第266話-2 彼女はリリアル生と西門の魔物を殲滅する
メンバーはスケルトンの集団から離脱すると、一気に修道院まで走り出す。距離を開けてしまうと、スケルトンは彼女たちを見失ったようで、再び西門に向かい歩き始めていた。その先には、ドスドスと踏み歩き、スケルトンを蹂躙する『魔猪』がいるだけなのだが。
「あー あいつに討伐させられないのかね」
「馬鹿ね、反対側の門にはワイト擬きが千近くいるの。それを倒す練習の為にわざわざ面倒なことしてるんじゃない!」
「「「ワイトが千!!!」」」
いや、驚くよね。だからピンチなんだってば。
彼女は冷静に言葉を繰り出す。
「グールより遅いし、何より噛みつく事も無いわ。魔装鎧なら体力・魔力の吸収による弱体化や呪いの効果も発生しないし。だから、問題ないわ」
言い換えれば、魔力の無い装備の整っていない兵士にとってはどうにもならない相手であるという事である。
「スケルトンなら楽勝なんだけど……おかしいと思ったわ」
「でも、あたしたちの見せ場ジャン。折角騎士に叙任? してもらったんだから、この機会に名前を売らないとね!!」
黒目黒髪のボヤキに、赤毛娘のポジティブな返し。そして、名前を売るという発想はとても大事だ。
「帝国にしろ、連合王国にしろ、王国御しやすしと思っているからこんなことが繰り返されるのよ。リリアルある限り、あなたたちの工作は無駄だと知らしめてやりましょう」
「「「おー!!」」」
赤毛娘と水毛娘が鏡合わせのように腕を突き上げる。突き上げてもまだ小さい子たちなのだが。
修道院の入口には、数体のアンデッド・ポーン。彼女は茶目栗毛に目で合図を送り、一足先に二人が踏み込むことを示唆する。
「見ていなさい!!」
加速する茶目栗毛がポーンをナイトシールドでその剣を抑え込む。その隙に、その頭蓋骨に聖なる魔力を込められ薄青く光るバルディッシュが叩き込まれる。
「抑えて!!」
「ドン!!」
伯姪が抑え赤毛娘が決め、歩人が抑え藍目水髪がアンデッド・ポーンを叩き潰す。
「やるじゃない、二人とも!!」
「私も負けていられない」
続いて、敷地内に飛び込む赤目蒼髪と藍目蒼髪、そして黒目黒髪と赤目銀髪。前者は交互に次々と、後者ペアは、赤目銀髪が抑え、黒目黒髪が聖魔装のメイスで思い切り叩き潰す。動けないように魔力壁で閉じ込めた状態で……
「それなら、私のフォローは無用」
「え、え、そんなことないよ。保険だよ保険」
黒目黒髪の有り余る魔力は、もっと有効に使うべきだと思う。藍目水髪はハッチャケたというか一皮むけたが、黒目黒髪は相変わらずの慎重派である。
「次は……私の鏃を試す時」
盾を腰のホルダーに収め、赤目銀髪が聖魔銀の鏃を用いた弓の攻撃をアンデッド・ポーンに行う。その距離は矢の距離ではなく、ショートスピアの間合いだ。
目の前のポーンが剣を振り下ろす僅か数瞬前に、額に魔銀の鎧通しの矢が次々と突き刺さっていく。その瞬間、青白い光が発し、頭からポーンが消えていく。
「メイスより安全」
「いや、どう考えても危険だろ」
修道院の敷地内部にいるアンデッド・ポーンをほぼ掃討したのち、メンバーは修道院の礼拝堂に潜むアンデッド・ナイトたちと対峙する事になる。
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「何とかなりそうじゃない?」
「数が少なく、各個撃破できればね」
伯姪の展望は間違えではないが、正確ではない。分断し一体ずつ倒す事が可能であれば、時間をかけてこのメンバーで討伐する事は可能だろう。しかし、千の集団に十人足らずのリリアルメンバーで立ち向かうのは無謀というものだ。
「川のお陰で、東門からワイト擬きが移動できないから助かっているのよね」
「材料をコルトあたりで集めているから、川を越せないのは仕方ないかもね」
ミアンを流れる川は、この地域で水運の要になる比較的大きな川であり、その渡し場に発展した街が「ミアン」なのだから当然だろう。
結論から言うと、修道院内に潜むアンデッド・ナイトはかなり強力な騎士の能力を持っていた。一対一ではリリアル生も恐らくは叶わなかっただろう。
がしかし。
「はい! 抑えた!!」
「うぉりゃあぁぁぁ!!!」
一人が盾、一人が剣となって(実際はメイスでだが)二人一組での戦闘は、個人での武名を競う時代の騎士の悪霊からすれば、全く想定できない事であったのだろう、次々に撃破され浄化されていった。
「悪霊になっても進歩が無いわね」
伯姪の辛辣な言葉に同意するつもりはないが、彼女は「進歩する気がないから悪霊になってこの世にとどまっている」と解釈していた。
「百年戦争の時代においてすら、騎士の振舞いなどというのは絵空事だったのに、何一つ学んでないのね」
王国が連合王国に大敗した幾つかの戦いにおいて、連合王国の騎士達は重装歩兵のように陣立てをし、柵を築き騎兵の突進を封じ込めた。突撃力を失った騎士は容易に弓で狙われ、長柄で馬上から叩き落とされ、その鎧の重さゆえ身動きが取れなくなり、殴殺されるのである。
「今の時代、密集した騎士の集団は大砲のいい的よね」
「そうだね。古代の戦闘のように戦列の左右に配置して大砲の射撃の的にならないようにするのが今時だもの。実際、鎧を胸鎧だけにしたレイターってのが帝国では主流になってきているし、装備は槍と銃よ」
剣はあくまで護身用であり、銃で槍衾の外から攻撃を加え、反撃を受ける前に騎馬で後退する事を繰り返す戦術も普及している。
「槍兵と銃兵の組合せも増えているしね」
大砲の普及、騎士の地位の低下、そして銃兵の配置が加わり、騎士中心の戦争の時代は終わりを告げている。
「二度と騎士としてこの世に留まらないように、確実に浄化してあげるってのが、人の情けというものだと思うわ」
「……不本意でしょうけれど、時代を間違えているという点に関しては同意ね」
仮面の騎士ロランを見たときに感じた事でもあるが、騎士が訪れることで士気が上がるよりがっかりする気持ちが強くなっているのが今の『市民』の感情なのだ。農村ならともかく、自ら武装し、街を護る市民にとって騎士は時代錯誤の存在でしかないと思われる。
「そろそろおしまいかしら」
「そうね。みんな十分に対応できているから、後はあの数をどう調整して各個撃破するかだね」
聖魔銀の鏃を回収したり、アンデッドたちの浄化されずに残った武具などを何時もの通り回収しているリリアル生たちを見ながら、騎士学校では感じる事の出来なかった安心感を感じている二人であった。
スケルトンの残党狩りを修道院から西門に向かう途中で繰り返し、遠くでは小山のような『魔猪』が逃げまどうスケルトンを追いかけ踏みつぶす姿が西日にあたって輝いていた。
「あいつ、あの時生かしておいてよかったわよね」
「ええ、『情けは人の為ならず』とはまさにこの事ね」
「人ではなく猪だけどね」
巡り廻って、あの魔猪の存在が王都の南側の安全を守る一助となっていることが分かり、彼女は少々嬉しくなった。その成長は、主である癖毛の成長の証でもあるからだ。
「ほーんと、あいつの事は心配だったけど」
「鍛冶師になって、人と接する事も増えて……成長したわ」
「最初はどうなるかと思っていたけどね」
あの魔力とそれを制御できない性格は、彼女自身最悪の事も覚悟しなければならないと考えていた。カトリナの討伐したオーガのように、膨大な魔力を有する魔術師が成長し損ねれば、容易にオーガのような魔物・魔人に変化することになるからだ。
彼女はそうなった場合、彼女自身の手で癖毛を殺す覚悟であった。そうならずに済み、今ではすっかり学院にとって必要不可欠な魔導鍛冶師となっていることが嬉しくもあり、誇らしくもあった。
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