第288話-1 彼女はソレハ伯城館へ侵入する

 城塞都市ソレハは、百年戦争以前に構築された旧街区及び宮城とその外部に建設された新街区から成り立っている。ニースに似ているかもしれないと彼女は思うのである。


「随分と立派な都市ね。流石は旧の公都ね」


 伯姪が口にした通りであり、聖都や南都に匹敵するのではないかと思うほどである。一周4㎞程の新城壁の内部には運河を兼ねる濠を挟んで南北に市街が広がる。旧街区は北西部にあり、一周1㎞ほどの一際高い城壁に守られている。


 旧街区には外部につながる五つの門が存在し、外郭に面する箇所に三つの塔が建てられているが、市街側には見張塔は存在しない。


 南側から入り、新市街の商会の店舗に向かい、そこで一旦下車することになった。





 明るい時間に、街をぶらつくのも良いかと思ったが、思いのほか時間が掛かってしまったようで、既に夜のとばりが落ち始めている。


「探索は明日にしましょうか」

「下見なしに潜入するほど、馬鹿ではないからね」

「……今日は動かんのか……」


 先ずは、この商会でソレハ伯の城館についての情報を聞き取らねばならない。明日は、明るい時間に周辺を確認し、進入路・撤退路も見定めておきたい。


 王都から300㎞離れたソレハは、この地域の中心であり、旧都としての威容を誇っている。大公家以外がこの地を支配するというのは、良いとは思われない。


 元々は独立した伯爵家であったのを、大公家から婿を入れ、何代かごとに親族となるように婚姻を結んできたのだが、それが今の代に関しては裏目となってしまったと言えよう。


 王家と婚姻する前においては、ソレハ伯の威勢が大公家を上回っていた時期も長くあったからである。


「さて、今日はソレハの有名なレストランにでも四人で行こう」

「既に、予約は済ませておりますので、お支度を」


 カトリナが宣言すると、カミラは既に準備万端のようである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 そこは、以前大公家で料理人を務めていた男の弟子の店という、微妙な立ち位置のレストランであった。しかしながら、その店構えと内装は領都の一二を争うと聞けばなるほどと納得するものであった。


「良い木材を使っているな。この地のものであろうか」


 レンヌに住む先住民は連合王国西部と同族と言われ、連合王国が西進すると、海を渡りこの地に潜んだとも言われている。独特の文化や言語を有し、この地に深く根付いているとされている。


「ニースは内海らしい明るい木目の物が多かったけれど、ここはやはり重厚で暖かな感じの素材遣いをしているわね」

「ギュイエとも少々異なるな。素朴……とでも言えば良いのか」

「素朴ね。それが近いかもしれないわ。ぬくもりってそういうところに感じるから」


 ゴシックともロマネスクとも異なる先住民の自然と一体化するような文化を感じさせる。それは、精霊と交流のある帝国の女魔術師を思い出させるものでもある。


「姉さんに振り回されていないかしらね、ヴィーたち」

「案ずるな、振り回されているに決まっている」

「でも、強キャラ感のある人だから、いい勝負していると思うわよ、あなたの姉と」


 それはそれで、何らかのとばっちりを食らいそうで嫌なのだが。


 彼女たちは少々奥まった席に案内される。カリナの希望ではないようだが、貴族身分の者も利用するのか、あまり良い席とは思えない、周囲から隔離された席のように思える。


「公の名前を使うべきでした」

「いや、庶民の扱いを体感するのも、また魅力的だ」


 常に傅かれることに慣れているカトリナは、ぞんざいな扱いが好ましく感じるようである。リリアル好きもその辺にあるのかもしれない。




 席はともかく、料理は中々のものであった。海から離れているということもあり、牛肉や乳製品をふんだんに使った料理が多く、同じ公国内とは言え、食文化の幅の広さに少々感心したものである。


「エビも美味いが、牛も美味いな」

「確かにね。レンヌは食に恵まれているわ」

「王都にもレンヌ料理の店はあるけれど、行ったことが無いわね。こんど、行ってみましょう」

「賛成だな。帰って打ち上げはそこにしようか」

「……打ち上げあるのね……」


 馭者の二人とは完全別行動なので、二人の慰労を兼ねて食事会は悪くない。彼らは普通の使用人の賄を食べているはずなので、この手の料理は口にしていないだろう。


 和気あいあいと珍しく四人が歓談していると、二人の貴族風の男性が彼女たちの席に現れた。


 身なりは恐らく下級貴族か城勤めの騎士の私服風である。剣は外しているものの、剣帯はそのままであるから、恐らくそういう身分であろうか。


「皆さん、ソレハの料理はお口に合いましたでしょうか」


 にこやかに話しかけてくる優男の背後には、四人を品定めしているかのような鋭い目つきの色の浅黒い男が立っている。四人は、なんらかの事件の空気を感じ、芝居を打ち始める。


「王都から参りましたので、初めてのレンヌ料理のおいしさに驚いております」

「ええ、その通りですわ」


 カトリナは即令嬢モードに入る。豊満で華やかさと美しさを両立させた美女のカトリナ、知的で穏やかに見える美貌のカミラ、内海の日に焼けた小麦色の肌に栗色の髪、花の咲くような笑顔の伯姪、そして、黒目黒髪で雪のように白い肌を持つほっそりとした妖精のように可憐な彼女……


「是非、ソレハの良いところを皆さまのような美女に知って頂きたいのです。私のお奨めのお店をご紹介いたします。お誘いを受けていただくわけには参りませんでしょうか」


 まるで、貴族の子女に相対するように腰を低くしお辞儀をする優男。背後の黒い男もそれに倣い、ぎこちないながらも膝を折る。

 

 恐らく、王都の街娘ならポーッとなってしまうようなお願いする姿だが、彼女たちは腐るほど相手をしてきている。特に、最近王太子の態度がよく似てきているので、彼女的には思い出して腹が立ってきているのだ。


――― 変な奉り方しないで良いから、仕事を回すな! と思うことしきり


「畏れ多いことですわ騎士様。私たち商人の娘ですの。そのような丁寧なお辞儀をして頂くと恐縮してしまいます」

「いえいえ、美しいお嬢様方をお誘いするのに、当然のことですよ」


 優男は王太子によく似た胡散臭いイケメンスマイルを決め、彼女たちをなお一層誘ってくる。


「表に馬車を待たせています。少しお付き合いいただいたら、馬車で宿まで送らせますので。ご安心ください」


 全く安心できない。馬車で拉致する気満々である。


「その、どの辺りにお誘いいただけるのですか」

「実は、私たちはソレハ伯家の騎士なのです。是非とも、城を案内して差し上げたいと思っております。夜のお城から見る夜景はとても幻想的なのですよ」


 伯爵の居城に騎士が一般市民を勝手に連れて行くこと等ありえない。もし仮にそうであるとするなら……


「まあ素敵です。是非ともお供させていただきます」

「お城にご案内していただけるなんて夢みたいですわ」

「ふむ、まあ、私の実家と比べればショボいがな」

「……カトリナ様……折角のお誘いですから、お付き合いいたしましょう」


 カトリナ!! カミラのフォローで「皆が言うなら異存はない」ということで、四人は二人の騎士と夜の街を馬車で城まで移動することになった。






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