第284話-1 彼女はレンヌ大公から相談を受ける

「ようこそ、王国副元帥リリアル閣下。それに、ギュイエ公爵令嬢もようこそレンヌへ」


 どうやら、彼女の予想は少し外れていた。『王国副元帥』に用事があるのだろう。


「大公殿下、大公妃様ご無沙汰しております」

「両殿下とも壮健そうで何よりです」


 食事の場であるので、簡単な挨拶だが大公夫妻は機嫌が良いように見てとれた。というよりも、機嫌を悪くするようなことをした覚えもないのではあるが。


 メインダイニングと思われるレンヌ大公家の来客用の食堂は、銀の燭台のみならず、昼間のように部屋を照らす魔石を用いた照明具が配置されていた。王宮と異なる装いではあるが、とても重厚な印象を受ける。


「副元帥閣下、公女殿下、ようこそレンヌへ」

「御二人とも、お迎えに来ていただき大変恐縮ですわ」


 婚約者として仲睦まじい空気を纏う公太子と王女殿下は、この三年で随分と信頼関係を深めたようで、王太子殿下にほど近い距離感となっているように思えた。年齢的にも少し年上の公太子は、三年前の訪問時より一段と大公殿下に似た偉丈夫となっていた。


「今回は、是非レンヌの親衛騎士団とお手合わせをお願いいたします」

「……その件は後程……」


 食事の場に相応しい話題ではないと判断し、彼女はやんわりと話を変える。





 流石に、彼女とカトリナ以外の者は同席するものの言葉を発する事なく、末席で黙々と食事をする。ニース辺境伯の親族である伯姪も、身分的には男爵令嬢、カミラは子爵令嬢でしかない。


「どうかな、レンヌの料理はお口に会うかな」


 大公の言葉に彼女は笑顔で頷き、カトリナはギュイエ領との違いを少し加えながら、食文化の違いなど話を勧めている。


「ギュイエ領では蒸留酒が盛んなのですな」

「ええ、ワインは瓶で管理しなければ味が悪くなるのも早いので、蒸留し酒精の高いものを作って味を保つようにしていますの」

「ふむ、レンヌはブドウよりリンゴ酒の類が得意ゆえ、それで同様の物が作れると良いのだが」


 彼女は、先日遠征で赴いたロマンデにリンゴ酒の蒸留酒があったことを思い出し話に加える。なるほど、と頷く大公夫妻。お酒好きそうな家系である。


「ニース商会でも蒸留酒の部門を立ち上げたそうだね」

「姉の嫁ぎ先ですので、詳しいことは余り存じませんが、シャンパーで取引を増やしていると聞いております」

「ニースはこちらと同じ海の近い土地柄ですが、料理などはどのような物があるのでしょうか?」


 大公妃殿下からの話題は、伯姪に対する気遣いでもあるのだろう。カミラは子爵家とは言えカトリナの侍女、伯姪は男爵令嬢とは言えリリアルの騎士であり、ニース辺境伯家の身内であるから、立てるべき立場もある。


「内海料理は、神国や法国の料理人の技術、さらにはサラセンの料理人の技術も加わっておりますので、面白い料理が多いですわ」

「ほお、例えば?」

「魚を薄切りにして、軽く火を入れてからビネガーなどで味を調え、生に近い状態で食したりですわ」


 魚の生食というのは、好き嫌いが相当ある。それに、下ごしらえや魚の種類によっては美味しくない。場所にもよるが、煮たり焼いたり、富裕層は油で揚げるという食べ方も流行り始めている。


「生で食べられるとは……凄いな」

「私も最初にニース領で食事をいただいた時は驚きましたが、釣った魚をその場で捌いて船の上のダイニングでいただくディナーは素晴らしい体験でした」


 彼女は初めて姉の護衛でニース領に赴いた時、辺境伯家のクルーズ船の船上で食事をした話を皆にすることにした。


「内海は波がほとんどありませんので、揺れを気にせず食事が楽しめます」

「まさに、夕日が沈み星がまたたき始める景色を見ながらの食事は、得難い経験でしたわ」

「ギュイエ領は内海に面しているところもあるにはあるが、そこまではできませんわね」


 カトリナ、大いに悔しそうである。とは言え、内海沿いには沢山の王国の都市があり、クルーズしながら食事ができる船を公爵令嬢が調達することはさほど難しくないだろう。


「ギュイエ公として公式訪問すれば……」

「……やめた方がいいと思うわよ……」


 変なところで父親の権力を使用しない方が良いと彼女はカトリナを諫めるのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 王女殿下と大公妃殿下は寝室に引き上げられた。残ったのは……騎士に相当する者たちのみ。


 代わりに、レンヌの親衛騎士団長が加わり、場所はサロンへと移動する事になる。


 彼女たち女性には紅茶が振舞われ、男性にはワインが供される。どうやらなにか面倒ごとへの相談だろうと彼女は考えていた。


「リリアル男爵、申し訳ないが本来の任務とは異なる相談を少々したいのだ。迷惑だとは思うが聞いてはくれまいか」


 大公に頭を下げられ『否』と返せる程彼女は強気にはなれない。


「私で役に立つのでしたら伺います」

「む、すまない。それに、カトリナ嬢もいささか関係のあるやもしれぬことなので、聞いて貰えるか」

「勿論でございます」


 そう確認をとると、大公は騎士団長に視線を向け、騎士団長がレンヌで発生している事件に関して話を勧める。

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