにトロルに……吸血鬼とその眷属。これは、見つけにくいし人の中に混ざっているから、とても討伐しにくいし、生半可な能力なら自分たちが危険だから見てみないふりしている人も多い。でも、そんな奴らが王国にも現れたって聞いているから、一応説明しておくね」
彼女は吸血鬼の存在自体は知っているものの、何がその成り立ちを定めているのかは理解していない。
「ふわっとした説明をするなら、半精霊なんだよ。人間と『土』の精霊の中間的な存在で、尚且つ神様に近い精霊の影響を
受けている。だから……土に分解されずに土の中で力を回復することが出来る」
水が苦手なのは、土から切り離されるからではないかというのがヴィーの推論だ。そして、故郷の土に触れると回復力が高まるというのは『土』の精霊と土地神の影響ではないかとされている。
「つまり、長く生きた人間が精霊の力を得て半神・亜神のような力を手に入れているのが吸血鬼。神様に近いから、自分の配下の従属種やグールのように使役する存在を作り出すことが出来る」
その説明には一定の説得力がある。そして……
「だから、より強力な神様である御神子様の神力に勝てないから、弱点となる。そして、神の加護をたくさん持つ存在、例えば『聖女』なんて呼ばれている存在がいるとすれば、吸血鬼は狙い、その御神子の力を自らの眷属に取り込んで自分を強化しようと考えることも不思議じゃないんだよね」
『聖女』『聖者』『聖人』という、神に祝福された人間を吸血鬼が自分の眷属にする事は、相手の駒を自分の戦力にする事につながり、それはとても大きな力となるという事なのだろう。
帝国の吸血鬼たちにとって、彼女はとても魅力的な存在と認識されている事になる。
『あー つまりお前は吸血鬼を誘き出す為の餌になるガッツがあるかって言われてんのか?』
ここまで言われれば、彼女も理解せざるを得ない。ヴィーにはヴィー自身の目的があって、彼女を帝国に誘っているのであろうということを。それは、吸血鬼討伐の為に利用できるものは利用しようという意思表示なのかもしれない。
「虎穴に入らずんば虎子を得ずね。ふふ、久しぶりのアウエイですもの、楽しみだわ」
敢えて敵の本拠地に潜入するということは、彼女にとって楽しみにするべき事なのである。
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