第261話-2 彼女は眼下にスケルトンの軍勢を見る

 先の希望は断たれていないが、街に接近するスケルトンの軍勢の話題で、市街は喧騒に包まれていた。パニックにならずに済んでいる最大の要因は、『護国の聖女』『王国副元帥』『竜殺し』の『妖精騎士』リリアル男爵が幸いこの地に駆け付けてくれ、騎士学校の騎士達と共に防衛戦に参加することが伝わっているからである。


「さっきから、私への視線が集まっている気がするのだが」

「多分、アリーと思われているんじゃない?」

「なっ、私はギュイエ公爵令嬢カトリナだぞ。リリアル男爵ではない!」


 派手な鎧を身に着けたカトリナは女性らしい体形、高身長と相まって『女騎士』として目立っている。更に、髪は兜に隠れてよく分からないので、黒目黒髪という彼女の特徴も遠目には分からない。


「私の身代わりがもう一人いると思えば、士気を上げる事も容易だわ」

「いや、カトリナの活躍が伝わらないではないか!!」

「個人の武名はこの際横に置いておきなさい。そういう意味では、私も御同輩よ」


 伯姪は彼女と同行し、様々な冒険を行う機会を得ているが、彼女を知るほとんどの人は伯姪の存在を知らない。物語にも描かれていないことが多い。本人は気にしていないのだが、彼女は割と気にしており、匿名で戯作者にクレームを出したりしている。意外と自分を題材としているお芝居を見ているのかもしれない。


『まあ、伝説の類ってのはそう言うもんだな』


『魔剣』の言うように、元ネタである冒険譚が同時代のもしくはその世界における有名な冒険譚の主人公に集約される事は少なくない。円卓の騎士伝説などはその典型だろう。もし事実なら、今頃連合王国は大陸を席巻している。





 南門は東を除く三方の門同様、濠の外に三角形の堡塁を巡らせ橋で繋いだ防御施設を有している。この堡塁を守り切る必要があるのだが、堡塁の上から、スケルトンを効率よく倒す事は難しい。恐らく、あれらは土塁をよじ登ることは難しいだろうから。


「では、門の手前……この辺りに魔力壁を形成するつもりで先ずは魔力を練り込んでもらえるかしら」


 土塁に刻まれた門の正面に、木の棒で線を引き、カトリナが展開すべき魔力壁の大きさを指定する。


「ふっ、問題ない」

「いいえ、土を盛り上げるのは今の何倍も魔力を消費するわよ。魔石に手を触れて魔力を注ぎ込みながら、魔力壁の形に土が盛り上がり、石となるまで魔力を注ぎ続けるの。カミラ、カトリナを支えられるようにお願いするわ」


 侍女に主が倒れるかもしれないことを告げると、無言でうなずく。


「ははっ、アリーは心配……ぬぬっ、こ、これは!!!」


 魔石がぐんぐんとカトリナの魔力を吸い込んでいく。必死に耐えるカトリナだが、あっという間に自力で立ち続ける事も困難になり、カミラが支える。


「ふっ、はっ、こ、これで!!!」


 顔面蒼白となりながらも、必要な『石壁』を成形し終えたカトリナは、その場にしゃがみこんでしまう。


「大変でしょう?」

「……あ、ああ。精も根も尽き果てるとは……このような状態だろう……ですわ……」


 途中で忘れていたキャラを思い出したようで、語尾が「ですわ調」に変化する。


「リリアル男爵はなさらないので?」


 守備隊長は問うが「これから何日もまともに眠らない状態で、今日二度目の壁作りはオーバーワークだ」と答え黙らせる。


 壁と城門の隙間は全て木材と補修用の石材で埋めることにする。


「ちょっとした馬出みたいね」


 馬出とは、城の出入り口を構築物を加えて直線的に移動しにくくし、敵の侵入の際に攻撃しやすく侵入されにくくするための構造を意味する。


「この規模では心許ないのだけれど、明日は、ここでスケルトンと対峙してもらう事になるわね」


 守備隊長とここに配置する市民兵の戦わせ方について確認を行う。スケルトンとの戦い方を実地で覚えさせることが目的だ。


「石壁から少し離れ、掴まれないようにしてもらいます」

「では、ハルバードで頭を叩き割るようにしましょう」

「前のめりに倒れ込んでくるスケルトンもいるでしょうから、その者を優先に討伐。それと、それぞれの指揮官はハイになって暴走する兵士を抑え込むようにお願いします」


 初めての戦闘で興奮し、疲れや痛みを感じなくなる瞬間がある。それは、あくまで生存本能が暴走しているだけなので、連日それが継続できるわけではない。


「疲労は回復しません。ポーションにも限りがあります。休息も取れないと想定すると、暴走は死を意味します。市民を無駄死にさせないように、指揮する市民には隊長から厳重に申し渡してください」

「しょ、承知いたしました!!」


 自分の娘ほどの少女に戦の心得を説かれるとは思いもしなかった守備隊長は、改めて彼女の経験値の多さと、一週間闘い続ける覚悟を確認した。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 夕刻、俄かに周辺が騒ぎ始める。どうやら、スケルトンの軍勢がミアンから見える位置まで前進してきたようだ。


「このまま夜の戦闘は勘弁してもらいたいわね」


 視認性の関係ないアンデッドと、夜目の利かない人間、特に専業兵士でない市民兵では圧倒的にこちらが不利だ。


 少し離れた位置にある修道院は既にスケルトンの軍勢に飲み込まれているが、修道士たちは城内に収容しているので問題は無い。大勢の足音が鳴り響いている。だが、喊声の類は一切なく、呼吸する気配もないのは、アンデッドなので当然なのだが。




 城内では篝火がたかれ、足元に近づくスケルトンの影が遠くから続いている姿が城壁の上から見てれるのだろう。武装した市民以外にも、多くの人間が壁の上から外を眺めている。


 幸い今日はほぼ満月で空には雲もほとんどない。白くチラチラと骨の集団が四方の城壁の周辺に蠢くのが見える。


「城壁に辿り着いたようです」

「門は内側から塗りこみましたか?」


 土塁の門は開閉可能だが、城内の門は内側から半分は人の背ほどの高さまで煉瓦を積みあげ塞いでいる。通用口は開閉可能で、橋も半ばで落す仕掛けは確認している。


 一週間生き残るための仕掛けはかなり進んでいる。


「濠があればかなり安全なはずです。今日はここまででしょう」


 不死者は水の流れを越える事は出来ないとされている。船に乗る以外、水の中に入ることが出来ない。故に、濠を埋め立てられでもしない限り、スケルトンが濠を越える事は出来ないと、聖騎士に一人が説明し、周囲の市民兵がホッとした顔となる。


 この街の住民と僅かな従騎士達の食料は一月分以上は確保されている。野菜や果物は街の中では僅かしか栽培されていないが、穀物と肉類はそれなりに備蓄があるので問題は無い。


「今夜は眠れそうにありませんね」


 守備隊の指揮官の一人が彼女に声を掛ける。「問題ありません」と彼女は応えた。どの道、明日の夕方には疲労と不安でこれ以上ないほど疲れているはずだ。そこから、交代制でニ十四時間監視体制に入る。


 新兵は半数は最初の戦場で死ぬと言われている。周りと異なる行動をして失敗したり、一人タイミングがずれたりで戦死することが多いのだという。戦場の空気に慣れ親しんだ専門の戦士はこの街にはほとんどいない。無理に休ませるよりは、今夜は気分に任せるのも一つの考えだと彼女は

考えていた。


『あの煩い公爵令嬢も、前倒しで大人しくなったしな。こいつらも、明日の夕方には死人みたいな顔になってるだろうぜ』


 死人ではなく『ような』で済めば儲けものである。




 閉ざされた鉄の柵の向こうには、びっしりとスケルトンが見て取れる。その戦列は、濠に沿ってぐるりと街の周囲を取り囲んでいる。戦列を整えておらず、後方に陣幕も展開されていないあたりが如何にもアンデッドの集団だと思える。


 堡塁の上、足元に気配を感じながら彼女は魔力走査を行う。距離は遠いが、半円状に見当をつけた方向に線を伸ばすと……


『いたか』

「ええ。あのあたりに配置されているわね」


 城外の修道院、その敷地の中に恐らく数十体の『アンデッド・ナイト』とそれと同程度の『アンデッド・ポーン』が存在する。これらは、武具を備えたワイトと同様の能力を持つアンデッドである。


『東には数が多そうだな』

「でしょうね。コルトで保存された騎士の遺体を用いて作成されたのでしょう?」

『まあな。あの時は酷かったからな。連合王国の時は騎士もそこそこ死んでいるが、皆殺しってわけじゃねぇ。コルトはほぼ皆殺し、市民兵相手にな。名誉も何もあったもんじゃねぇ。アンデッドにするなら、そっちだろうな』


 深い恨み憎しみを残している方が、魂はこの世に残りやすい。無念を残して死んだだろう騎士の多かった戦い。そして、その遺骸が敵地に放置された事を考えると、王国内での戦死であった場合より遺骸を利用されやすいだろう。


『何か考えはあるのか』

「そうね、明日の夕方にでも一当たりしてみようかと思うの」

『ん? 朝ではなく夕方か……』


『魔剣』はなんでだよと思いつつも、彼女がやる気になっているのを感じ、深く聞かないようにする。朝から戦い、疲れ切り士気の下がるタイミングで何かをするつもりなのだろうとは思われる。


「明日は忙しくなるわ。今日くらいゆっくり寝ましょう」


 カトリナに倣い、彼女も用意された宿舎に引き上げ、ゆっくりと眠る事にしたのである。


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