第286話-2 彼女は魔装馬車を『醜鬼』から守り抜く

 舟は左右それぞれ三艘ほどで、一部は馬車の退路を断つ方向へ迂回している。右手から潰すつもりで、二人は『水馬』を装着すると、穏やかな湖の上を魔力を発して進んで行く。


「二隻近づいてくるから、丁度一隻づつね」

「ええ、死体は船の中に残るようにお願い」

「了解!!」


 どうやら、弓を持つ者がいるようで、彼女たちに向けて放って来るが、彼女は魔力煉瓦で伯姪はバックラーで叩き落す。彼女は手加減無用であることから、バルディッシュを取り出す事にした。


『一応、言語は話せるけど、会話は無理だからな』

「聞く必要は無いわ。どうせ大したことは言っていないでしょう?」


 色欲・性欲で頭が一杯と言われる『醜鬼オーク』と会話が成立するとはとても思えない。


 彼女は『水馬』の表面に魔力を纏わせ、それを後ろに向かって流すように動かす。スキーのように滑走することが出来るようだ。


『お前も練習したのか?』

「ミアンでグールの船を襲撃した時に少し試してみたの。南都でタラスクスを誘導した時よりも上手になっていたわ」


 あの時は歩く程度だが、今回は全力疾走に近いほどの速度が出る。

馬車の方から吹きあがる水飛沫を見た王女殿下の歓声が聞こえる。


『あとで練習につき合わされそうだなお前』

「いいわよ、怖い思いをなさった見返りが少しくらいあった方がいいでしょう」


 弓を左右に躱しつつ、船に近づく。隣の船に取りついた伯姪はバックラーで殴り、片手剣でその腕や首筋を斬り裂き『醜鬼』を船縁に沈ませていく。既に、彼女のターゲットの船の上もその光景を目にしてパニックとなっている

ようだ。


 『小鬼ゴブリン』ほどではないにしろ、オークの相手は軍隊や冒険者などではなく、行商人や村人のようなものを集団で襲う。逆の立場で圧倒されるという事は経験にも奴らの常識にもない。


 数を揃えれば人間を恐れる必要はない。数が同程度なら、兵士や騎士がオークに勝つことは難しいからだ。


 だが、常に蹂躙するされる側であるはずの人間の少女が自分たちを蟻を踏みつぶすように蹂躙する姿を見て、弱いものが自分たちだと悟った奴らは恐慌状態となる。


「すれ違いざまに、一閃ね」

『おお、ちょっと見てみてぇな、お前のカッコいいところ』


 馬車のある街道から向かう船とすれ違い、彼女はU字型を描きながら体を傾け反転。街道と正対し船を背後から襲う。これなら、馬車の方に関心は向かない。


 振り向きざま矢を撃ちかけるものの、その威力は最初と大きく減退している。ビビッて引ききれていないのだろう。


「さよなら!」


 バスっと太い肉の塊を斬り落とす音が連続して聞え、振り返ると、戦場には胸のあたりから斬り落とされたオークがバタバタと倒れる姿が目に入る。


 さらに加速、このままでは湖を分ける堤の上にある街道に刺さる勢いの『水馬』だが……


『どうすんだよ』

「こうするのよ」


 魔力壁でスロープを形成、水の上に『水馬』を跳ね上げると、そのまま、街道を越え、反対側の水面に着水する。背後でさらに王女殿下の歓声が大きくなるのだが『私も混ぜろ!!』というカトリナの声も聞こえた気がする。


『あいつ不器用だから、同時展開ができるかだな』


 彼女は魔力操作の同時展開を十以上行うことが出来る。カトリナは三つ程度だろうか。内容を絞れば可能かもしれない。





 いきなり水面に水柱が上がりその中から少女が一人水の上を滑るように進んでくる姿を見て、『醜鬼』どもが歓声を上げる。誰が最初に喰らいつくかで大声で話しているのかもしれない。


「こんにちは……そして……さようなら」


 バルディッシュの一閃、そして先ほどと同じ光景が浮かび上がる。残りは一艘。反転し、背後から同じ攻撃を行い全てが動かなくなる。


「残りは街道上に乗り上げた背後の数匹ね」

『全滅させんなよ』

「勿論、心得ているわ」


 水面を滑走し街道に上がった彼女の目の前には既に二匹のオークが残されているだけであった。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




「逃してしまったではないか!!」

「馬鹿ね、敢えて逃がしたのよ」

「……カトリナ様、この場合有効な手段でございます」

「む、そうなのか。とりあえず、岩をどけてから詳しい話は馬車の中で聞くことにしようか」


 カトリナは街道を塞ぐ岩をヒョイヒョイと湖に投げ込み街道を通行できるようにする。


「この先の街でお昼をいただきましょう」


 お忍びであるから、富裕な商人の旅人風の装いであるので、そんな提案を公太子殿下がする。馭者役の二人は何事もなかったように馬車を進める。


「さて、何故逃がしたのか説明してもらおうか」

「オークどもが出没しないように暫く牽制になるからよ」

「ん、全滅させた方が圧倒的な事にならないか」

「……全員死んでしまったら、誰もその事をオークの集落に伝えることができませんわぁ」

「……あ……」


 流石は未来の大公妃様である。公爵令嬢より余程おわかりだ。


「これで、オークの動きを抑え込み、暫くは安全であると」

「はい。それと、今回の事は公都に……大公家の内部に内通者が存在する可能性も示唆しています」


 公太子と王女殿下のお忍びでの馬車の旅は、極側近の者しか知らされていない。警固の手配も不要であり、行き先もはっきりとは伝えていないので、この場所でオークの集団に襲撃されたことが偶然ならともかく、計画的であればそれを疑わざるを得ない。


「偶然にしては数が多すぎるな」

「そうね。普通は数匹、多くても十前後。それが三倍も集まるというのは待伏せされていたとしか思えないものね」


 公太子殿下の行動は、騎士団長と大公殿下にしか知らせていない。大公殿下が記録を残す事は考えられないので、可能性的には騎士団の内部に具体的には騎士団長の周囲に情報を漏らす人間がいる。


「……まさか……とは言えないな」

「はい。今回の件は、それも含めて考えたものです」

「どういう事ですの?」


 彼女はすぐに王都に戻らない理由を『ラマンの竜』の出没が確認され、その『竜』が何者かに操られている可能性がある事を示す。


「南都のタラスクスが王太子殿下の南都訪問に合わせて現れた事と共通しています」

「偶然ではないのでしょうか?」

「あの来訪は予定をかなり変更して、リリアルが南都に滞在していることに合わせたサプライズ的行動でした。王太子殿下の周囲にも同様の存在がいる可能性があります」

「……お兄様……」

「いたずらっ子かあの御仁は……」


 未来の兄を思うと、やれやれ感が半端ない公太子である。妹も含め、国王一家の私的な面は全員悪戯好きであるので、義実家には要注意だと申し上げたい。





 食事をとり、街を二人が散策する間、カトリナとカミラがその護衛を、二人は魔装馬車のコンディションチェックを行っていた。特に問題は無いのだが……


「ねえ、この馬車、私なら一時間と持たないくらい魔力消費するじゃない」

「そうかもしれないわ。王女殿下はリリアルなら間違いなく『魔力大』班で、訓練なしでこの魔力量を賄ってあまりあるのよね」

「自衛のための魔術だけでも身に着けてもらえると有難いわね」


 身体強化と魔力壁くらいは展開してもらいたいものだと伯姪は思う。贅沢だろ! と内心忸怩たる思いがあるのだが。


 そんな中、彼女はある提案を思いついた。その提案を伯姪に聞かせると「久しぶりにやりたいわね」という事で、この話は大公殿下の前で戻り次第提案することにした。


 オーク討伐も大切だが、その根源を叩くことが先決だと彼女は考えた。



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