第282話-2 彼女は一先ずラマンに向かう
一旦、一時間ほどで休息を取らせる。馬は、馬車から伝わる彼女の魔力の影響を受け、とても元気で疲れ知らずなのだが……
「馭者台、辛いな……」
「段々、きつくなってきた……」
いくら揺れが少ないとはいえ、一時間も馭者台で集中して手綱を握れば相応に疲れるものだ。
「だから二人なのよ。交代しながらやるためよ」
「……確かに、二人必要かもしれない」
「何甘えてるの!! 兎馬車の御者は学院の女の子が務めて、三日四日連続で明るい間走らせ続ける事だってあるのよ。騎士のくせに、根性が足らないわね」
確かに、リリアルの場合そういう無茶な行軍は何時もの事である。
「そ、そうなのか」
「そうよ。ミアンでは先に帰ったけど、魔力量の少ない子が交代で馭者を務め乍ら魔力も流すのよ。あんたたち、馭者台に座ってるだけで、魔力は他人持ちじゃない。甘えてるっての」
魔力は彼女持ち……というか、このメンバーではカトリナくらいなければ一日中魔力を馬車に供給するのは難しい。王女殿下専用馬車は王女殿下の豊富な魔力量を前提に強力な装備を施しているからだ。
「……俺たち、半分の年齢の女の子以下って事か……」
「ふっ、仕方ねぇだろ。あの子達は存在自体が尊いんだから。俺たちみたいなおっさんとは訳が違う」
ヴァイは何か悟ったかのように達観した言葉を口にする。いや、リリアル学院の魔術師の訓練が彼女の基準だから、色々とおかしいだけなのだ。ついでに、祖母も姉も同じ類なので、誰も止めるものはいない。
古の帝国時代、この地方の主要な都市として構築された「ラマン」は今でもその当時の城壁や円形競技場が残されている歴史ある都市だ。
その後、王国の中では連合王国に渡ったロマンデ公の支配下であった時期も経験したが、ラマンの住民はロマン人の支配から独立を選択しラマン伯が統治することになった。
二つの川の合流点に築かれており、連合王国の王と、以前存在したギュイエ公国の女君主が婚姻した際、この地に宮殿を立てている。百年戦争の開始時点ではすでに王国の一部と帰していたが、父祖の地という事もあり、何度か攻略を受けている。
また、聖ユリウス大聖堂を持ち、司教座も有している。その他にも、行政や司法のこの地域に於ける中心地であり……騎士団の駐屯地も有している。
通常の移動であれば、冒険者としてなら普通の宿、騎士としてなら騎士団駐屯地に赴くのだが、今回は王女殿下の護衛としてレンヌに向かっている為、王女殿下の宿泊する迎賓館に相当する旧ラマン伯の宮殿に逗留する。
大聖堂にほど近いこの宮殿はその昔、聖征で活躍した連合王国の『英雄王』も愛したと言われる荘厳な建物である。
「ふむ、悪くないな」
「……まあ、あなたのご先祖と言えばご先祖よね……」
ギュイエ女君主の居館であるから、当代のギュイエ公爵令嬢であるカトリナからすれば、「親戚の家」くらいの感覚になるのかもしれない。
「一先ず、騎士団の駐屯地に騎士団長からの手紙を届けようかと思うのだけれど」
「……率直に言おう、リリアル男爵」
「なんでしょう、ギュイエ公女殿下」
カトリナ曰く、王国副元帥が自ら一駐屯地の騎士に会いに行くのは身分的に問題だという。また、王女殿下の警固役として公務で訪れていることもあり、騎士隊長を使いを出して呼びつけるのが当然だという。
「既に、立場のある身であることを考えると、今までの通りに振舞うのは考え物だろうな」
「……その通りね。忠告、感謝するわ」
「素直だな。私が教えられることと言えば、高位貴族としての振舞いくらいのものだ。その辺は、身についているつもりだからな」
ふははは!! という笑いは絶対に高位貴族令嬢のものではないと彼女は思うのである。
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ヴァイとアンドレがすっかり街に繰り出した頃、宮殿の侍従を騎士団駐屯地に使いを出したのだが、暫くして駐屯地の騎士隊長が到着したと、執事長から伝えられる。
「では、サロンに通してもらえますか。お茶の用意も」
「畏まりましてございます閣下」
初老の執事長は慇懃に礼をすると、彼女の居室を立ち去って行った。今日は、彼女の部屋に伯姪が従者扱いで逗留する。その方が何かと不便が無いからである。カトリナとカミラは別に同じような居室を与えられている。
「さて、どんな隊長かしらね」
「おそらく、初めてでしょうね」
王都から離れた騎士団の責任者は、凡そその地方の貴族・騎士の家系出身者で賄われている。つまり、南都騎士団のようにご当地貴族の就職先となっているので、あまり期待はできない。
執事が彼女たちを案内するために訪れ、騎士隊長は既に部屋にいるということであるので、四人でサロンに向かう事にした。
そこには、細面で神経質そうな『役人』と言った風貌の中年の毛の薄い男性が座っていた。
「お待たせしました」
「……初めまして副元帥閣下」
隊長は立ち上がると丁寧にお辞儀をしつつ、目線では「なんだ小娘」と言いたげな雰囲気であった。
「初めまして、王国副元帥リリアル男爵、こちらはギュイエ公女殿下です」
「……し、失礼いたしました!」
「何構わん、今日は王妃様の遣いで立ち寄っているまでだ。それに、ラマンから出ることが無ければ、公女の顔など知らなくても不思議ではない」
言外に『私の顔を知らぬとは、とんだ田舎者だな貴様』と言われ、面白く無さげな隊長。自分より偉い人間はほとんどいないだろうから、その辺りの感情を隠せないようである。
「騎士団長からの手紙を預かっています。先ずは一読していただけますか」
「……は、はっ!!」
騎士団長からの手紙に良いことが書いてあると思えるほど、流石に目出度くはないようで、「失礼します」と直立不動で受け取ると、内容を彼女たちの目の前で読み始めた。
「……『竜』の出現状況の把握……お、王女殿下が数日後にお立ち寄り……その前に、騎士団長自らが視察兼、現地調査の陣頭指揮を取りにこちらにこられる……うううう……」
うううではない。
「随分とのんびりしているな隊長。で、この風聞にある竜の出現は確認済みなのであろうな」
「ええ、南都でもタラスクスが出現していたり、帝国国境付近では多くの不死者による都市や村への攻撃が為されているのですもの。地域の治安を預かる立場である騎士団の責任者が、何もしていないというのは考えられないわ。ねえ、隊長、そう思うのが当然ですわね」
手紙から目を離さず、完全に顔色が土色に変色している騎士隊長。髭がいい感じにしなだれている。
「当地の竜とされる『ラブル』は、身体堅固なだけでなく、火や毒を吐くとされていますね。万が一にも、王女様が被害にあえばどうなるか想像できるでしょう?」
彼女は脅しに掛かる。そして、それ以前に騎士としての役割を放棄しているこの男に言わねばならぬことがある。
「民を守ってこその騎士じゃないのか。ラマンの騎士は、竜が出て民が苦しもうとこの城塞から動かず静観しているというのではないだろうな」
「まさかね。騎士の風上にも置けないわよ。生まれがどうの、育ちがどうのと誇るなら、自らの行いを誇れるようにすべきよね。そうは思わないかしら隊長」
口には出さないが、凍るような視線で隊長を射すくめるように見るのはカトリナの背後に立つカリナである。
「では、伝達事項は以上です。騎士団長がラマンから立ち去る時、未だこの地で騎士を務めたいと思うのであれば、今から駐屯地の騎士全員で大いに働くことをお勧めします」
騎士隊長の背後の執事に目線で合図をすると、黙って出ていくことを即すようにサロンの扉が開かれるのである。
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