第283話-2 彼女は『ラブル』の事実を確認する


 王妃様宛に、レンヌ王太子を王都にお迎えするという提案の手紙を出し、翌日、彼女たちお迎え組はレンヌに向け馬車を走らせることにした。


 因みに、馭者役二人は「馭者に専念するので竜討伐はお前らに任せた!」と凄い勢いで回答してきたので、彼女たち四人が竜討伐組である。


「む、竜討伐か。腕が鳴るな」

「変な方向に折れ曲がってね」

「なっ、こ、今回はそのような事は起こらぬように慎重にだな」

「……カトリナ様、出来ぬことは言葉にしない方が宜しいかと……」

「そ、それは、自らの決意を表明しているのだ」


 竜にぶん殴られたら、腕くらいひしゃげるかもしれないが、こんな事もあろうかとポーションは常に携帯している。ミアンでも死傷者は思ったほど出なかったので、回復は教会の司祭に任せていたのでポーションの在庫は十分に存在する。


「問題は、炎を吐くことよね……」

「まあ、魔力壁で炎は回避できても、熱は残るから厄介ではあるな」

「……いつの間に身に着けたの……」

「弛まぬ精進だな」

「ミアンでのリリアル男爵のご活躍を拝見して、私もあれをやるのだと駄々を捏ねたので、仕方なく……」


 子爵令嬢カミラ、最近お付きをするのが疲れたのか、今回はなかなか辛辣である。この馬車には同じ冒険をした身内しかいないので、少々気安いのかもしれない。あと、カトリナへの敬意が霧散したかの二択。


「いや、アリーの姿を見て私は確信したのだ。あの姿こそ、騎士の誇るべきあり様だと」


 確かに、敵に向かい只一騎突撃し、一方的に蹂躙する姿は、騎士物語の一幕を思わせる。只の力でゴリ押しなのだが。それが騎士だ。


「あ、でも、カトリナの魔力だと浄化されないじゃない?」

「まあ、弾き飛ばすだけだが、アンデッド相手でなく例えば槍兵や銃兵相手であれば、十分に敵の縦列を突き崩すことが出来る」


 この時代、長弓の運用から始まり、槍の方陣で騎馬の突撃を止める、銃でアウトレンジから攻撃するなど騎士が単独で突撃することはかなり死亡する確率の高い戦術となっている。


 魔力壁による突撃は、魔力量の左右されるが彼女やカトリナのような規格外に近い魔力量、彼女の場合精度もそこに加わるのだが、それを用いた攻撃力はまさに動く城壁のようである。


「因みに、お前の姉も練習していたぞ」

「……姉さん……」

「絶対やると思っていたわ。だって、面白そうじゃないとか言って……」


 彼女が東門の対応と、夜間の警邏を行っている最中、姉は南や北の門で「リリアル男爵の姉でございます」と名乗り、堂々と『壁突撃』を行って盛り上がっていたらしい……何それ聞いてないんですけどと彼女は思う。


「言えば止められるから、言わないだろうな」

「ええ、それはその通りね。そんな体力も残っていなかったでしょうし、知らずにすんで良かったわ」


 姉に勝手に名乗るなとも言えず、とりあえず姉が勝手にやらかしていることは彼女はあずかり知らぬこととスルーを決め込んだ。


 



 ラマンから半日ほど、通常の馬車であれば丸二日かかる距離を移動し、レンヌの領都に到着したのは、当日の夕暮れにはまだ早い時間であった。


 三年振りに訪れる彼女と伯姪。前回は王女殿下の護衛兼侍女として訪問し、二人で私掠船を接収する手柄らを立て、レンヌに巣くう人身売買にかかわる商人の摘発も行った。


 王女殿下が未来の大公妃となる街で、領民を虐げるようなことは見過ごせなかったとこと、この領都の面する川の上流には恐らく王国に敵対する貴族の領袖と連合王国の見えない糸が張り巡らされていたのだと推察される。


 レンヌ大公の伯父に当たる伯爵が反王国親連合王国派を纏めているという噂もかなりの信憑性をもっていた。


「随分と変わったのよね」

「レンヌの反王国派はかなり衰退したと言われているわね」


 王国の王女殿下を次期大公妃として迎える婚約が成立し、連合王国が内政干渉のみならず、連合王国が領民を領内の悪徳商人と手を組んで奴隷として売却している事。王都でも同様の犯罪が明るみとなり、それは後にルーンをはじめロマンデ地方でも行われていたことが発覚した。


「全部、リリアル絡みで討伐されていると聞いているな」

「……そうね、たまたまと言うよりも、その組織に手心を加える必要性が私たちには皆無だから、キッチリ処罰してやったわ」

「あのあと、騎士団内でも内通者が摘発されて組織改編につながったしね」


 各分駐所、駐屯所を増やし、騎士の増員、上下関係の流動化を進め、上司の権限を緩和するように努めている。派閥ごとに干渉しないであるとか、上司の不正を見逃すような体質ができにくいように、人員の交流も積極的に進めている。


「王国の雇われ騎士が、絶対君主のように従騎士や見習騎士に君臨する事自体おかしいよね」

「貴族家に帰属する騎士団はその家に忠誠を誓って貰わねばだが、王国の騎士は王家と王国に忠誠を誓うべきで、上司の騎士に忠誠を誓うわけではないのでな」


 リリアルのような外部組織が立ち上がり、騎士団と近衛騎士団の縄張りも絶対的な物ではないとなってきている。それが、不正を生み出しにくい環境……足の引っ張り合いによる相互監視の促進につながっている。


「ギルドの見習制度や孤児院の諜報網もリリアルが抑えているんだけどね」

「騎士団がもう少し立て直されるまでは、通報者の安全確保の為にも私たちで扱うべき情報ね」


 などと、レンヌの街を抜け、やがて現れる巨大な城塞。領都の城塞は相変わらず堅固な姿を見せていた。


「何度も戦火に耐えた城塞だったか……凄いな」

「中の白い城館もなかなかよ」


 ギュイエ公爵家のパワトゥやボリデュの館はどのようなものなのか、彼女は少々気になる。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 城館の入口には、見知った顔があった。親衛騎士団長の長子で王太子の側近である熊のような近衛騎士だ。また一段とふとマシくなっている気がする。


「ようこそ、レンヌへ王国副元帥閣下。それに……」

「ギュイエ公爵令嬢カトリナ。今は、近衛従騎士として王女殿下の護衛としてこちらに罷り越した」


 笑顔の熊が「お噂は兼ねがね」と答える。伯姪とカミラを簡単に紹介し、四人は城館へと案内されることになる。馭者二人は別行動となるのは身分的にも役割的にも仕方がない。





 どうやら、王女殿下の滞在に向け館の内装が明るい白系統に整えられたようで、若々しく華やいだものに変わっているのに彼女と伯姪は気付いた。


「明るい内装になりましたね」

「はい。王女殿下のお好みを反映させるようにと。王宮の内装などを参考に、整えている最中にございます」


 大公妃としての輿入れまでに、この城館や幾つかある郊外の城館も内装を新しくしているという。


「警備のレベルも改善中です」

「……なるほど。お忙しいのですね」

「王女殿下は王太子殿下の同腹妹であられますので、万が一のことが無いように進めております」


 三年前よりは引き締めは進んでいるだろうが、連合王国と関係のある……足が抜け出せない者も相当数いると考えられる。どこから、王女殿下に魔の手が伸びないともわからない。


「それに……半島の内部ではオークの集落が増えているという報告もあり、討伐の必要性も高まっています」

「オークですか。少々厄介ですね」


 王国内には少ないが、オーガほどではないが人より優れた身体能力を有し、集団で武装し人間の村落を襲う危険な魔物である。ゴブリンの上位種並の危険度で、それが粗末とは言え武装し、軍隊のように活動をする。時には、簡易な船も用いて川を遡上することもある。


 そして、人や家畜を攫うことも行う。単体では黄色等級だが、群れれば赤等級の魔物となる。オークにジェネラルのような高度の知能を持つ個体が含まれればさらに等級が上がり青等級……国家的な対策を打つべき魔物の集団となる。


「オーク討伐か……竜の前に丁度良い腕試しになるか」

「……ならないでしょ。目的、間違ってるわよ!」


 昂ぶるカトリナを伯姪がたしなめる。


「さあ、どうぞ。皆さまお待ちです」


 おかしな話だが、騎士学校に通い始めてから王女殿下とお会いする機会はめっきり少なくなり、レンヌ大公御一家とは侍女として訪れた前回、私掠船討伐の後に礼を言われた程度の関係であるから、『お待ちかね』される程の事ではない。


『カトリナの事じゃねぇか』


『魔剣』の呟きに彼女は納得する。カトリナは王女殿下とは年の近い親戚のような存在であり、おそらく小さい頃から遊び相手をしていたのだろうと彼女は考え納得したのである。



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