第285話-1 彼女は何故か、模擬試合を行う
レンヌに到着た翌日午後、王都からの連絡を待つ間の暫しの時間がある。
レンヌの城館の前庭。お迎えに来ただけのはずなのに、なぜかレンヌの近衛騎士との模範試合を行う事になっていた。王女殿下の望みなので、スポンサーの意向には従わざるを得ない。
「……何故かしら……」
『お前以外の二人がやる気だからだな』
カミラはギュイエ公爵家に仕える護衛役として手の内を見せる事はできないと固辞したので、参加するのは……カトリナ・伯姪・彼女の三人。その中で最もヤル気なのは……
「大公子対大公女対決だな! ギュイエ家の名に懸けて負けられない」
そもそも対戦しなければ負けにならないのであるし、普通は名のある家の子弟同士は遺恨が残るので戦わないものなのだが。
両者とも、身体強化あり攻撃系の魔術の使用禁止という条件で対戦を行う事になる。
「では、はじめ!!!」
中庭には、近衛騎士の面々は勿論、近隣の貴族の子弟らも見学に来ている。朝一で連絡が回ったらしい。物見高いレンヌの名士たちが集まっている。
「どう考えても……あなたを見に来ているわよね」
「……不本意ではあるが同意するわ」
ミアンの事件に関してはそろそろこちらにも伝わってきているようで、王都との違いは包囲され危機に陥ってから解放されるまでがセットで報じられている事である。途中のドキドキなしのダイジェスト。
――― 万を越えるアンデッドの軍団に包囲されたミアンに単身乗り込んだ
間違っていないのだが、魔導騎士団や聖騎士、近衛連隊の活躍は省略されたようで、伝わっては来ない。
「どうやら、またお芝居になるみたいね」
「……もう少し地味な立ち回りをすればよかったわ」
「何言ってるの、あの状況であなたが士気を鼓舞するためにあの戦いをしなければ、市民兵は心折れてたと思うわよ」
祈りが通じて聖なる魔力で魔物を打倒した。つまり、ミアンの市民たちに取ってはあの彼女の姿は、自分たちの祈りの具現化なのである。
「聖騎士達教会側が黙っているのは、あなたを聖女として祀り上げる方が、教皇庁に対する牽制にもなるし、国内の信者からの協力も得やすくなるからでしょうね。それに……」
『聖リリアル』に寄進の話も出ているらしい。いや、宗教施設じゃありません。孤児院関係ではあるから、教会関連なのかもしれないけれど。
「お婆様がうまく処理して下さるかしら」
「勝手には受けられないもんね。男爵家は王家の臣下だし。王家が取りまとめて下賜する形かしらね」
どの道、伯爵領とするのであれば、寄進された不動産をまとめてどこかの領地を振り替えに与えるという方が王家としても懐が痛まない。そのあたり、ちゃっかりしていそうではある。
カトリナは愛用のバスタードソードを持ち、間合いを変えながら公太子に突きと斬撃を繰り返す。魔力による身体強化を行っている者同士の素早い変則的な動きに、観客の歓声はいつの間にか静まり返っている。
公太子はロングソードだが、右手にはナイトシールドを持ち、体の大半を盾の中に収めており、盾は魔銀製。つまり、魔力により防御力が高められており、カトリナの斬撃を受け止めてもびくともしない。
体格差は頭一つは背の高い公太子のリーチはカトリナよりも長く、カトリナのバスタードソードの剣の長さを相殺している。
「手詰まりね」
「魔力でぶった切るというあの子らしい対応も出来ないようだし、魔力勝負かしら」
伯姪の言葉に彼女は内心そうではないと考えていた。恐らく、戦い方の引き出しはカトリナの方が多いからだ。騎士学校に入る前であれば伯姪の予想通りであったかもしれない。しかし、冒険者として騎士として様々な魔物と戦い、また訓練を経たカトリナが、まともに戦って互角なら手を変え品を変え仕掛けるのは想像できていた。
カトリナは、懐からポーションの瓶を取り出すと公太子の方に向けてひょいと放り投げると、目の前でバスタードソードの切っ先で瓶を叩き割った。
「ぐっ」
一瞬目をつぶる公太子の頭上から、剣の腹の部分を向けたバスタードソードが叩き込まれ、公太子は地面へと叩きつけられた。
「そ、それまで!!」
卑怯だという声は少なく、互角と見て仕掛けを変えたカトリナには賞賛の声が上がる。互角の敵と対峙しながら、ポーションを冷静に投げ切っ先で叩き割る技量を褒められたものであった。
「流石カトリナ、びっくりするほど卑怯ね」
「近衛も、この程度卑怯な振る舞いが出来れば安心ね」
「……卑怯ではない!! 策だ!!」
言葉とは誠に便利なものである。
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