第280話-1 彼女は騎士学校の生徒に戻る

 ミアン解放の晩、街は盛大な祝賀会で盛り上がる……事はなく、残務処理に追われる姿があちらこちらに見えていた。勿論、ミアンから王国の兵士や騎士達に祝賀のワインが振舞われ、街の多くの家畜が肉として振舞われる事となったのだが、それは街の住人とはかけ離れたことであった。


「まあ、色々吐き出しちゃったから大変よね」

「王国から免税措置や優遇措置もなされるでしょう。それと、防衛計画自体見直しとなるのではないかしら」


 帝国・連合王国との境を接する場所に最も近いのがミアンであり、騎士団を多く配置する事は刺激することになると、戦力を王都近郊に押しとどめていたことが裏目に出た可能性がある。


「カルディに軍事拠点を構築する。近衛連隊の増員とこのエリアへの駐留を考えるべきかもしれないわね」

「王都近郊は騎士団とリリアルで十分だものね」


 大規模な貴族の反乱も想定しにくい状況で、対人戦を想定した近衛を王都近郊に配置する必要は余りないだろう。


「考えるのは元帥閣下の仕事でしょうけどね」

『今回の件で本格的に帝国との雲行きが怪しくなったな』


 今帝国は、ネデル領の支配を強化するために、皇帝の領地である神国から多数の軍を法国経由で送り込んでいた。そして、ネデル領のみならず、隣接するランドルとも緊張が高まっている。


 羊毛産業の原材料供給地と製品の製造地という関係から、ネデル・ランドルと連合王国は神国・皇帝と対立している。結果、帝国を潤す商人同盟ギルドの関連施設をその領域から排除しようとしているという。


 海上において連合王国軍は海賊船・私掠船を用いて、神国・皇帝の商船を襲っており、連合王国と帝国皇帝・神国の戦争が始まる可能性が高まっている。


 王国は連合王国と対立しているものの、ランドルに関心があることを考えると、漁夫の利を恐れ工作活動を行っていると考えられる。その仕掛けが魔物や内部に潜む協力者を通じた破壊工作という点が厄介なのだ。


「頭を潰せば懸念が解消するとも思えないわね」

『愉快犯でもあるからな、あんなのは』


 ウォーレン男爵の態度を見ても、ミアンを支配し云々という事ではなく、街が混乱に陥れば面白い程度の発想であったと見て取れる。つまり、子供が蟻の巣穴に悪戯する感覚である。


 吸血鬼たちの巣を探し出し、駆除する必要性を感じている彼女だが、帝国に潜入することが前提となる。


「しっかりとした準備が必要ね」

『……まあな……あの女魔術師と懇意にするこった。時間をかけるに相応しい敵だしな』


 『魔剣』の言葉に彼女は深く頷いた。





 市庁舎の前であり、大聖堂前の広場には多くの市民が集まっていた。城内に入りきれない近衛連隊の兵士は既に撤退行動に移っており、ミアンが解放された翌日に残っているのは、騎士団・教会の聖騎士・騎士学校の遠征中の学生、そしてリリアルの騎士達であった。


 残念ながら、魔導騎士は駐屯地にそのまま戻っており、昨日中に撤退している。


「ミアンを守ることが出来た事に深く感謝いたします!!」


 救援に駆けつけてくれた様々な人々、また、襲撃当初から街の防衛に協力してくれた人々に、市民を代表し市長・大司教が感謝を述べる場である。


 広場にはリリアル生・騎士学校生・聖騎士全員と騎士団の幹部並びに、当初からミアンに滞在していた騎士が整列している。


 騎士・騎士学校生は制服であるが、リリアル生に関してはこんなこともあろうかと常に持ち歩いている騎士叙爵を受けた際の礼装風の空色の騎士服を着用している。


 リリアルが『孤児出身の魔術師』の集まりであると聞いていた、彼らをよく知らない市民、また騎士学校の生徒たちは、見目の良い女子を中心とした制服姿の凛々しいリリアルの騎士がもっとも市民から歓迎されているのも見て、少々悔しくもあったようである。


「私もあっちがよかったわ。あなたもでしょ?」

「良いじゃない偶には」


 騎士学校のメンバーと騎士学校の制服を着て並ぶ彼女と伯姪。いつもなら、彼女たちが代表して最前列に並ぶのであるが、今回は……


「よく知らない騎士だと思うと、割とよく見えるわね」

「他人の目線と言うのも大事ね。良い勉強になったわ」


 茶目栗毛と青目蒼髪が先頭に立ち並んでいる。その後ろに赤毛娘と黒目黒髪が並んでぴょこぴょこしているのでとても目立っている。


「騎士服が可愛らしいわね」

「それはそうでしょう。私が騎士になった時は無かったもんなー」

「リリアル自体が無かったのだから当然ね。でも、男爵号を得る時には着てもいいのよ」

「嫌よ、私は**夫人がいいもの。**女男爵なんて、リリアルに二人もいらないわ」


 舌を出して顰め面をする伯姪に、苦笑する彼女である。



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