第276話-2 彼女は姉の行動にイラつく

 この防衛戦で彼女が気になっているのは、この場所に戦力を集中させた結果、帝国が何らかの侵略を別の場所で行うのではないかという危惧であった。


 仮に、リリアルが到着していなかった場合、一万を超えるスケルトンと千を超えるワイト擬きに囲まれ孤立したミアンは攻撃に耐えられたかどうか分からないのだ。


 特に、アンデッドの接近を知らずに城門を解放し、尚且つ、市民兵の動員も間に合っていなければ、今頃ミアンはアンデッドの支配する街となっていたかもしれない。


「もしかすると、あの船で接近してきたグールって」

『ミアンを支配する為の先遣隊かもしれないな。ワイトやスケルトンじゃ、人の住む街を制圧するのは難しいからな』


 攻撃は死霊術師、支配は吸血鬼が行った可能性があるのだろうか。吸血鬼の魅了や、管理されたグールの暴力を用いれば従順な市民として支配する事も可能であったかもしれない。


 家族を人質のようにされ、ミアンの商人たちも吸血鬼とその背後にいる帝国の支配を受け入れざるを得なかっただろう。


「考えると、効率の良い占領・支配の手順だったのかもしれないわね」

『奇襲でスケルトン・ワイト擬き相手に戦闘、その隙にグールを街に突入させて自己増殖させたのち吸血鬼が街を支配下に置き停戦か。悪くねぇな』


 自分たちの能力に十全の自信を持っていた吸血鬼とその協力者『らしい』策であったと彼女は思った。自己評価が高すぎる故にか。


「油断はできないでしょうけれど、二の矢はないと考えて良さそうね」


 そう彼女が独り言をつぶやくと、背後でヴィーがその言葉を否定する。


「いいえ、あなたの顔を見に来るわよ多分……それに、私もいるからね」

「……え……」


 ヴィーは「彼奴らは自意識過剰の痛い奴だから、あなたの顔を見て、私にも存在をアピールしに来るわよ」と話を続ける。


「つまり、示威行動というわけですか?」

「いいえ。例えば、自分に力があり、無敵だと思える不死者になったなら、自分に逆らう人間を容赦できると思う?」


 想像もできない。だが、王の中の王と称された古代東方の王が数万の軍勢を率いてはるばる辺境の王国を攻め立てた事もあった。確か、不死の軍団を名乗る親衛隊を率いていた、自らを神と名乗る男であったと記憶している。


「捻り潰してやる……くらいの気持ちでしょうか」

「それはいつでもできる。相手は永遠の命、こちらは限りある命。とはいえ、あいつら定期的に長期休暇で百年位寝てもおかしくないから、細かく

仕返しに来るのよ」

「忍び込んで、顔を見せて『いつでも殺せるぞ』とアピールするくらいでしょうか」

「正解ね。時間を掛ければ自分たちが必ず勝つと思っているから、しつこく関わってくるわよ。だから……巣ごと殲滅しないと涌いてくるのよ」


 なるほどと彼女は理解した。つまり、人の形をした無駄にプライドの高い蛭かダニ、蚊のような存在だ。逞しい生命力……蛭は逞しいといえば逞しい。とても醜い生物だとは思うが、単純な生き物だ。


「その例え、良いわね。気に入ったわhirudoね」

「無理に引き剥がそうとすると皮膚が剥がれるほど強力に噛みつきますから、塩水かアルコールを掛けると剥がれます。それに、いてもいなくてもいい存在のくせに、人間に偉そうなところも気に入りません」


 吸血鬼の存在は人にとって何の価値もないが、吸血鬼は人から生まれ、人の血を吸わねばならない宿命を持っている。つまり、『主』は人であり、『従』が吸血鬼なのだ。


「力が強いのが自慢ならオーガやオークと変わらないではないでしょうか」

「まあ、魔術や『魅了』も使えるわ。それに、長生きしている分知識の蓄積や富を増やすのも得意ね。あと、不死だし」

「人間は子供を産み育てる事で命を繋いでいくわけですから、自分の死が全ての終わりというわけでもありません。世の中の変化と人の生涯は一致しているわけで、長く生きれば時代の変化と自分の中の価値観を擦り合わせるのが難しいと思います」


 騎士が戦の中心だった時代、王がお飾りであった時代、聖王国に至れば貧乏貴族も王になれる時代があったわけだが、今はそうではない。


『俺みたいに魔術の事だけ考えてきた奴はそうでもねぇけど、普通に生活していたら五百年の変化は結構きついだろうな』


『魔剣』は人の姿を失って五百年は経っている。魔術の事に関しては、継続出来ているが人の姿であれば難しかったかもしれない。それは、リッチとなった『伯爵』の侍女たちが自らの第二の人生を区切りを設けて終わらせることが示しているかもしれない。


「人は時代の子とも言うからね。新しい酒は新しい革袋に盛れっていうか……人は限りある生を慈しんで生きるべきなんだろうね。その輪から外れる吸血鬼は、やっぱり歪な存在だろうし、考え方も歪になる」

「そう思います。だから……」


 二人は声を揃え「「後腐れの無いように殺してやるのが優しさ」」と答えた。


『いや、優しくないだろ』


 人の形をした人の心を失った存在は、滅すべきという点に関しては『魔剣』も同意するのである。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 夜番を担う彼女たち、ヴィーも付き合っている。ビルは……


「邪魔だから置いてきた。たまに人の形を解除してやることも必要だから」


 とのことで、ヴィーの部屋で魔剣の形になって就寝中なのだという。


「ねえ、その『魔剣』は人化しないの?」

「形を私の持っている武具に変える事は出来るのですが、人化は無理です」

『出来るのもなら、この御転婆娘を護るために人化してるぞ』


『魔剣』は人化したいという気持ちはあるようだ。ヴィーは「ビルは元々が炎の魔神である精霊だから参考にならないかもしれないが……と断りながらも「この討伐が一段落して王都に向かうなら、そこで人化について詳しく聞いてみると良いよ」と『魔剣』と彼女に伝えた。


「……おじさんが学院に増えるのはどうかと思うのだけれど」

「いや、現身になれるのであれば、お前の先祖の初代男爵とかなれると思うぞ」

「……」


 彼女は別にファザコンでもブラコンでもないので、おじさんに興味はない。ついでに言えば、少年にも興味はない。リリアルに掃いて捨てるほどいる。


「護衛にはいてもいいわよね」

『まあ、万が一の時に盾代わりにされるのは悪くねぇな』


 と、そんな話を川を下に見る城壁の上でしていると、何やら雲一つないはずの夜空に影のようなものが覆っている一角に気が付く。


「来たわね」

「霞か雲か……」

「ふふ、違うわ。高位の吸血鬼は変化を使うのよ。狼・鼠・虫……そして、飛んでいるのは蝙蝠pteropusの姿に化けているわね」


 無数の蝙蝠に姿を変えた吸血鬼の飛来。ヴィーの思惑通り、彼女たちの目の前に、高位の吸血鬼が登場するのかもしれない。空を飛ぶ存在にどう対峙するのか、自らは勿論、帝国の魔術師の対応に興味は尽きないのであった。


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