第281話-2 彼女は王女殿下のお迎えを頼まれる

 騎士学校に迎えを寄越させ、一旦、二人はリリアル学院へと戻る。装備を整えるとともに、皆に元気な顔を見せる為でもある。


 遠征組も留守番組も特に変わりないようで、彼女は安心した。


「お婆様、只今戻りました」

「お疲れだったね。でもまたすぐに出る予定なんだろ?」


 彼女は掻い摘んで王女殿下を護衛して王都に戻る任務を承った事を説明する。すると、老土夫が珍しく話に入ってきた。


「お前さんら、馬車で迎えるってことは、『ラマン』を通る事になるのかの」

「ええ、そのつもりです」

「では、この話、耳に入っておるか?」


 老土夫曰く、『ラマン』近郊の川には『悪竜』が出ているらしい。『竜』とはいうものの、長い胴体を持つ蛇のような姿に短い手足が付いており、川の流れに潜むように動いているのだという。


「畑を枯らせたり、村を襲って毒を吐いて住めなくするようなもので、時折巣穴から出て活動するのだよ」

「最近、活動期に入っているってわけね」


 伯姪の質問に、老土夫は頷く。旧知のラマン近郊にすむ鍛冶師から聞いた話だという。


「それに、実際見られた場所はラマン近郊の街『フェルテ』の傍を流れる

ハウス川の流域で確認されている。王都よりの地域だというな」


 つまり、ラマンから王都近郊までのどこかで遭遇する可能性があるということだろう。


「騎士団か軍が討伐に出るべきなのでしょうけれど……」

「無理よ。南都で経験しているじゃない。今回こそ、王太子殿下が御出馬あそばされるべきよ」

「貴方のおじい様が顔を出しかねないわよ」

「……言えてるわね。大いに言えるわ……」


 伯姪に「儂もドラゴンスレイヤーになりたい!!」とタラスクス討伐に成功した王太子の話を聞き口にしていたらしい。都合の良いのか悪いのか分からないが、ミアンから王都に戻ってきているはずだ。


「でも、敢えて耳に入れないわよね」

「周りもお困りでしょう? 一人で討伐に行くわけではないのだから」


 そう、ジジマッチョに付き合わされるニース騎士団の皆さんが不幸なのだ。さすがに魔将軍と修道士二名で竜討伐には向かわないと信じたい。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 今回は、魔装銃を彼女と伯姪が装備していくことにした。万が一、『竜』と遭遇した場合、銃で撃退できれば護衛の任務は相当やりやすくなるからである。


「実際、あなた一人で何とかなりそうだった?」


 伯姪の言葉に彼女は首を振る。


「学院のみんなが囲んで関心を散らせてくれなければ無理よ。相手は『竜』なのだから、一対一ではとても敵わないわ」


 それはそうかと伯姪も頷く。経路を変えて、川沿いの街道を遡り、旧都経由で一日程度旅程を伸ばして戻る方法もなくはない。行きに、ラマンの騎士団で情報を収集し、戻りの経路はその時点で判断すればよいのではと考えることにする。


「最悪、ロマンデ経由でも構わないじゃない」

「……かなりの遠回りよ。それなら、最初から川沿いを戻る方が良いわ」


 ラマンから北上しロマンデから王都に入る街道も存在するが距離は相当延びる事になる。それはあまり好ましいとは言えない。


「遭遇しても時間を稼いで馬車が先に逃げのびることが出来れば問題ないと思うわ」

「馬車の馬の数を二頭立てから四頭立てにしてもらうのは可能かしら」

「引き具を変えるだけだから、時間はかからないわよね」


 伯姪曰く、魔装馬車は最悪一頭でも逃げ切れるだけの速度を出す事は可能。四頭立てにしておいて、最悪、彼女たちとカトリナ主従で竜を抑え込んで馬車を逃がす事も考慮しても良いだろうと伝える。


「悪くない保険だわ。それに……」

「カトリナがドラゴン討伐に参加したがるのは目に見えているじゃない?」


 馬車から降りて、徒歩でも参戦しかねないのはカトリナである。四頭のうち二頭はそのまま牽引させて逃走、四人で足止めをするならば、かなりの時間を稼ぐことが出来るだろう。


 しかし、『竜』とはいえ、タラスクスは明らかに海生鰐に似た生物であり、大きさもそれほどとは言えなかった。


 どうやら、老土夫の伝聞と、ラマン周辺で伝えられている伝承から、凡その姿が想像できる。


 定期的に現れる存在であり、空を飛んだりするわけではないのだが、家畜を襲い畑を焼き払い毒を流すという……とても迷惑な存在であり、放置する事は民を守る王家として看過できないという事なのであろう。


「大きさが15m……長い手足と丸い胴を持ち、胴の周りには水草のような毛が生えている。毒の針を持つ……肉食の亀の類でしょうか」

「……亀……15mもの大きさの」


 川沿いで散見され、毒を流し家畜を襲う。ワニの類かもしれないが、王国に住む生物としてはどうなのだろう。長い手足という部分が異なるだろうか。


『ラヴル』と呼ばれるそれは、過去、様々な厄災を招いてきている。曰く、


『尾が弱点、それ以外無敵』

『矢のようにその棘針を発射する』

『火を吐き出す』

『水や強力な酸を吐き出す』

『作物を枯らすことができる息』

『川に足を踏み入れて洪水を起こす』


 最後の二つは後付けではないかと思われる。尾を狙うとしても亀であれば隠してしまう可能性も高い。大きさは15mもあるとすると、尾の長さも数mはあるのだろうか。


『こりゃ、大変なことになりそうだな』

「事実であればね。大きすぎて隠れることができないじゃない。大きさはこれほどではないでしょうね」


『魔剣』がぼやくのも無理もない。立て続けに強力な魔物や破壊工作としか思えない活動が増えすぎだ。


 洞窟に潜むとしても15mは大きすぎる。魔力を用いて飛翔すると言われるドラゴンは高山や人里離れた場所に住むと言うが、農村を襲う『亀』が目立たず潜むには限界があるだろう。湖や洞窟でもあれば別だろうが、そのような場所があるかの確認からだろう。


「『竜』に関しての情報収集からでしょうか」

「手元にある資料はこれだけだな」


 老土夫もそこまで詳しく事情を知っているわけではない。まさか、遠征から戻った翌日に、再び『竜討伐』の可能性があるとはだれも思わない。


「それに、実際見られた場所はラマン近郊の街『フェルテ』の傍を流れるハウス川の流域で確認されている。王都寄りの地域だな」


 ラマンの東、王都周辺域の西端『シャル』の街との中間にある。万が一の時は王都から人を派遣することはおかしくないだろう。では、一旦、ラマンの冒険者ギルドで依頼を受けた旨を伝えるべきなのかと確認すると『フェルテの出張所で対応する』とのことである。半日無駄に往復する必要がなくなり、大いに助かる。


『ラマン』は王都の西二日ほどの距離にある、古の帝国時代からの建物も残る歴史ある街である。ロマン人の王が連合王国に向かう前にこの地を支配したが、ロマン人に対する反乱をその後起こし、この地を王国に帰依させた経緯がある。


 当時の家系は途絶えたものの、司教座を有し百年戦争の間に築かれた高い城壁と深い空堀に囲まれたレンヌと王都の間にある都市の中では群を抜いて大きな城塞都市を形成している。


「普通の魔物ではない。『竜』だというのだ。それに、その魔物がもし本物であるとするなら、ラマンに駐留する騎士団程度では対応できない」


 練度に疑問はあるものの、南都の騎士団は貴族の子弟を集めた魔力持ちも多く所属していたはずだが、タラスクスには単独で対応できたかと言えば少々怪しい。


 騎士団の分駐所程度では対応できないのは当然だろう。


「調査も魔物討伐を主としない騎士団では……難しいという事でしょうか」

「ゴブリン上位種程度でも一歩間違えれば大損害を被る可能性がある、まして竜にちょっかい出せば、何が起こるか分からんからな……」


 地方の騎士は王都近郊の騎士たちより脳筋度合いが高い。実力に反して気位ばかり高いのである。やらかす危険性が高いと思われる。かなり偏見だが、南都やサボア公国での経験から、自分を知らない騎士が余計なことをする可能性も十分考えられる。


 とは言え、副元帥リリアル男爵なのだ。


「王女殿下警固の名目で、ラマンの騎士団に竜の調査を依頼するとか?」

「……悪くないわね。命令書を騎士団長に出していただきましょう」


 地方の騎士団で男尊女卑のプライドの高い騎士の相手をするのは少々うんざりなのだが、最初に『リリアル男爵である』と名乗れば問題ないかと思うが、念のため命令書の形で騎士団から命じさせることにした。


『騎士団長、ミアンから戻っていればいいけどな』

「大丈夫でしょう。街の被害も騎士団の被害もほぼないのだから。今頃祝い酒でも飲んでいるはずよ」


 杞憂となれば良いのだが、王女殿下に少数の護衛でレンヌまで向かうのであるから、途中のトラブルの可能性に関しては万難を排して処理をしておきたいのだ。





 騎士団長に王宮に向かう前に面会を求める。以前ほど時間を取られる事なく、速やかに手続きが進む。彼女は端的に用件を伝える。


「ミアンの件で一段落していない間に恐縮ですが……」

「いや、そこまで問題になっているとは思っていなかった。流言の類かと思っていたからな」


 騎士団本部にラマンの『竜』に関しての情報は上がっていなかったようであった。つまり、ラマンの支部では完全にスルーしていると見て間違いないだろう。


「王女殿下の王都への帰還に合わせて事件を起こす……という可能性は考えるべきだろうな」

「ええ。タラスクスも王太子殿下の南都への立ち寄りの日程に合わせて向かわせたと考えるほうが賢明です」


 帝国か連合王国に雇われた「魔物使い」が『竜』を使嗾している可能性も少なくない。下等とはいえ竜種を操るというのは、人間なのかどうかと疑問に思わないでもない。もう少し、精霊や魔神に近い存在が介在しているとするのであれば、タラスクスの時よりも危険度は一段と上がる。


『お前たちの事が計算に入っているとするなら、仕掛けはより高度になってるんだろうな』


 彼女は『魔剣』の言う通りだと思うのである。


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