第257話-1 彼女は『アンゲラ城』に到着する

 アンゲラ城は、この地を領した今は亡きアンゲラ伯爵家の当主たちが、代々整備してきた巨大城塞である。


 尊厳王の臣下として連合王国と戦い勝利を共にしたときのアンゲラ伯が『我、王でなく、君主でなく、公爵でなく、伯爵にもあらず。ただアンゲラの主也』とその居城を誇ったことは有名である。


 残念ながら、百年戦争の初期にアンゲラ伯家は男系が断絶、王家の子弟がアンゲラ公として配されることが続いたが、現在は王直轄領として騎士団が駐留している。帝国国境に近く、また聖都・ミアンの中間に位置する場所にある為、いざという時の兵の集結地としても活用されるはずだ。


 小高い丘の上に立つ三十二もの小塔を連ねた巨大城壁と、その向こうにそそり立つ聖典に記載されている古の『反言の塔』を想起させる巨大円形塔は遥か遠くからでもその威容を見ることが出来る。


「ロマンデのコンカーラも巨大だったけれど、こっちはそれ以上ね」

「ワイト、出ないだろうな」

「さあね。経験者は率先して指揮を執ってもらう事になるのではないかしら」


 ヴァイがうへぇといった表情で答える。この城は騎士団に管理されている拠点であり、城内には民間人は最低限の使用人しか出入りできない為、管理の杜撰であった『ジズ』の様な事はない……と信じたい。


 城壁は周りから孤立した丘の上にあり、アプローチに当たる正面ゲートは細い連絡橋塔と壕で守られている。この連絡塔自体が防衛拠点であり、いざという時は、橋ごと落とすことで守りを固めるのであろう。





 常駐する騎士は一個小隊に満たない三十名。その内三分の一は休みを取っている。また、哨戒任務は専門の人間を雇っており、見張に歩哨が立つことはない。いざという時に戦力が消耗していては問題なので、騎士達は警邏や巡回の任務に専念している。


 一分隊が休息、一分隊が城の防衛、一分隊が班単位に別れ周辺地域の巡回を行っているという。


「ここでは休憩はなさそうね」

「流石にブルームの方達を寄越す気にはなれなかったのでしょうね」


 近衛騎士が巡回だ警邏だという任務を行う事はまずない。故に、彼らはミアンに留まり、研修という名のハイキングを堡塁で行う予定のようだ。


「私たちは数日間ここに留まり、警邏の補助をする事になるみたいね」

「どっちが補助で、どっちがメインなのかは知らないけどね」


 帝国の最前線、見つけられるとすればスケルトンの集団がこの前面に広がる帝国領の森の中に潜んでいる可能性もあるのだ。


「城の周囲の街は、外壁と見張塔に囲まれているから、その外側に用があるという事になるわね」

「どうやって、警邏の経路を変えさせるつもり?」

「冒険者ギルドを使うつもりよ」


 ワン太に冒険者としてギルドに通報させるつもりなのだ。実際……


『行って参りました』

「ご苦労様。実際、森の中にはスケルトンは存在したのかしら」

『……総数は不明ですが、一個連隊ほどいる可能性があります』

「「一個連隊!!」」


この場合、歩兵一個連隊であるなら、二千五百から三千のスケルトンが国境沿いに集結していることになる。通常の軍隊なら、行軍速度は一日20㎞前後、それに野営する際に炊煙も立ち上り、糧秣を運ぶ部隊も別に行動するので、その行動を隠匿する事は困難である。


 スケルトンにはそのすべてが不要である。休息・野営・糧秣、さらに伝令のようなものも恐らく必要ない。簡単な移動方向を指示してあとは大きな街などで進軍が止まるまで『騎行』ならぬ『骨行』を行う事になるだろう。


『報告を受けて、ギルドでは上級の冒険者に調査依頼を出しています。また、騎士団にも同様の報告が上がり、彼らは急ぎ王都の本部に増援を依頼したようです』

「……早くても到着は数日後ね」

「それまで守り切らないといけないというわけか……難易度高いね」

『私はこのままリリアルに増援要請に向かいます』

「お願いするわ。目的地はミアンにしてちょうだい」

「……何故?」

「ここには騎士団がいて守り切れる可能性が高いわ。それに、行軍速度を考えたら一日あればミアンに到着する。仕掛けるのならここではなくミアンよ」


 伯姪は今一つ納得いかないようだが……


「あの貴族の盆暗息子たちだけであの街を守り切れるとは思えないわ。ここは最初から防御拠点として設計されているから問題ないと思うのだけれど、ミアンはそうではないでしょうし、守るには戦力不足よ」

「市民兵じゃ、スケルトンにすら数で押されたら負けるか……」


 人間同士であれば、まして、防衛戦であれば市民兵は有効だろう。しかし、魔物、特にアンデッド相手では自慢のフレイルや弓銃は効果が大いに減退する。痛みも感じず、余程正確に命中しなければ破壊する事はできないからだ。


「それにね、ミアンが陥落する方が王国にとっては大きな経済的ダメージを与える事になるでしょう? 加えて、あの地域で発生しているスケルトンの異常繁殖は……目標がミアンだとすれば大いに納得できる現象だと思うの。どうかしら?」


 伯姪も大いにこれに関しては納得した。つまり、スケルトンの大軍勢でミアンを包囲し蹂躙する。その後、帝国軍が進駐し支配下に収める……という事なのだろう。


「でも、今すぐ勝手にこの場を離脱するわけには行かないわよね」

「考えがあるわ」


 彼女は警邏を行い、状況を確認した上で意見具申するつもりであった。

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