第257話-2 彼女は『アンゲラ城』に到着する

 二人はフルールのメンバーの下に戻ると、今起こっている状況を知り得る限り伝える事にした。ロマンデでは直接大きな脅威と対峙しなかったその他のメンバーに激しい動揺が広がる。


「……という状況よ」

「マジで」

「ええ、大マジよ。明日警邏に行くメンバーは気を付けて。どうせ、現場の騎士達は状況が良く理解できていないから、、命令無視してでも逃走して構わないわよ」

「そりゃ不味かろう」


 従騎士が騎士の命令を無視して勝手に逃亡するのは不味い。故に……


「まさか、従騎士を前には出さないと思うから、尊い騎士の犠牲が出た時点で、アンゲラに報告に急行すべきでしょうね」

「そもそも、私たちには騎士の命令聞く義務なんてないからね。命令系統が別で、客将扱いだから問題ないし」

「俺たちは問題あるんだよ」


 恐らく、捕まった騎士は生きて帰る事はないので、どうとでもなる。それに……


「このアンデッドの攻勢を凌ぐことが出来れば、どの道、騎士には叙任されるでしょうから大丈夫よ」

「そうそう、死んで騎士になるか生きたまま騎士になるか、選択が重要な場面なんじゃない?」

「そ、それは……」

「そうかもです……」


 生きるが勝ちの状況が想定される明日以降の遠征に関して、各人が自分がベストと思う判断をするべきだという事を伝える。騎士団の従騎士は社会経験もあり年齢的にも中堅どころの世代だ。『騎士』のしがらみを外して最善を尽くす事を考えるべきだろう。


「なんなら、リリアルの門番で採用してあげるから、再就職は心配ないわよ」

「そうね。毎日肉が出る食事で、ちょっと少女ばかりの学院だけれど、良ければ門番で採用させていただくわ」

「「「お、おう!!」」」


 まあ、おっさんと少女の組合せもありと言えばありだ。リリアルの少女、大体魔術師・薬師・騎士だけれど。主夫もありではないかと思わないでもない。


「それで、お前たちはどうするんだ?」

「理由を付けてミアンに移動するわ」

「……何故だ?」

「ここは攻略するのに時間もかかるし、落とす目標としてはインパクトに欠けるでしょう。それに、騎士団が駐屯している城塞と、市民兵を動員する拠点都市のどちらがアンデッドに対応できるか向こうも考えているわ」

「ミアンがアンデッドに陥落させられれば、ルディ地方が一気に帝国側に占領されるって事だな」


 そうなれば、この城塞の意味が半減するだろうし、後方に回り込まれればむしろ意味が無くなりかねない。聖都とミアンを護る拠点としてアンゲラが存在するからだ。


「ここは後回しでも問題ないし、攻めるならアンデッドではないでしょうね」

「大砲が必要だろうからな。そりゃそうだ」


 魔導騎士の戦力もミアンよりは聖都に近いアンゲラ城なら救援可能な範囲だろう。距離は半分程度なのだから。


「わかった。俺たちは出来る限りこの場所の戦力を温存して、アンデッドとその後に現れる可能性のある敵の軍を防ぐために時間稼ぎをするって事で良いな」

「ええ、それで十分よ。あとは、リリアルに任せておきなさい」

「あっちのお姫様もよろしくな」


 『お姫様』と言えばカトリナ嬢の事だろう。他に姫と呼べる存在は心当たりはない。


「こっちはムサイ野郎だけで何とかするか」

「何とかなればいいな」

「じゃ、生きて王都に戻れたら、みんなで思い切り飲もうぜ!!」


 それ、死んじゃう奴だから。結婚するとか、辞めて自分の店を持つとか、故郷に帰るとか絶対ダメ。


「騎士学校もあと二か月で卒業なのだから、生きて全員卒業しましょう」

「ええ、全員死んでも生き返りなさい!!」


 それはレヴナントだからと思わないでもないが、みな生きて騎士に叙任されることを彼女たちは望んでいた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 翌日、アンデッドの情報は騎士団の駐屯地及び、遠征引率の教官にまで伝わっていた。結論としては、アンデッドと対峙したことのあるメンバーで周辺地域の捜索を行う……という結論に至る。即ち……


「妥当なんだろうけど、納得いかないぞ」

「仕方ないだろ? 情報は取れない、騎士や従騎士が無事死亡じゃ、駐屯地の指揮官の進退問題になるからな。それに、アリーとメイが同行するなら、ここにいるより安全かも知れんぞ」


 ロマンデでも同行した二人、ヴァイとジェラルドが当然のように指名される。そして、彼女と伯姪の四人。


「指揮官は男爵にお願いする」

「……承知しました。仮に、アンデッドの軍勢がミアンか聖都に向かっていた場合、伝令は出していただけるのでしょうか?」

「それは……男爵に判断を一任させていただきたい……」


 教官は流石に『王国副元帥』の判断や指示に口を差し挟むのは躊躇するようだ。王太子の配慮が有難いのやら迷惑なのやら……


「では、確認してまいります」

「全員の無事な帰還を祈る!」


 フルール分隊全員に見送られ、四人は馬首をデンヌの森方面に向ける事にした。





 デンヌの森は王国と帝国を分かつ深い森林地帯である。其の連なる丘は標高こそ三百から四百メートルほどであるが、刻み込まれた様々な渓谷が存在し、また川が多数流れている複雑な泥濘を伴う地形でもある。


「つまり、この森の中を移動する場合……」

「その軍団の移動を察する事は、中に入りこまないと把握できないわね」

「そんなの、無理だろ。たった四人で……」


 ジェラルドが指摘するまでもなく、その通りと言いたいのだが、数が数だ。例え人間の兵士ほどではなくとも、森は荒れる。


「通過した痕跡ははっきりわかると思うわ」

「うわー 足跡が骨の形かよ」


 森の縁に沿って北西に進めば、やがてデンヌの森から流れ出る川に行き当たる。恐らくはその河岸をスケルトンたちは移動しているはずだ。


「スケルトンは休みも糧秣も必要ないのだけれど、だからといってでたらめに移動する事はないと思うわ」

「確かに。あれば街道を、無ければ歩きやすい平地を選ぶ」

「川沿いを進んでくるってのは大いにありだ。できれば……遭遇したくねぇ」


 そんなわけはないのだが、言うのは只なので黙って聞いてやる。


 騎馬で移動すること三時間ほど、デンヌの森から西に流れ出る川の流れに至る。そこには、大いに踏み荒らされた川岸が広がっていた。


「ここからミアンまでどのくらいかしら」

「50㎞くらいじゃない?」


 スケルトンの進軍速度は一般の兵士と同程度と考えると、ここから24時間でミアンに到達するだろう。彼女は任されたとされた権限を行使することにした。


「ヴァイ、ジェラルド。二人はここからアンゲラに引き返して。可能であれば、ミアンに増援をお願いしてちょうだい」

「お、おう。お前たちは……」

「ミアンにこのまま向かうわ。上手くすれば、スケルトンの軍勢を追い抜いて、先行して街に入れるかもしれない」


 騎馬であればゆっくり走っても数時間で到着する。スケルトンの軍勢を追い越すか……


「そのまま最後尾に食らいついてやるわ!!」

「おい! 勇ましいにも程があるだろう。命大事にだぞ」

「分かってるわよ。でも、一当たりして様子は確認しないと、判断できないじゃない」


 伯姪もスケルトンの軍勢がどの程度の能力を有しているのか気になるのだろう。例えゴブリン程度だとしても、三千のゴブリンは相手をしたことがない。三百だって同様だ。


「集団じゃなくて、ある程度小さな部隊が複数展開してくれているといいのだけれど」


 彼女の目論見に「外っカワから削ってやればいいじゃない。魔力はそれなりにあるんだから」と混ぜ返す。この二年で伯姪の魔力は増加したが、それでも、垂れ流せる程ではない。


「あなたの魔力、私に貸しなさい!」

「……聖魔装のメイス、あるだけ持っていきなさいよ」


 彼女は自分の魔法袋からあるだけの聖魔装のメイスを伯姪に手渡す。


「良いなそれ」

「生きて戻れたら、騎士団にも支給できるくらい生産するから、卒業を楽しみにしてちょうだい」


 四人は二手に分かれ、アンゲラとミアンに急行するのであった。


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