第252話-1 彼女は聖魔装について考える
彼女の魔力を使用した魔装具を『聖魔装』とリリアルでは呼ぶことになった。彼女以外の全員一致でである。
翌週の騎士学校、授業を受ける彼女には謎の帯が腕から延びるコードと共にくっついていたが、とある誰か以外は見て見ぬふりをしていた。『触らぬ聖女に祟りなし』とは東洋の格言であったかと思われる。敢えて虎の尾を踏みに行くのが公爵令嬢の嗜みとでも言うのだろうか。
「はあぁぁ……」
「ん、どうしたのだ腕に帯など巻いて。この容器には何が入っているのだ」
「カトリナ様、好奇心猫を殺すという言葉はご存知でしょうか」
「なに、私は猫ではないから問題ない!!」
見た目はゴージャス公爵令嬢、中身はポンコツ脳筋娘であるカトリナには、この状況がとても興味深く思えるのである。
「部外秘なのでお教えできません」
「なにぃ! 私とそなたの仲ではないか!!」
彼女とカトリナは冒険者と依頼人の関係以上の事はなかったと記憶しているのだが、カトリナにとってはそうではないらしい。流石脳筋。
「簡単に言うとね」
「簡単に説明できるものなのか」
「魔力を魔石に取り込む魔道具よ。リリアルも対アンデッド用に魔力の無い学院生を戦力化するために必要だと考えているからね」
「なんだと……それは騎士団にも必要なのではないのか」
「まあ、暇と手間が余ればね。それに、薄く広く展開するより、リリアルに資源を集中して専門的に対応させる方が無駄がないじゃない?」
騎士団が欲すれば、近衛や国軍もそこに名乗りを上げるだろう。この魔力を集める魔導具の魔導源として生きていくつもりは彼女には無い。
「む、それもそうだな。なまじっか道具があればそれを使いたがるのが人の心理。その結果、好奇心猫を殺す」
「あの、上位種のゴブリンの村塞に偵察で出向いた魔騎士が四人殺されて能力を吸収された話……あんな事が頻発しかねないわよ!」
伯姪も加わった、猪村近くのゴブリンの村塞の討伐。魔力を有しているからと本来は隠蔽を駆使して情報収集する騎士が暴走、短時間で魔力が枯渇し、脳を喰われて能力を奪われ、手強いゴブリンの上位種となったことは、騎士団のみならず、騎士学校、近衛、国軍にも広く戦訓として伝えられている。
「リリアルは、入学から厳しく選別した集団だからそこまでは無いけど、普通に特殊な装備持たせたら……」
「間違いなく調子に乗るな。ソースは地下墳墓での私だ」
「……それなりに反省しているのね……」
「ええ。カトリナ様は風邪を引いて寝込んだことがございませんが、今回はあの翌日から丸一日寝込まれました」
彼女と伯姪は『馬鹿は風邪をひかない』という言葉が脳裏に浮かんだが、言葉にしないだけの分別は有った。
「それで、効果は?」
「……控えめに言って、差がありすぎで少々驚いたわ」
「普通の魔力持ちの魔力を込めた装備と比較したんだけどね……」
彼女の聖なる魔力のメイスでは……爆裂! 普通の魔力では多少の追加ダメージがあったが、従属種の吸血鬼では致命傷になるほどではなかったと説明する。
「……聖女……私も目指そうかと思うのだが……」
「かなりの人が信仰心を持ってもらわないと無理だと思うわ」
カトリナは黙っていれば聖女になれるだろうが、行動がどうかと思うことと、これまで、信仰の源となる王国民が感謝するような大きな出来事を成し遂げた事はない。
「最近だもんね、聖女効果が顕著なの」
「タラスクス討伐の辺りからかしら。その後、聖都の吸血鬼討伐あたりからはっきり効果が見えてきたわね」
「……ドラゴン征伐か……」
いや、それ以前に、人攫いや野盗狩りをするなど感謝されていた存在である事は間違いない。高位貴族の令嬢であるカトリナとは立場が違いすぎて、同じ行動は取る事は出来ないし、二番煎じでは信仰の対象になるとは思えない。それに、聖女になること=『無双』じゃないからと彼女は思う。
「私とカトリナ様では立場が違いすぎるでしょう。恐らく、その望みが叶うとは思えません」
「そうだな。私は私の為すべき事を為すとしよう」
子爵令嬢には子爵令嬢の、公爵令嬢には公爵令嬢の為すべきことがそれぞれある。例えば……他国の王族との婚姻とか……かもしれない。
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『あれだ、必要な数はそれなりだが、使う条件は限られているから、お前の魔力が常時補充することってあんまりないんじゃねぇのか』
『魔剣』がふと思い出したように告げる。アンデッド討伐で彼女の魔力が必要とされる大規模侵攻が発生するとすれば、何度も発生するとは思われず、その際に、貯めておいた聖魔装の武具を一斉に使用したとして、それが一巡すれば、さほど必要とされないというのだ。
「確かに、一度込めておけば、使用までは保管しておくだけだもの」
『おそらく、騎士団の武器庫の鍵のかかる場所で管理されるだろ。その場合、平常業務にメイスは帯同しないから、本当の非常時だけだな』
「なら、作成し、販売した方が……学院の収益になるのかしら」
『製造能力次第だな。メイス自体は購入できるから、魔装鍍金と魔石を組み込む工程に、お前が魔力を込める時間でそれなりに揃える事は難しくない気もするんだがな』
「私のできる事は、魔石に魔力を込めることくらいだから、その先の事は魔装具担当に委ねましょう」
自分で何もかも考えたり手を下す段階は過ぎていると彼女は考え、仮に、騎士団から依頼があった場合、老土夫と癖毛で検討させ、自分は価格や納期の交渉と承認程度にしておこうと考えるのである。
『皮算用してみるとするか』
「……買い叩かれて草臥れ損だと思うのよね。多分、限界まで利幅を落させると思うわ」
初期投資の部分だけで、何度かは魔水晶に彼女の魔力を込めなおすことは出来るが、魔銀鍍金のメイス自体が高級品なのだから、そうそう購入に至る事はないだろう。
『だが、教会なら違うんじゃねぇか』
「……聖騎士の装備としては私の魔力を除いても欲しいでしょうね。魔銀製ならとてつもなく高価な武具だけれど、鍍金であればその数分の一で装備可能なのだから、数を揃えたい教会の『防疫担当』からすれば、喜んでお金を払うと思うわ」
世知辛い話であるが、リリアルは建物を借りたりしているものの、その運営費用は男爵家に支給される資金と、彼女たちの依頼を受けた報奨や武具やポーション類を販売したお金で維持されている。
『教会優先でいいだろ。数だって一桁二桁少なくて済む』
教会の聖騎士は王国内においても百人程度、それも大聖堂のある大規模な都市に集中している。彼らに支給することで、アンデッドの繁殖しやすい都市の初期防衛は対応できるだろう。
「それに、警邏の騎士たちが持ち歩けるわけではないものだし、聖都近郊の村のように、完全に守るのは不可能ですもの……」
グール化されていた村を思い出し、彼女は暗い気持ちになる。守れるものであれば守りたかったと思わないわけはない。だが、実際は不可能に近い環境にある。
『装備が無きゃ、限られた聖騎士だって守れねぇ。だから、優先順位がつくのは仕方ねぇ。もう、代官の村だけ護ってりゃいいってわけじゃないからな』
ゴブリン・キングの軍勢を僅か二人の冒険者と村人たちを率いて決死の覚悟で守り切ったあの日からまだ二年程しかたっていないが、彼女を取り巻く環境は大きく変わり、目に映るものも同様に変わっている。
「何が来るかは未だ予想するしかないのだけれど、吸血鬼や死霊の類なら、騎士団や兵士には限界があるのだから、私たちがやるしかないのよね」
『面倒な時代に生まれたと思って諦めるんだな』
百年戦争の時代や、ロマン人が船で遡上してくる時代、聖征の時代に生まれたとしても、やはり面倒な時代であっただろう。少なくとも、今の王家には積極的に対外戦争をする気持ちは無いのだけが有難いところではある。
『王家は、対外戦争するたびに直系が滅んでるからな。二度あることは三度あると考えて、慎重なんだろう。なにせ、王太子一人しか男児はいないからな』
さて、どの程度の反応があるのだろうかと、『防疫』担当の司祭を騎士学校の応接室に呼び出す事にしたのは数日後の事である。
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