第254話-2 彼女は王都を発ち『ジズ』に到着する

 『ジズ』は五百年程前にロマンデ公爵の勢力が築いたロマン人様式のモット&ベイリーというタイプの城塞を祖型としている。その後、連合王国を建国したロマンデ公爵家は本領の東端にあるこの城を強化する事にしたと思われる。


 とは言うものの、聖征から帰還した英雄王の築いた『ガイア城』が陥落した一連の戦いにおいて、この城も王国の管理下に入っている。


 ロマンデが王国の一部となり、城も防御拠点として役割を終えたのち、ここは監獄として使用されていた。そして、修道騎士団の幹部たちが二年程最後の時間をここで過ごしたことが、『隠し宝物庫』の話につながって来るようなのである。


「つまり、ここが騎士団の管理下であった聖征初期の時代、聖王国から帰還した王国出身の騎士達が修道騎士団に寄進した財宝がここで管理されていたというのね」

「そうそう。で、修道騎士団の財産を没収しようとした当時の王家が、総長や管区長らの幹部をここに集め、財宝の隠し場所を吐かせようとしたらしいのよね」


 ということは、既に王国はこの地で隠し宝物庫を探し当てた可能性もあるわけである。


「それはないわね」

「何故そう言い切れるのかしら」

「この場所ってわざわざ王国の管理下に置いておく必要がない城塞でしょ?ガイア城でさえ放棄されているのに、こんな時代遅れの城塞を使う目的もなく、王国が管理しているなんて財宝を見つけ出す前に他の誰かに盗み出されないようにするためとしか思えないじゃない」


 財宝の有無はともかく、そもそも、自分たちが見つけたとしても国の財産を着服するわけにもいかないのだから、彼女にとってはどうでもいい話なのである。


「この200m四方の古ぼけた城塞跡に、調べられるような場所は残ってないでしょう。それに、遠征に関係ないことは許可されないわよ」

「ふふふ、それがそうじゃないのよね」


 今回の演習の課題の一つとして、城塞の保守点検も行われるのだという。


「補修しなければ崩れてしまうような箇所を確認して報告書を作成する実習が含まれているのはその為よ」

「……早く到着しすぎだと思っていたけれど、それが目的ね」


 食事・野営の準備をする班と、構造物の調査をする班に分かれるのだが、円塔部分の調査は……魔力持ちである彼女たち二人に委ねられることになっていた。


「遠征はミアンの対応で頭が一杯だったからあまり詳しく考えていなかったのだけれど、これは……少々厄介ね」


 早く終わらせたいという気持ちもあるが、城塞が破損してしまっては問題なので、調査をしっかりしなければならない。昼食の後、午後少々遅い時間ではあるが、二人は塔の外部の確認から始め、やや日が傾いた後、内部の調査へと進むのである。


 中心の『塔』の入口はこの時代のキープに典型的な階段が内部に引き揚げられてしまい接近する事も容易ではないタイプのダンジョンである。


「あなたの魔力壁の階段が無かったら、大変だったわね」

「確かに、腹立たしいのだけれど適材適所ではあるわね」


 採光もほぼない真っ暗な塔の内部に侵入する。振り返り、周囲を見渡すと、石壁に十二箇所設けられた張り出しの一つが目に入る。


「この城を守るのに、何人くらい兵士が必要なのかしらね」

「さあね。でも、連合王国が百年戦争で攻め寄せた時の守備兵は確か、五十人ほどしかいなくって、あっという間に落とされたって聞いたわよ」

「……守る気ゼロね」


 管理するために人を置いていたが、守る気は無かったというのだろうか。築城当初は胸壁に沿って内側に木造の塔やキャットウォークが配置され、壁単体ではなく木造の構造物と共に機能していたと思われるのだ。


「ベイリー内部には礼拝堂とかもあったみたいだけど、今ではすっかりおが屑になってしまってるみたいね」


 塔の周辺にはもう何百年も前に朽ち果てた礼拝堂の跡は見ることが出来ない。


「元が聖征前にできた城だから、全部が全部石造りに改修するには至らないというところなんでしょうね」

「……ガイア城に全振りしたのではないかしら。ロマンデの税収一年分の資金を使い、僅か二年足らずで構築したのでしょう?」

「まあ、周辺の修道院から石材を奪ったりしないと無理ね」


 そんなことを考えつつ、内部の確認を進めていく。地下室には少々水が溜まっており、あまり良い環境とは言えないが、石が崩れるほどではないと思われる。


「雨の少ない聖王国の構造物って、この地でも問題ないのかしらね」

「あると思うわよ。水抜きの経路考えないと組んだ石も崩れるしね」

「ある意味、碌な補修もせずに三百年以上保っているのだから、しっかりとした設計と施工であったと考えてもいいわよね」

「でも、脆くなっているところは沢山あるね。どうするかは王国の上の人が判断するんだろうけれど、使うつもりなら大きく破損する前に直した方が良さそうじゃない。ほら、ここの壁とか……」


 壁が剥離しつつあるように見えたので、軽く手で触ると……


「こ、壊してないわよ」

「流石にそうは思わないわ。隠し扉の封印が経年で破損したか、あるいは、何らかの関係者がこの場所に何かを持ち込んで敢えてそのままにしたか」

「気持ちとしては前者であって欲しいけど、たぶん後者よね……」


 内部の螺旋階段の内壁の一部が潜り戸のような大きさに開いている。彼女は魔力走査を内部に行うと……何らかの揺らぎを発見した。


「何かいるけれど、普通の魔物ではないわね。魔力が揺らいでいるわ」

「……このまま入るの?」


 一時後退しても構わないのだが、ダンジョン内部の狭い場所で人数が増えるのはかえって立ち回りに難が発生する。二人より魔力も実力も劣る従騎士達を連れてきても役に立つとは思えない。


「先に入るわ。危険だと判断したら自分で撤退する事。片方が逃げたら、もう一人も必ず脱出するようにしましょう」

「……分かったわ」


 彼女を先頭に、腰ほどの高さの潜り戸を二人は通り抜け中を確認することにした。








 完全な密室、明り取りらしい場所は手のひらほどの隙間が数か所開いている。その壁に近い場所に、ぼーっと姿を現しているものが存在する。足元には黒い棺のような箱が置かれている。


「あの棺桶、どうやって持ち込んだのかしら?」

「……あとで考えましょう。それよりも、あれをどうするかよね」


 彼女は松明に聖油を用いて浸透させると、手持ちの松明から火をつけることにした。


「念のために誰何しますが、貴方の名前は誰です?」


 彼女は王国語では分からないのかと思い、別の言葉で話しかけることにした。


「Quis es」


 すると、そのぼやけた姿がこちらを向く。


『Meum nomen est García de Loaysa』


 二人の顔が一瞬引き攣る。先日耳にした、神国の初代異端審問所所長の名前。遺骸が奪われ、どこかに消えたと聞いたその人物の名前を名乗ったのである。


「どこの誰が持ち込んだのよ」

「持ち込み手数料は払ってないわよね。密輸ね!」


 伯姪は「そこじゃないわよね」と小声で言い返すが、二人の視線は目の前の魔物から離れる事はない。


 彼女は、小火球を『所長』に撃ち出す。短い時間を飛翔し、所長に命中した後、バシッと弾ける音がする。


「実体化したままであれば……」

「『ワイト』ね。そこまで激しい憎悪を残して死んだとは思えないもの」


 八千人を異端審問により処刑したとされる『所長』に達成感はあったとしても、この世に対する憎悪は残されているとは思えない。


『Tune es vir pythonissam』

「魔女ではないわ、錬金術師にして王国の騎士よ!」

『Magia eques auratus』


 古代語で「魔法騎士」と口にすると、彼女に向かい距離を詰めてくる。内部自体がさほど広いわけではないので、目の前に現れるワイト所長に、魔力壁で四方向から包囲することにする。


『quid est hoc!!』

「随分と短気な司祭様だ事。王国の司祭様は皆寛容ですわよ」

「このてっぺん禿げ!! 人様の国で何やろうとしてるの!!」


 目は虚ろ、そして干からびた皮膚を持つものの、尖るような長身をもつ痩身のワイトは、右手にメイスを持ち、二人に向け振り下ろそうとし、魔力壁に強か腕を叩き付け苦悶の叫び声を上げる。


『Gwaaaaaa』


 この男の審問で拷問を受けたり処刑された人の事を考えれば、もっと苦しめるべきではないかと彼女はふと思ったりする。


「どうする?」

「手足をもいで、ミノムシゴロゴロはどうかしら」


 最近、アンデッドに関してブームの手足を斬り落とした捕獲を行いたいという意図は理解できる。だがしかし……


「イモムシでしょそれは。でも、言いたいことは理解できたわ。魔装網は持ってきているの」

「ええそうとも言うわね。では、それのテストも兼ねましょうか」


 肉体は『所長』の物を用いているのだろうが、憑りついた悪霊は所長の物ではない可能性もある。リッチになりそこなった魔術師の魂? 家族を王国に殺された狂える帝国騎士? 今少し彼女は慎重にワイトの修道騎士を観察する必要があると考えていた。


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