第285話-2 彼女は何故か、模擬試合を行う
二番手は伯姪と騎士団長子息の公太子側近。熊のような……いや熊そのもののような偉丈夫である。仲間の近衛たちから盛んに声が上がるので、騎士団長の息子としてではなく、騎士として信頼関係があるのだろうと彼女は理解した。
伯姪は片手剣とバックラーのいつもの装備であり、対する側近近衛は両手剣である。ハイランダーに近い形状だろうか。
「ふむ、レンヌにも海を渡った向こうの部族の血筋が残っているそうだが、騎士団長家はその系統を色濃く残しているのやもしれぬな」
カトリナのギュイエ領は元連合王国の領地であった時代が長く、レンヌも一時その統治下にあった時代がある。剣もその時代に伝えられた装備なのかもしれないと彼女は考えていた。
「はじめ!!」
両手剣を脇に構え、間合いに入った途端、回転を利かせた左右からの斬撃が絶え間なく伯姪を襲う。彼女たち以外から、悲鳴にも似た声が上がる。伯姪は長身のカトリナより小柄で、先ほどより一層大人と子供のように身長差があり、一方的に攻められているように見えるのだろう。
「どうだろう?」
「まだ、何もしかけてないわよ彼女は」
魔力も大して使わず、基本的な体裁きとバックラーのフェイントで剣先を躱していく。身体強化は秒単位で入り切りし、魔力を節約していることが見て取れる。
「仕掛けは焦るつもりないみたいね」
「……アリーと同様、実戦経験豊富だからな。その差を見せてもらおう」
「ポーションは投げないわよ多分」
彼女の嫌味ともからかいともつかぬセリフに「言うな」とカトリナが鼻白む。
両手剣の間合いを見切ったのか、伯姪はその剣先にバックラーのボッシュを叩きつけるように合わせる。当然、薙ぎ突くタイミングで金属の塊を剣先に叩きつけられた団長子息の剣の動きは鈍り、苛立ちは隠せないほどになる。
大人と子供の身長差、そして、魔力を備えた剣技も自分の方が上に見えていた。余裕で斬撃を躱され、あまつさえ、その剣先を確実に盾でいなされ、叩かれるのは屈辱であろう。
「ぅをおおおおぉぉ!!」
絶叫と共に上下左右の激しい斬撃が絶え間なく伯姪に襲いかかる。完全に、手加減や様子見のない激しい攻撃。仮に、格下の騎士であればその斬撃の嵐に巻き込まれ、なすすべもなく倒されたであろう。
「むぅ、対人戦の経験しかなさそうだな」
「普通はね。あなただって、オーガと戦ってなければそんなこと言えなかったと思うわよ」
魔物と人間の差は思う以上に大きい。初見では人間の動作を基準に反応しようとするので、大概失敗する。動きの予測を人間はしながら、相手と戦うのだが、その前提が変わると対応するのは相当難しい。
リリアルの騎士が優秀なのは、常に人ならざるものと戦い続けている事が多いからだろう。つまり、対人戦では弱くとも、魔物用の予測を前提に仕掛ける分、誤差が少ない故にミスも出なくなる。
伯姪の身体強化は、魔物のそれに近く、魔力量が少なくても使い所を弁える事で、瞬間では彼女に匹敵する能力を剣技において発揮する。つまり……
「なあああっ!!」
魔力壁の展開、そして、剣を跳ね飛ばしてのシールド・バッシュ!!
「がああっ」
剣を弾かれ、そのまま魔力壁ごとシールドバッシュを身体強化状態の突進で受けた団長子息は後ろ向きに吹き飛ばされ、後頭部を強打し動けなくなった。
一瞬の逆転劇。狙いすました突進、そして大男を跳ね飛ばす力強さ。
一拍置いて、なんの衒いもなく伯姪が兜を取り剣を掲げると、周りからは大きな歓声が上がった。
しばらくたっても起き上がらない対戦相手は、急遽担架で騎士団仲間たちが救護所へと移送していった。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
連敗を喫したレンヌ騎士団は、満を持して騎士団長が登場する。対戦相手は勿論、王国副元帥リリアル男爵。
前の二人と比べ、一層小柄で細身の彼女の姿を見て、拝み始める者半分、「本当に強いのか」と疑問を呈する者が半分である。
『まあ、お前見た目は普通の女の子だもんな』
「失礼ね。中身も年相応の女の子ではないかしら」
確かに、それはそうなのだが、やっていることはそうではない。
「手加減は無しでお願いしたい」
「勿論ですわ、騎士団長。よい戦いにしましょう」
彼女は笑顔でそう答える。騎士団長はやや緊張した面持ちで剣を構え兜の面頬を降ろす。盾と剣の標準的な騎士の装備。近年は、プレートの進化で敢えて盾を持たないスタイルが増えているが、立合では盾を持つ方が有利である。
「はじめ!!」
二人は向かい合い剣を構える。彼女は『魔剣』とよく似たスクラマサクスを構え、リラックスした様子で半身に構え、騎士団長はスリ足で剣闘士のように腰を落として距離を詰めてくる。
彼女は、体の周りに魔力を巡らせ、身体強化と体の前面に沿って魔力壁を展開することにした。
魔力を帯び青白く光り始める彼女を見た、城館に勤める女性たちは、跪き熱心に祈りを捧げ始める。彼女が真に『聖女』であると理解し、体が勝手に動いてしまったのだろう。敬虔な御神子教の信者が多いと見て取れる。
「拝まれてるわね」
「まあ、控えめに言ってあの姿は尊いからな」
目の前でアンデッドが融けるように消え去る姿を見たことのある伯姪らは、その事は実によく理解できる。
すり足でジリジリと近づく団長は息子と同じ愚を犯すことなく、ゆっくりと間合いを詰めてくる。彼女は完全に自然体で、剣を斜め下に降ろすように構え脱力した状態である。
『やる気あるのかお前』
「やる気を出したら不味いでしょう。手合わせが、必ずしも手を合わせなければならないわけではないもの」
団長の間合い、しかし、リーチの短い彼女には届かない距離で団長は一気に踏み込み剣を振り下ろす。躱すでもなく、受止めるでもなく、彼女は只立ち尽くしている。
ガァイイィィィン!!!
騎士団長の剣が彼女の胸を捉える直前、中空でその剣先が受止められる。剣を戻し突き薙ぎ払うが、彼女の20㎝ほど手前で巌のようなものに阻まれる。魔力を持つ者には目にできたであろうか、それは、魔力の
『お前、人が悪いな』
「全力を尽くす事が必ずしも正しいことではないもの」
『これ、スケルトンの群れにぶん投げれば、楽して勝てたんじゃねぇのか』
「……え……」
魔力壁で浄化可能であったのだから、
「次の課題ね」
『限りねぇなお前の人生』
五百年以上意識を保っている『魔剣』には言われたくないと彼女は思うのだ。
結果、彼女は回避する事もなく騎士団長は壁打ちのように剣を魔力煉瓦に受け止められ続け、その様子を見た大公殿下から「それまで」という言葉をいただくに至る。
結果は引き分け……という事になったのだが、全力で魔力の壁を切り続けた騎士団長が肩で息をする様子であったのに対し、彼女はまるで何事もなかったかのような平素と変わらぬ姿であった。
故に、周りから見ればその実力差は明らかである。
「見事な剣さばきでした」
「……精進致します。それと……お願いしたき儀がございます」
後に『赤熊の騎士』と呼ばれるレンヌ親衛騎士が、リリアル学院に半年ほど留学し、王都で冒険者として名声を博すようになるのはまた別の話ではある。
つまり、またもやリリアルに新しいメンバーが増えることになったのだ。
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