第256話-2 彼女は『ミアン』に到着する
ミアンの街では歩哨などの警戒任務訓練は免除となり、夜間は一応の自由時間を得るに至る。女性騎士四人はまとまって少し落ち着いた食事のできる場所で夕食を共にすることにした。
男性がいる場合、どうしても女給のいる酒場に行くことになるので、女性が食事を楽しめるような環境ではないので、敢えて今回は遠慮をしたと言ったところだ。
「これほど防衛設備が厳重なのはちょっと驚いたわね」
ニースも『堅牢』と呼ばれる巨大な城郭をもつ城塞都市であるが、あくまでも内海の基準であり、海の上から多くの大砲で射撃された場合、長く持たせる事が難しいと伯姪も考えていた。
実際、内海の中にある御神子教の騎士団が守備する島全体を城塞化した拠点がサラセン海軍の攻囲で陥落しており、内海の東部は完全にサラセンの支配地域となってしまっているからだ。
「大砲の使用で、戦の様式がまるで変ってしまったのよね」
「魔物相手にはあまり効果はないけれど、人間の軍隊相手には、それなりの効果があるものね」
何も、都市城塞を攻める時にだけ大砲が使われるわけではない。歩兵の戦列を破壊したり、野戦築城を攻撃する場合にも大砲が使用され、それは行軍速度に合わせられるように、数頭の馬や場合によっては分解して運ぶこともできる小型軽量な砲が増えているのだ。
女四人で食事しているのに、話の内容が軍だ戦争だというのはどうかと思うが、この街の外観はそれを語るに相応しい備えだと思われる。
「隼鷹……確かに小型の大砲には猛禽類の意匠が施されているわね」
「そうそう。小さいものが隼砲。大きさは砲身が2m以下で1m強の物が多いのよ。重さは百から二百キロくらいで砲としては軽量。船にも積まれることが多いわ」
弾丸の重さは500gほど。直径は5cm程度の口径になる。その弾丸を250gの火薬で1.5㎞程飛ばすことができる。軽量故に、機動性も悪くない。
「攻城戦だけでなく、野戦でも大砲が使われているから、その対策も騎士には必要。今時、騎士だけで突撃して戦況が決まるなんてありえないしね」
勇名王シャルルが戦士の長たちに馬と鎧と槍で武装することを命じ、千年に渡り騎士が戦の勝敗を決める時代が長く続いたが、長弓に長槍の密集陣形、弓銃に銃・大砲が戦場に投入されるにつれ、重装備の騎士が活躍できる
場所はドンドンと減っていった。
フルプレート一つは城館に匹敵する価格となり、騎士の体面を維持する費用に対する戦力としての効果が低下し、戦争の形態は騎士と歩兵と砲兵の三つの兵種が組み合わさり古代の戦争のようになりつつある。
戦の開始は砲撃の交換により、戦列を崩してから歩兵の戦列が前進。その戦列の押し合いが崩れたところで味方騎兵が突撃し戦列が崩壊した側が後退するところを騎士が追撃する……という、騎士同士の決闘の延長のような戦いではもはやなくなっているのだ。
「リリアルには不要なものだけれど、騎士としてはその運用に理解が必要なのよね」
「戦の形態を理解するには当然なのでしょう。砲の打ち合い、歩兵の銃撃、更に接近しての白兵、騎士の側面攻撃……その組み合わせを理解する
というところかしら」
将来的に、リリアルの魔術師が戦場に投入されるとすれば、それは戦場の後方であり、指揮官を気付かれずに討伐したり、食料の集積所を破壊するといった運用が為されるだろう。戦況が理解できなければ、介入するタイミングも見計らう事ができない故の教練と考えるべきなのかもしれない。
「近衛である我らにはさほど影響はないが、軍の指揮を任される可能性のある
騎士団員は……中々大変だな」
「そうね。この街の堡塁も防御火線なんか考えながら、何人でどのくらいの期間守るかなんてことを考えて指揮しなきゃならないんだもの」
「そもそも、この街の住民の民兵を指揮するとすれば、中々の気苦労が予想されるわね」
ランドルやネデルの市民というのは、古の帝国の共和政時代同様、自らの資金で武装をする兵士に変わる存在だ。豊かな都市の住民は、その財産に見合う鎧や武具を整えるのがステイタスであったりする。
「言う事聞かないとかかしらね」
「始まるまでは威勢の良い事を言うが、仲間や自分がちょっとでも傷つけば大騒ぎするだろうな。まあ、魔力持ちもいないから魔物相手、特にアンデッドに関しては戦力にならない可能性が高い」
「そう言う意味では、騎士団の駐留しないミアンは狙われやすいと言えるかも知れないわね」
王国の騎士団はこの地には最低限の戦力、哨戒・連絡用の騎士しか配置していない。国境の近くに大兵力を置いておくのは戦略的な柔軟性を保てない事と、戦力を拘束するのであれば、陥されないことが優先であり、その点、ミアンの城壁と逃げる場所の無い市民兵は住民の自治意識と王国の戦力配置的に適した存在だと言えるだろう。
「大聖堂もあるし、最低限の不死者対策は出来ているのよね」
「特注のメイスは届けたわ」
「む、聖女のエキス入りメイスだな」
「……私の魔力を封じた魔水晶でアシストする聖魔装よ。言い方には気を付けてもらえるかしら」
なんだか、淫靡な響きを感じるので、表現は考えてもらいたいと彼女は思うのである。
「……数は?」
「三十ほど。大聖堂に配置される王国の聖騎士分は用意する約束なの。南部や西部は危急ではないので後回しにしているけれど、順次配備されるわ。ポワトゥの大聖堂にもね」
「ギュイエは広いからな……公爵家の自弁で追加購入をさせてもらえるだろうか?」
ボルデュやさらに南のガロは神国と境を接しており連合王国と関係の深い商人も少なくない。つまり、何か事件が起こってもおかしくない地域だとカトリナは危惧していると彼女は理解していた。
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