第262話-2 彼女はスケルトンの軍勢と対決する
北門、西門と状況を確認し、それぞれカトリナには『石壁』を築く位置を確認した。昨日よりは少ない魔力で作成できるだろうと彼女は自信のほどを見せていた。
『魔力の大盤振る舞いってのも善し悪しだからな』
転換効率が悪いのは、魔力錬成の練度が低いからだと『魔剣』は呟く。魔力がある事を知ってから、彼女はほぼ二十四時間魔力の練成に費やした期間が二年ほどある。元々多い魔力を余すことなく、無駄の無いようにコントロール
するための期間がそれほど必要であった。
元々、薬師として勉強してきた過程から、その操作の多くはポーションの作成という形で結実するのだが、そのノウハウはリリアルの魔術師の基礎がポーションの錬成にあることからも見て取れるだろう。
「公爵令嬢がポーション錬成は行わないもの。王族・高位貴族の令嬢には習うべき社交や政治的な知識、外国の言語文化など多数あるのだから」
『お前だって、古代語・帝国語・連合王国語・法国語・サラセン語だって読み書き会話までできるじゃねぇか』
てへぺろ、ペンタリンガルな彼女である。コミュニケーションは苦手だが、ツールは豊富なのだ。
「まあ、見ておけ」
最後の西門、カトリナは前日よりも簡単に『石壁』を作成し、魔力切れによる失神もせずに済んだ。昨日同様、見事な仕上がりだ。
周囲からは『流石聖女様』等と声が上がっている。聖女じゃないけどな。
満足げなカトリナは振り返ると、彼女に言い放つ。
「休憩を入れれば、夕方同じようにすることは容易かろう。ほれ、アリー次はお前の番だぞ」
「そんな順番無いわよ。それでも、日没前に終わらせたいから、九時課の鐘で始めるわ」
『九時課』とは、午後三時に相当する。教会の鐘の鳴る時刻だ。一体何をするつもりだという質問には答えず、彼女は準備があると一旦城壁を後にする。必要なものがあるからだ。
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この街の内郭を囲む城壁の外側には濠がめぐらされており、街の中央を流れる川から水を引き込んでいる。この濠は川舟で渡る事が当然できる。彼女は川舟の手配と、賢く大人しい馬を一頭教会に依頼して用意させていた。
『これで大丈夫なのかよ』
「馬は臆病な生き物だから、魔装布で目隠ししても問題ないわよ」
川面を見て怯えないように、彼女の魔力を纏った魔装布を顔から首にかけて巻いていく。教会で飼われている馬だけあり、聖女の魔力を心地よく感じるのか、とてもリラックスしているようである。
とは言え、騎士を載せて走り回る事を前提としている軍馬であるこの馬は、賢く勇気のある馬だと言える。
「では参りましょう」
ミアンの街中から船に乗り、彼女と馬、そして船頭が進んで行く。やがて濠に入り、その後、西門の外郭の内側、こっそりとその対岸に上陸する。僅か一騎でである。
「だ、男爵様、ご武運を」
「あなたも、気を付けてお帰り下さい」
船頭に別れを告げ、彼女は『隠蔽』を用いながらゆっくりと移動開始する。
『どうするんだお前』
「明後日にはリリアルの子達が来るから、実質、明日一日士気が持てば何とかなるわ」
『けどよ。東門はヤバいだろ』
スケルトン三千、アンデッド・ナイト&ポーンで約千である。今日の所は積極的ではなかったが、明日にはここを中心に攻撃を開始すると彼女は予想していた。
『今からどうするんだよ。一人っきりでよ』
「士気を上げる演出をするのよ」
リリアル生の前ではよく声を掛けることはあるが、不特定多数の見知らぬ人間に対しては初めての試みだ。だから、自分のイメージを最大限利用し、派手に演出してやろうと考えているのだ。
『お前って、自分が望んでない方向にドンドン向かっているよな……』
『魔剣』のツッコミは尤もなのだが、皆を生かしてやりたいのだから仕方がない。
九時課の鐘が鳴り響くなか、彼女は騎乗し、ゆっくりと移動し始める。そして……竪琴を取り出し奏でだす。あのタラスクス討伐の時と同じように、魔力を込めた旋律を戦場に奏でるのだ。
魔力の乗った歌声は、ミアンの城壁に、街並みに、尖塔に鳴り響く。その声を聴いた兵士の士気が回復する、疲労が減退する。市民の不安が薄れ、恐怖が引いて行く。
「そろそろ、人の話を聞けるようになったかしらね」
『若しくは、気持ちよく寝ちまってるかだな』
『魔剣』が混ぜっ返すなか、彼女は魔力を乗せ拡張された音声で、城壁に向かい語り始める。
――― 勇敢なるミアンの市民、並びに王国の騎士達よ。王国副元帥、リリアル男爵がここに命じます。
彼女は一呼吸の間を置き、こう続けた。
「私を信じろとは言いません。王国を信じろとも言いません。ですが、あなた自身を信じなさい! 貴方の隣人を信じなさい! あなた方はミアンの『市民』です。王の庇護を受けることなく、自らの手で自らの街を護る誇り高き市民であるはずです。 あなた方の街を護りなさい、あなた方の大切な家族を護りなさい。そして、生きて子や孫に今日の己を誇りなさい!!」
しばらくの沈黙……そして、爆発するような歓声が場内から湧き上がる。疲れ果てた市民兵が武器を片手に突き上げる。やがて、教会は鐘を鳴らし始める。何かが彼女の周りに高まり始める。それは……彼女の言葉を信じる力。
『なんか、力が集まってきてるぞ』
「ええ、私自身の魔力だけだとちょっと不安だったから。皆さんの力をお借りする事にしたのよ」
『……お前も成長したんだな』
『魔剣』は心の中で「胸以外な」と唱える。
外郭の外周に沿って東門の正面に向かい移動する。敵はこちらに関心を向けるものもいるが、東門を半包囲するように蝟集してガチャガチャと蠢いている。その先頭には、アンデッド・ポーンが集まり、城門を突き崩すかのように動き始めたようだ。
「あれをこちらに向けないと無理よね」
彼女は何をするのか『魔剣』には想像できるが、確信は持てなかった。
『お前……何考えてんだ』
『魔剣』が疑問を呈する。彼女は自信ありげに微笑む。
「何をって……簡単なことよ、あの邪魔なアンデッドを排除しようと思って」
『いや、何言ってんだよ。数千のアンデッド、大半はスケルトンだとしても、この数でどうとなるもんじゃねぇだろ』
戦と言うのは、面での押し合いとその面をいかに崩すかという戦いだ。戦列が崩れれば側面から攻撃される。正面を向いている者は容易に防ぐ事ができない。
騎馬の突撃で戦列を突き崩す、大砲やマスケットでダメージを与え乱し、そこを突き崩すなどだ。
アンデッドの歩兵戦列は容易に崩す事は出来ないだろう。恐怖も痛みもない戦列なのだ。崩れれば後ろから新たな死なない兵士が穴を埋める。
死者と生者の間には、越えようのない壁がある。疲れを知らず、死を恐れず、そして手足を斬られても血も流れず怯みもしない……そんな兵士を相手に、数の劣る守備隊がどう立ち向かうというのか。城壁に頼るにも限界がある。いつしか門は破られるだろう。
「打って出るわ」
『主……そのお心は如何に』
『猫』の質問、彼女は簡単に答える。
「騎馬で出るのよ。騎士ですもの。そして、魔力の壁を形成するの二枚ね」
『二枚って、それでどうするんだよ』
「それは見てのお楽しみ」
彼女と『魔剣』と『猫』はスケルトンの戦列に向かい静かに突撃を始めるタイミングを計っていた。
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