第279話-2 彼女は討伐の総仕上げに参加する

 既に数日間、昼夜を問わず顕現していたワイト擬きもスケルトンも少々弱体化していた。本来はアンデットと言うのはその場所・土地に拘束される存在であり、その『土』に依存する存在でもある。


 そこから切り離され、時間がたてば弱体化するのは自明の理なのである。恐らく、二三日で任務は完了すると予想していたであろう、仕掛けた帝国の死霊術師の思惑から大きくかけ離れていた。


 特に、東門のワイト擬きは水で囲まれ引くに引けない状況であった。自らを縛り付ける場所から離れ、既に長い時間が経過した彼らは、当初ほど圧倒的な能力を失いつつあるようである。


「じゃあ、そろそろ始めましょう!!」


 既に回り込んだリリアル生が『水馬』の上から限られた乾いた地面に集まるアンデッド・ナイト&ポーンに銃撃やメイスによる打撃を与える。昨日の時点で問題を確認し、彼女は再びヘッドギアの住人となっていたが、昼夜逆転生活が終わると思うと気も楽であったのでさほど負担には感じなかった。


 薄黄色の輝きも半減し、普通のスケルトンに近づきつつあるとはいえ、普通の兵士が触られれば、体力を失い呪いに掛かる場合もあり得るのだが……


「うりぃやあぁぁぁ!!!」


 聖魔装のメイスを両手に持った赤毛娘の突撃、そして死角からの反撃を水上の黒目黒髪が魔力壁を飛ばし赤毛娘への攻撃を弾き飛ばす。


「なんだか、反撃が軽いです!」

「存在感が……薄くなってるからかもね!!」


 パン パン と乾いた発射音をさせながら、魔装銃でその周囲のワイト擬きを浄化していく伯姪。赤目銀髪も、鳥を払うかのように淡々と射撃を繰り返し、浄化が進んで行く。


 青目蒼髪・赤目蒼髪のペアは、二人でガリガリとアンデッド・ポーンの戦列を魔力ゴリ押しで削っていく。明日の事は考えなくても良い状態で、魔力を惜しみなくつぎ込み、弱ったワイト擬きを倒していく。


「明日は休みかね」

「……学院に戻るまでが遠征でしょ!!」


 魔銀のグレイブを振るう青目蒼髪と、魔銀ブージェと魔銀の盾を構える赤目蒼髪の組合せは、彼女と伯姪の戦い方とよく似ているのだが、男女の組み合わせと言うのはやはり華やかな感じがする。


『あいつら、青春してるな』

「……べつに、羨ましくなんて無いわ……」

『いや、そういう意味じゃねぇよ』


 べ、別に羨ましくなんてないんだからね!! というよりも、そんな男性が存在するならば、今すぐ男爵位をその男性に譲って妻として仕事をしたいくらいだと彼女は考えている。ええ、どうせ夢ですよ、妄想ですよと言い訳しつつである。


 茶目栗毛も魔装銃を用いての狙撃。そして、歩人とヴィーは……


「ほら、地面を凹ませるのよ」

「いや、ほら、全然話聞いてくれないから。やっぱ、いつまでたっても俺って嫌われてるんだ……」

「そういうのは後回し! 仕方ないから斬り込むわよ!!」


 土塁から跳躍、東門の前に飛び降りたヴィーは水際を反時計回りに移動しながらパンパンとワイト擬きを倒していく。圧倒的な魔力量とその制御を目にする。手にしているのは恐らく……魔銀製の曲剣とロングソードであろうか。


「ひぃぃ、待って待って」

「命が惜しけりゃ、魔力を込めてそのメイスを振るいなさい。反省の色が見えたら、ノームも機嫌直すかもね☆」


 彼女もスパルタだが、群がるアンデッドの中に放り込むヴィーも中々のものだと思う。


「開門!! 押し出せ!!」

「「「「えいえいおー!!」」」」


 魔力持ちの市民兵を先頭に、ビルと彼女も開いた東門から乾いた地面の残る水没していない外郭部に打って出る。


 彼女自身は魔力壁を展開し、奥へ奥へとワイト擬きを押していく。その壁の両サイドを市民兵たちが囲み、ワイト擬きを討伐していく。中央を押され背後からはリリアル生に狙撃され、打倒され、やがて逃げ場のなくなったワイト擬きは彼女の魔力の壁に触れて浄化されるものが出始める。


『随分と弱体化したな。スケルトンに近くなっている』


 初めの頃、スケルトンは濡れた紙のように溶けて消えたが、ワイト擬きは弾き跳ぶものの、大きなダメージは与えられていなかった。今は、眼に見えて魔力を纏う光が消え、部分的に浄化されてしまっている。


「時間が味方をしてくれたというところかしら」

『それとな、お前の事を信じている市民兵が増えているからだな』


 彼女は、昨日の夜のヴィーとの遣り取りを思い出していた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 もしこの世に英雄というものがいるとするのなら、どう定義するかという与太話であった。神話や物語には沢山の英雄が出て来るが、最後は意外と悲惨な死に方をする者が多い。人はそれを『悲劇の英雄』等と呼ぶものだが。


「あなたもこの時代における英雄の一人だと私は思うけどね」

「……そんなことは……無いと思うわ」


 揶揄われていると彼女は感じていた。では、英雄の条件とは何か。




 とある英雄の物語に加えられたそれを示すとするならば……


『英雄の条件』それは剣が巧みな事でもなく、魔術が優れている事でもなく、際立つカリスマを持つ者でもない。己の誓いを守り抜き、如何なる逆境にも希望を持たせる者こそ英雄と呼ぶに相応しい。


民を護り国を救え、誓いを貫け。敗れる事こだわらず、退くことを厭わず、挫ける事にも恐れず誓いを貫け。


誓いを守り抜き最後に勝利した者こそが『英雄』となるのだ。




「この勝利の条件とは何を示す物なのかしらね」

『自分で決めていいんじゃねぇの』

「……英雄って随分と適当なのね」

『自分でなるもんじゃないからな。それに、『聖女』も随分と適当だろ?「救国の乙女」とお前じゃ全然違うしな』


 英雄が誓いを護った結果、周りがその存在に期待し、希望を持つとすれば、既に彼女は『英雄』の条件を満たしていることになるのかもしれない。


 そんな中、帝国の女魔術師の言葉を発する。


――― 己が命を賭すのが英雄? そんなものは一山いくらの『勇者』でも出来る事だ。


 英雄はそのような卑小な存在ではない。


 確かに『英雄』は『勇者』に似ているが、非なる存在だよ。


 己の命を賭け、自分より強大な物に立ち向かう勇気を持つ者、そして、その力を神から授かったものを『勇者』という。


 英雄はそうではない。己の行いを重ねる事で自らその力を手に入れた者であり、神の『加護』によるものではない。


 勇者は己が命を賭すが、『英雄』は多くの人がその者に己の命を賭すのだ。


 勇者は生まれた時から『勇者』だが、英雄は生まれつき『英雄』なわけではない。多くの冒険とその果てにいたる存在なのだ。


 故に、『英雄』は生まれ育ち、人に希望を与える存在となる。その希望に多くの者がつき従い己の命を皆が賭ける。それが『英雄』だ。





 そして、最後に彼の魔術師はこう付け加えた。


『故に、リリアル男爵、あなたは「英雄heros」なのだ』




 こうして、弱った敵を圧倒的な戦力で叩き潰し、浄化したミアンと王国の兵たちはその日午後遅くない時間に、全てのアンデッドを討伐する事ができた。


 午後遅く、戦いの終了を知らせる鐘がミアンの市街のあらゆる鐘楼から鳴らされ、その音は遠く聖都にまで届いたという。


 こうして、リリアル学院の英雄譚に更なる一頁が書き加えられることとなったのは言うまでもない。


『また大変になりそうだなお前』

「……言わないで……」


 本人だけはちっとも幸せそうではないのは何時もの事である。





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