第287話-1 彼女はソレハ領へ街娘として向かう

 公都に戻ると、騎士団に討伐したオークの死体を確認させ、合わせて、先日提案した冒険者ギルドのレンヌ支部にオークの討伐依頼を早急に行う事を公太子命で行う事になった。


「……力不足で大変申し訳ありません」

「いや、騎士達の所為ではない。それに、これから力を借りる事になる。

その準備をせよ」

「は、はい!! 親衛騎士全員で、オーク討伐に邁進します!!」


 いや、城の護りとか大公の警固とかもあるので、全員で邁進は困る。一先ず、それぞれの居室に戻り不在の間の状況を確認すると、彼女宛に王宮からの手紙が届いていた。


 一通は騎士団長からで、ラマン周辺の安全確認を早急に行うが数日猶予が欲しいという事である。また、王妃様からは是非義理の息子と楽しく過ごしたいので楽しみにしているということで、今から全力で準備するわ……とのことである。


「なにか、とてつもなく不安を感じるのだけれど」

「多分、ニース商会と結託して何かするでしょうね」


 今は、ヴィーたちも王都滞在中である。良からぬ出会いを考えている可能性も姉にはあると思うと、少々心配でもある。


「あなたも、来客の件、リリアルに伝えておかないといけないのでは?」


 親衛騎士である『熊雄』をリリアルに遊学させる話は進みそうである。恐らく、王女殿下と公太子殿下の護衛として親衛騎士団の一部が王都に随行し、帰りには『熊雄』がリリアルに逗留する……ということを王妃様が即断で許可する可能性が高い。


 準備には十日か一週間程度あるだろうが、それでも大変だろう。祖母と、歩人がである。





 夕食の時間となり、彼女たちは前日同様にダイニングへと案内される。前日とは異なるメニューだが、やはりレンヌの郷土料理が多く並ぶ。


 魚はムニエルで、柔らかく美味しい。オマールエビは内海では見かけないのか、伯姪も大いにその見た目の大きさに驚き、その味に二度驚く。確かに、普通の魚や動物の肉とは異なるぷりぷりとした食感に大いに

感激したようだ。


「我が、ギュイエでもこのエビは大いに好まれるな」

「でも、白ワインが合う味でしょ? ボルデュは赤ばかりじゃない」

「馬鹿者、それは外に出す物だけだ。地元では白も製造しているし飲まれているのだ」

「それもそうね。連合王国だって羊毛を輸出しているけど、羊毛しか作っていないわけじゃないものね」


 連合王国の話が出た所に乗るわけにもいかず、公太子殿下が王女殿下の自慢の魔装馬車の乗り心地について話を向けてくれた。


「素晴らしいです」

「……どのような感じなのだ」

「まるで、穏やかな湖面を進む船のような乗り心地でした」

「それは……私も乗って見たいな」

「ええ、是非。王女殿下、明日は私もご同行させてくださいな」


 大公妃殿下が話に興味を持っていただき、王女殿下と二人で会話の中心となってくれる。


「ほお、王妃様もご自身で馭されるのですか」

「はい! 母はとても気に入っております。王宮の庭を二人で二輪馬車に乗り何周も走らせて……」


 王妃様の暴走っぷりが文字通り暴露される。あれは、なまじ魔力が膨大な元公爵令嬢様故に、本気でヤバい人なのだ。そういえば、近くにもヤバい現役公爵令嬢が存在する事を彼女は思い出す。


「ギュイエにも是非貰い受けたいものだ……」

「私の嫁入り道具には二輪も四輪もいただけるはずですわ☆」


 今回のお迎え馬車のアップグレード版が大公・大公妃・公太子殿下用に用意されるだろう。まだ、リリアルに発注にはなっていないが。


 魔装馬車の乗り心地に関して、また、その驚く速度と一日に走れる距離の長さに大いに驚かれ、夕食は和やかに楽しく終えることが出来た。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 食後の話は、サロンでは無く大公の私室で行われることになった。扉の前にはカミラと親衛騎士が立つ。


「本日、公太子殿下の馬車がオークの群れ約三十に襲われました」

「……真か……」


 驚く目を見張る大公と騎士団長。同意するかのように首を縦に振る公太子。


「魔装馬車の防御力は魔力を通した状態であれば城塞並ですし、我々四人で十分処置できる敵でしたので問題ありません」


 一部のオークを生かして戻したことで、暫くはオークが街道で人を襲う可能性が低下したことを伝える。


「しかし、何故、そのようなことが」

「内部に、通じている者がおります。王太子殿下が南都でタラスクスに襲われ、ラマンでは今回『悪竜』が出現しております。オークについても騎士団長の周りに情報を外部に流している者がいる可能性があります」


 今回の外出はここにいる者にしか知らされていない。大公殿下が知らせる必要はないが、騎士団長は職務上記録する必要性もある。例え、護衛に騎士を帯同させなくともだ。


「なるほど……あまりに偶然が過ぎるか……」


 騎士団長の言葉に周囲も頷く。とは言え、裏切り者を処分するのは後回しで構わない。根を断ち切ればその先の枝葉も枯れるというものだ。


「滞在の時間を有効に使いたく存じます」

「……有効……か。それで、男爵はいかなる提案をレンヌにもたらされるお積りか」


 公太子は今日の荒事を確認しているので、彼女に対して少々遠慮する雰囲気が漂う。


「二つあります。まず優先すべきは、王国の敵の排除です」

「……具体的に伺おう」


 大公が彼女に話を勧めるように促す。大公の叔父にあたるソレハ伯は自分がレンヌ大公に相応しいと公言し、連合王国と手を結びレンヌを我が物にしようと考えていた。


 彼の息子が優秀であれば話は問題なかったのだが、思いのほかの愚息に育ってしまった。公太子と王女殿下の婚約が成立し、王国の力を背景にレンヌ大公家の力が増し不動のものとなりつつある。


「連合王国が東外海貿易から手を引き、神国との戦争を本格化させつつある事も背景にあります」


 レンヌが味方に付けば、海峡の両岸を再び連合王国の物とすることが出来、貿易船は連合王国の支配下に収まりかねない。人員は内海経由で送ることはできるが、物資の輸送は船を使いたい神国からすれば困ったことになる。


「連合王国もソレハ伯も切羽詰まっているのでしょう。時間の経過と共に自分たちが不利になると理解していますから」

「それで、公太子襲撃か……」


 大公殿下もソレハ伯の勢力が弱体化して安心し油断していたこともある。相手は、機会を逃さず恐らくは最後の攻撃を行っているのだろう。


「今一つの目的を聞いてもよろしいかな」


 大公は二つ目が気になるようである。彼女は、一連の連合王国の工作をルーン・ロマンデと潰してきたことを上げる。


「そろそろ、王国内に連合王国や帝国に与する売国奴が存在する事を明確に民に知らしめるべきです」

「……それは……」

「一時、ソレハ伯が大公殿下の御親戚である故に、何らかの不平を口にする者が現れるやもしれません。しかし、黙っていれば、連合王国に協力したものの捉えられずに逃れた者たちが残ってしまいます」


 彼女は、問題を公にすることで大公家が多少の批判を受けたとしても隠さずに連合王国の犯罪とそれに協力した者の存在を認め、今後同じ事が起こらぬように協力を頼むのが良策であると告げる。


「しかし、その証拠を……」

「手に入れて参ります」

「……どこからそれを……」

「伯爵から手に入れる……そういうことよね。私掠船の時と同じく」


 ソレハ伯爵の居城に潜入し、連合王国とのつながりの証拠を掴み、さらに、伯爵の暗殺……くらいまでは行いたいものである。もしくは捕縛か。


 やる事は変わらない。こっそり忍び込んで親玉を縛り上げて証拠を掴む。私掠船を二人で抑えた時と同じだ。


「面白そうね。ちょっと懐かしいし」


 伯姪の言葉に、カトリナが相槌を打つ。


「いいな、私も連れて行け」

「カトリナはともかく、カミラは得意そうだから、是非お願いするわ」

「大きな音とか、立てないでよね」

「勿論だ。令嬢モードで行動すると誓おう」


 それでは、役に立たないのではないかと彼女は思う。カトリナの騒々しさは令嬢でも騎士でも方向感が違うだけで同じなのだから。


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