第251話-2 彼女は異端審問官の遺骸の行方を気にする

「バリスタを作るのは難しくはないが、巻き上げ機を使って弦を引き上げるとすると、発射速度は一分に三本くらいだろうな」

「最初の一発目はゼロ秒なのだから、実質四発ね」

「まあの。問題は、魔石にお前さんの魔力を込めた鏃を付けて、放つのはいいんじゃが、精々ニ三体ってところじゃろうな」


 貫通して背後の一二体に刺さる程度で威力は減退する。無意味ではないが、効果が低いと考えているのだろう。


「魔石に魔力を込めて、ネットを飛ばすのはどう?」


 癖毛の参入。スケルトン程度であれば、魔石の聖なる魔力で覆えば浄化することも可能かもしれない。


「ネットを飛ばすとなると、馬車じゃ無理だの。投石機にでも乗せねば」

「それはそれで考えられない?」


 魔装糸の供給的に難しいというのが一番なのだという。


「なら、ワイヤーならどうかしら」

「……魔装鍍金か。ワイヤーをすべて使う必要もないな。横糸は縄で

経糸を魔装ワイヤーにする……とかなら問題ないかもしれん」


 バリスタに関しては、既存の物を回収し、戦車に装備できるよう、数台試作するとのことであった。また、鏃は早急に開発するとのことで、できる限り騎士学校の遠征研修に間に合うよう作成するとのことである。


「ネットは……一部外注するぞ。手が足らないからな」

「任せるわ」


 自分たちの用件が済んだところで、老土夫が一つ見てもらいたいものがあるという。そこには、魔銀鍍金製のメイスが用意されていた。


「良い装備だと思うわ。魔銀鍍金と金属のメイスの相性は良さそうね」

「ほっほっほ。今回はそれだけではないぞ。其の握りの部分に魔石を嵌め込んである。お前さんの魔力を込められるようにだ」


 彼女の聖女としての魔力は、普通の魔力持ちよりアンデッドに効果がある事は最近広く知られることである。どうせなら、魔力を持たない人間にもその魔力を用いることで『対アンデッド用装備』として有効活用できるのではないかと考えたのだという。


「ほれ、魔力を込めてみてくれ」


 彼女は簡単に魔力を通すと、魔石に魔力を込め始めた。


「あまり入らないわね」

「……自分を基準に考えるなよ」

「そうね。これ、私の全力ぐらい入っているじゃない?」


 伯姪の魔力は育ったとはいえ、学院基準では中の下クラスである。彼女はそれに匹敵する魔力をものの数分で魔石に込めて見せたのだ。


「あんまり急速に魔力を込めると、寿命が短くなるからの。普通は今の何倍か時間をかけて込めると良いだろうな」

「……そんな時間ないわよ」

「いや、専用の注入具を開発したので問題ない。ほれ、これを腕に付けてもらえるかの」


 彼女の腕にバンドが付けられる。どうやら魔装糸のバンドで、そこから魔導具へと魔装鍍金のコードが繋がっている。


「これを常につけて、魔道具の中の魔水晶に魔力を込めろ……というわけね」

「お前さんなら一日中つけても問題なさそうだが、寝ている間は外してもらって、まあ、講義の時間とか執務中とか動かない時間に頼みたい」

「はあぁ……わかったわ。こちらからのお願いだから仕方ないわね」


 生きている魔力源扱いされるのは癪ではあるが、魔力の少ないもしくは無い者に対しての装備に生かされるのであれば、意味は少なくないと考えられる。


「どの程度効果があるのかしら」

「持続回数は数回から十数回といったところだの。だから、一日中使えるわけではない」

「……並の魔力持ちの騎士の戦闘可能時間は数分から十分程度なのだから、それだけで魔騎士並みの攻撃力じゃない!!」


 魔力の少なさで苦労している伯姪からすれば、かなりチートな武器だと思えたのだろう、語気が荒くなる。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 今日も射撃練習場にいる達磨吸血鬼の所にやって来た。隷属種の女

吸血鬼二体と、従属種の元傭兵隊長のオッサン吸血鬼。威力が高い場合、隷属種は瞬殺される可能性があるので、今回はタフさが生前から売りのオッサンにターゲットを定める。


「先ずは、ほれ、お前さんが叩いてみてくれ。頭は駄目だぞ。消滅するからの」

『おい、ちょっと待て。体だって消滅すんだろ!!!』

「頭さえ残っていれば、ある程度替わり死体で代替できるのでしょう? 隷属種と従属種ではその辺りが違うことくらい調べはついているわよ」


 腕を組み、蔑むような眼でマッチョな元傭兵隊長を見下ろす彼女。


『ば、ばっか、今の時点で首から上だけにする気かよ!!』

「馬鹿ね、左右どっちかの方から先が無くなるだけよ」

『や、やめろおぉぉぉぉ!!』

 

 金属のフランジと呼ばれるフィンが十字に付いている形状の物で、主に、帝国や法国で流行の形である。


「どりゃあぁぁ!!」


 クルンとスナップを利かせ、左肩の付け根にメイスを叩き込むと、ボンと弾けるように左肩が破裂する。


『ぎゃあああぁぁ、ひでぇ……』

「御仕置が足らないみたいよ」

『しょ、しょんなことないでしゅぅぅ……』


 痛みのあまり滂沱の涙を流すオッサン……みな「キモイ」と内心思う。


「効果は十分じゃろ」

「すごいわね。というか、貴方の魔力って格別の効果があるのでしょうね」

「なら、お前さんの魔力を込めて……」

「時間かかるし、無理よ」

「なら、俺のを込めてやる」


 癖毛も魔力量は彼女にやや劣るものの、学院屈指の能力者だ。鍛冶を行う日々の鍛錬で、入学当初の数倍まで跳ね上がっているし、質も高い。制御は相変わらずだが。


 別のメイスの魔石に魔力を込め、伯姪に手渡す。


「歯、食いしばりなさい!!」

『や、やめろおぉぉぉぉ!!』

「どりゃあぁぁ!!」

『い、いてぇぇぇぇぇ!!!』


 メイスのフィンが吸血鬼の筋肉を叩き潰すものの、先ほどの破裂するような効果は全く見られない。そして、血が噴き出す。滂沱の血流である。


「あら、全然違うわね」

「……自分では良く分からないのだけれど、聖女って皆が思い込むことでこれほど差が出るとは思わなかったわ」

「人の感謝の気持ち、神に対する信仰心の一部がお前さんに流れ込んでおるのだろう。まあ、戦に勝ち続ける先頭に立つ彼の聖女もそうであったと親父に聞いておる」


 老土夫曰く、救国の聖女の鎧は当時法国で聖騎士用の鎧を作成していた彼の父親が出向いて作った女性用の逸品なのだそうだ。


「聖魔銀製のプレートだからの。土夫でなければ補修すらできんからの」

「そう……」

「じゃあ、なんであんな結末になったのか知ってる?」

「ああ、戴冠式の後、神の声が聞こえなくなったと親父は言っておった」


 神の声が聞こえないとは、神様から役割を終えたとされたのだろうか。故に、聖都で王太子の国王戴冠式を終えた後の彼女の活動は精彩を欠き、やがて連合王国に捕らえられ魔女として処刑されるにいたる。


「神への信仰心に頼ると、あまり良い事はないのかもしれないわね」

「そもそも、あなた、後付け聖女だから問題ないわよ」


 アハハと笑う伯姪の言葉に、彼女はそれもそうかと納得する。神の意志ではなく、自分の意志で王国を護る事が彼女の使命だからだ。



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