第277話-2 彼女は飛来した吸血鬼と対峙する

 暫く、空中をフラフラていたウォーレン男爵は「くっ、今日はこの辺にしておいてやる!」と捨て台詞を吐くと、フラフラと東の空に去っていった。


「追撃しないのでしょうか」

「まあね。小さな蝙蝠に分割して、そのまま闇に紛れて遁走がいつもの逃げ足だから、無駄なことはしないのよ」


 彼女は変化へんげできうる吸血鬼は初めてなので、どういう行動をするのかまるで予想が出来なかった。


「あれは、支配種なのでしょうか」

「いいえ。高位の従属種で支配種になりかけ……ってところかな」


 従属種が支配種に進化する為には、支配種複数からの推薦と隷属種を作り出しより多くの吸血鬼を支配下に置いたかどうかで決まるのだという。


「あの男は、傭兵隊長をしながら自分の配下に隷属種の女吸血鬼をおいて、そいつらにグールの兵士を作らせて戦争に参加するんだよ」

「……嫌な男ですね」

「そうだね。でも、戦争にはとても強いから帝国でも高名な傭兵団の団長となっている。勿論、その前は恐らく、法国で傭兵隊長を務め、どこかの家の当主に潜り込んで『公爵』の地位を得ていたはずだよ」


 当時、いや、今日においても法国は幾つかの都市国家を中心とする集団に別れて勢力争いを繰り返している。その主要な都市国家の中には強大な戦力を持つ傭兵隊長を婿として迎え入れ、やがてその家の主とする国も存在した。つまり、吸血鬼の傭兵隊長は君主となり公爵を名乗った事もありえたわけだ。


「吸血鬼……を利用するつもりが利用される存在になったということでしょうか」

「流石に、教皇や皇帝にはならないけれど、公爵くらいの爵位を得て国の要人として振舞えることもあったね。金も力もあるわけで、なんなら魅力的な美女を従えているのは、傭兵隊長においても、吸血鬼においてもよくある事だから」


 男を従わせる一つの手段に、金と暴力の他に『色』仕掛けというのも存在する。彼女も吸血鬼となる事で、若さと美しさを手に入れられると考え仲間や家族を売り渡した従属種を何匹か捕らえていたはずだ。要は、そういう搦手も吸血鬼は用いる。


「流石に、高位貴族で自ら吸血鬼の従者になるものはいないが、利用しようとする者はそれなりにいる。政敵の暗殺、反抗的な領民の指導者層の粛清、有利な取引条件を引き出すための手段として吸血鬼と手を結ぶことはあるからね」


 今回の仕掛け、商人同盟ギルドの内部に潜む者の使嗾でもあるとヴィーは考えている。


『そういや、聖都で見かけた帝国騎士の従属種の野郎は、ギルドハウスに

いたな。あからさまか』


 恐らくは、学院で捉えている村娘風の隷属種の主人であろう帝国騎士風の従属種の男。その姿は聖都のギルドハウスの二階で見られたと記憶している。


「……知ってる奴かもね。ちょっと色黒の彫りの深い顔立ちの野郎でしょう」

「はい。……心当たりが」

「さっきの男とは別口だけれどね。私の知っている奴は神国出身の騎士だ。多分、植民地経営に関わっている男で、神国兵とネデル領に討伐に参加しに来ていたはずだ」


 商人同盟ギルドは帝国内に数多くの加盟する都市を持つ組織であり、ランドルや連合王国、ネデルの商人と近年対立が深まっていた。今回の王国の東側への干渉は、そこに王国を介入させないための工作ではないかというのがヴィーの見立てであった。


「商人同盟ギルドは強い結びつきがある集権的組織ではないから、確固とした意思で行われているというよりは、誰かが主導して勝手に一部が動いたのでしょうけどね」


 ヴィーは彼女の知りえる範囲で、商人同盟ギルドについて話をする。このミアンも同様だが、都市の防衛には市民が武装し抵抗するからは防衛戦にはそれなりに活動できるが、常備の軍を持たない帝国都市は傭兵を雇い戦争を行う事になる。


 その中には吸血鬼も傭兵指揮官も存在し、それは強くまたスポンサーを常に探している。また、戦争に伴う余禄を求めている為(主に人の血液)相対的に割安に雇用できる。


 また、戦争に金がかかる事を考えると、工作活動も積極的に行うのが商人同盟ギルドに加盟する帝国都市である。


「つまり、吸血鬼にとっては戦争という狩場を提供し、また己の力を誇示することが出来る破壊工作や占領・洗脳工作を行う依頼を与えてくれる存在が特権を有する帝国都市、その多くが加盟する商人同盟ギルドというわけ」

「ギルドではなく、その中のどこかの都市の指導者……がスポンサーとなっていると考えればよいのでしょうか」

「うん、そうだね。でも、一人ではないし動機も複数あるから、単純には処理できない。実働部隊を消していくしか今のところ良い案はないんだけどね」


 ヴィーは吸血鬼が巻き起こす事件の処理を専門に受ける冒険者として活動しているのだというが、吸血鬼の支配種や高位の従属種の討伐に至るのは中々に難しいのだという。


「私とビルだけだと、正直さっきみたいな現れ方されると、先ず対応できない。だから、変化する能力の低いものは討伐できるし追い詰めることも出来るけれど、上位種は逃げられてしまう」


 魔装糸の網があったから相当数の魔力の化体を討伐できたが、本来であれば、ヴィーの振るう二本の剣ではそれほど多くの化体は消滅させる事は出来なかったのだろう。言い換えれば、ウォーレンは彼女の攻撃に意表を突かれ、情けない姿になったというわけだ。


「ですが、貴方の吸血鬼を討伐するという依頼は……」

「自分自身へ出したもの。つまり、私がギルドに依頼を出し、私が受けているとでも言えば良いのかしら」


 自分が依頼し、自分が受ける依頼というのは一体どのようなものなのか彼女には一瞬理解が出来なかった。


「吸血鬼の被害を『公』にしたいのよ。王国なら王国内の問題は主に王都で国王が中心になって問題に取り組むわね。そうでしょ?」


 彼女は頷く。だが、帝国はそうではないという。対外的な戦争のような問題は帝国議会という場で話し合いがなされるがそれは主に税金の負担の問題を話し合う場であって、統治に関しては個々の領主が独自に判断している。


「だから、どこかの村が吸血鬼に滅ぼされたとしても、大した問題ではないのよ。横のつながりが希薄だし、そもそもそれ以上に枯黒病やサラセンとの戦争で村は滅んでいるからね。でも、そういう問題ではないでしょう」


 彼女はその昔、駆け出しの冒険者であったころ、冒険商人として村を周り行商をしていたのだという。主に扱うものは村では手に入りにくい、塩や職人の作った装飾品や布地、そして良質の武器であったという。


「ちょっとした剣や槍の穂先だって、村の鍛冶屋じゃ鉄が作れないから良いものは出来ないからね」

「それはそうですね。リリアルも水車を用いた鞴を用意しましたし、素材も集めるのに苦労しているようです」

「そう。それで、小さい額でも交流があって、年に一二度訪れて、商売をしていたわけなんだけれど……」


 ヴィーは過去を思い出したかのように、苦い顔となる。


「久しぶりに顔を思い浮かべながら訪ねた村が吸血鬼に滅ぼされて、

友人知人がグールになって襲いかかってこられたら……」


 そう告げると最後に『吸血鬼は皆殺しだ! って思うよね』と凍るような冷たい瞳で独り言のように呟くのであった。



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