第287話-2 彼女はソレハ領へ街娘として向かう
四人は翌日、旅人風の姿を整えソレハ伯領の領都に旅立つことにした。馬車で一日あれば到着できるという。
「荷馬車の旅か……一度してみたかったのだ」
「後悔するわよ絶対」
カトリナは荷馬車に乗ったことが無いらしい。流石正真正銘の公爵令嬢。身分だけは尊い。
彼女とカミラは男装、伯姪とカトリナは街娘風の地味なワンピースであるが、スタイルの良さが隠せないカトリナである。
「残念美人感が隠せないわ……」
「申し訳ございません」
「カミラ、そこは謝るべき事なのか!!」
「……大変申し訳ございません……」
更に主に成り替わり謝るカミラである。可愛そうである。
一日かけての荷馬車ので旅、その荷馬車はレンヌ大公家の所謂『ニース商会』に当たる商会の荷馬車である。ソレハ伯家も知ってはいるが、王国の商人ギルドへ正規に所属している商会の入場を拒絶する事は、伯爵家程度では不可能なのである。
暫くすると、カトリナがソワソワし始める。どうやら、荷馬車の振動で酔い始めたのか、尻が痛くなったようである。
「……三人はこの乗り心地で平気なのか」
「平気よ。荷馬車なら随分と良い方だと思うわ」
「そうね、魔装馬車や魔装兎馬車に最近教慣れているからすっかり忘れていたけれど、歩くのと大差ない速度だし、歩くのと揺られるのどっちがいいかって比較だものね」
「……カトリナ様、これは良い方です」
カトリナ、そんなショック受けるほどではないと思うと、三人は思うほど
カトリナの顔色が変わる。
「わ、私は『世間知らずと言うまでも無いわね』……だな。いや、この荷馬車を経験できたことだけでも、レンヌに同行した価値がある」
王女殿下が街娘の姿で荷馬車に乗るのと大して差がない。つまり、王女殿下は確実に喜ぶ。是非ともお供は避けたい。
「王女殿下には絶対に今回の荷馬車体験を話さないように」
「む、何故だ。是非とも共有したい」
「カトリナ、あなたが近衛に戻った後にしてね。私たちが警固するのはごめん被るわ」
再び、「む」と告げたカトリナは暫く黙考した後、二人に同意した。背後でカミラが二人にサムズアップしていた。
ソレハ伯の領都は、古くからレンヌ公国の公都であった。王国との戦争が長く続いた結果、その旧公都である『ソレハ』は現在の公都を上回る城塞都市である。
公都が水運・海上交通を前提とした平時の首都であるとすれば、レンヌ公国を構成する半島の付け根中央に位置し、王都からラマンを経由した街道の西端に位置する『ソレハ』は、戦時の要石のような城塞であると言える。
「この居城があれば……戦争したくなる気持ちも分かるわね」
「……城に頼るのは守りを固める為であろう。つまり、援軍である連合王国軍を待つ前提だが、それは今の時代叶わないであろう?」
故に、自ら軍事行動に出ることなく、魔物を使役し公国内に騒乱を招く工作活動にいそしんでいるわけであろう。レンヌの親衛騎士団は王国の騎士団・近衛騎士団の両方の特性を持っているが、規模は大きいとは言えない。領内の各所に分散配置されている部隊もおり、王国の騎士団に近い兵を指揮する立場の者も多い。
継続した戦争であればそれは有効なのであろうが、平時の防諜や敵対勢力の排除には全く向いていないと思われる。
「これを奇貨として、王女殿下が嫁ぐ前に防諜組織を編成すべきでしょうね。王国も遅れているでしょうが、少なくとも気付いて手を打っているだけマシね」
「ギュイエ公領内もその点で父に意見具申しよう。情報交換も行えなければ、いつまでも王国が好きに弄られかねない」
ニース領や王領に関しては進めている孤児や冒険者のネットワークを王国の西であるレンヌ公国、ギュイエ公領にも広げていく時期なのだろう。
「レンヌは商会を秘密裏に運営しているようだから、そこから始める形が好ましいでしょうね」
「ギュイエもいくつか持っているな。ワイン関係の商会が良いだろう。まあ、連合王国やネデルとの取引の少なくない商人が多いので、ダブルスパイにならないように気を付けねばだが」
ダブルスパイは、疑わしい者たちにそれぞれ異なる情報を渡し、その情報に基づく反応からスパイを炙り出す事は可能であろう。その辺りも、王国内の高位貴族間で情報共有する「安全保障会議」のようなものを王太子主導で立ち上げるべきかもしれない。
――― リリアルはあくまでも魔物対策部隊なので、オブザーバー参加だ
目の前に広がる巨大な領都城壁を望みながら、彼女たちはいよいよ忍び込むのだと思いを固めるのであった。
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