第251話-1 彼女は異端審問官の遺骸の行方を気にする

 神国の中で、旧修道騎士団の影響を受けたであろう聖ドミニク修道騎士団の関係する異端審問所長官。その中でも、もっとも著名であり、宗教的熱心さから多くを異端として認定した男の遺骸が紛失した……では済まされない。



 故人への恨みから、遺骸を奪い去り死後の復活が出来ないように処分した……という可能性もある。その程度には恨まれているからだ。


「八千人……自分で全部処刑したわけではないんでしょ?」

「在職十八年でということだから、一年間で四百四十人くらいかしらね。とても多い気がするわ」


 神国は本来教皇の下で行われる異端審問を独自に国内で行う事を考えた。教皇の影響力を排除する一つの方法としてである。神国人枢機卿の協力で許可を得ることができ、後年、その枢機卿が教皇に就任する。


 神国は長い時間を掛けてサラセン人から国土を取り返した歴史があり、

それが加速しているようなのだ。


「ラビ人も追放して財産没収とか、農業に従事しているサラセン人を追放して食料危機を起したり……色々ハッチャケてると聞いてるわ」

「そういう国に生きていると、息苦しそうね。宗教が主の生活ってどうなのかしらね……」


 托鉢修道会と呼ばれる比較的新しい修道会が過激なようで、使徒修道会のような脱俗世のような穏やかな活動ではなく、異教徒や考え方の異なる御神子教徒に攻撃的なのだという。


 神国の尖兵として積極的に海外の植民地や本国で活動している。貿易船に乗り込み、ネデルの市民との抗争にも戦力として参加している……つまり、形を変えたお一人様聖征軍なのである。


「教皇が聖征軍の宣言を行わなくても、自主的に……自国の為に独自に活動しているって感じなのよね」

「……神国には関わらないようにしましょう。幸い、王家の領地は……『国境沿いの砦は王家の直轄なんじゃないな』……リリアルは遠慮しておきましょう。とても遠隔地で手が回らないわ」


 そう、その遺骸が神国にあるなら問題ない。帝国と神国は強いつながりがある。ネデルを攻撃しているのは神国兵であるのだから、遺骸を神国から帝国に持ち込むのも容易だろうと推察される。


「また、ワイトかスペクター聖騎士が現れると考えないといけないのよね」

「そう考えておいておかしくないと思います」

「あれだ、ネタバレしたから、次から次に送り込んでくるんだろう……でございますお嬢様」

「かといって、被害が出なければ追跡だって難しいわよね。だって、遺骸よ。死にたてなら異臭もするでしょうけど、乾燥してしまえば分からないもの」


 いや、そんなにリアルに解説しなくてもいいのにと彼女は思う。腐り始めた遺体の臭いは強烈だからだ。死蝋化するまで、湿度の低い場所で安置してあったのだろうが、場合によっては腐敗するだろうが、大丈夫なのだろうかと心配にならないでもない。


『あれだ、ワン太は使えるんじゃねぇか』

「はっ! 盲点だったわ。確かに、狼人なら人間の気が付かない異臭も感知できるわね」


 とは言うものの、どこからどこまでを探させるかの問題もある。木を隠すなら森の中、遺骸を隠すなら墳墓の中。死体の臭いだらけで分からないだろう。


「遠征……連れて行こうかしら。軍用犬みたいなものね」

「ワン太が犬の時は、滅茶苦茶可愛いから、軍用犬とは言いにくいわね」

「確かに。魔導犬という事でどうかしら」


 魔導犬とは、魔力を有している特殊な犬で、恐らくは魔狼の血の入っている犬の事である。魔力があるため、魔導具を装備させ、人間に先行させ、敵陣に投入する事もある。また野営地を強襲するなど、戦果を挙げている。


「じゃあ、お手とかお座りも教えておかないといけないわね」

「あはは、まあ、覚えるでしょうけどね」

『……不憫だな……』


 彼女は老土夫に『魔導犬』用の装備を整えるように依頼をすることにした。


『主、魔導猫も必要ではございませんか』


『猫』の呟きは無視される事となる。猫はどちらかと言うと、密偵の仕事を頼むことになりそうだと、彼女は考えていた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 リリアルでの課題は遠征用の『魔装戦車』『魔装銃』『魔導犬』の他にも幾つかある。


「最近、アンデッドとの対峙が増えているじゃない?」

「遺憾ながらその通りね」


 伯姪曰く、今までの遠征や討伐において対象であったのは、精々野盗の類いかゴブリン・オークに魔狼程度であったが、アンデッドとなると討伐の方法を対象別にマニュアル化しないと、初見では大きな被害を出しかねない危惧があると言う。


 アンデッドは所謂生物の急所が急所ではないし、傷をつけても弱ることも少ない。恐怖心も持たないので、劣勢になったとしても圧力が変わらない。密集隊形での攻撃も問題が無い。休息・食料を必要としないので、行軍速度が異常に早い。ある意味無敵の軍隊なのである。


「単に敵を攻め滅ぼすだけならこれほど嫌な相手もいないわね」

「首を斬り落とす事が一つの正解だけれど、密集している相手に首だけ斬り落とさせるのは、かなり人を選ぶ対処方法だと思うわ」


 恐らく、彼女と伯姪を除けば、確実にできるリリアルの生徒は、茶目栗毛と赤毛娘、青目蒼髪と赤目蒼髪に赤目銀髪くらいだろうか。素手なら癖毛も可能だが、リーチが足らない気がする。


「学院生たちを戦力化するには、討伐方法を工夫しないと無理だと思うわ」

「……例えば?」

「バリスタのヘッドに魔水晶を嵌め込んで、貴方の魔力を充填した装備を作るの」

「それを、戦車から放つとかね」


 バリスタ自体は、その昔回収した物もあるし、新規に発注する事もできるだろう。大きさは戦車に固定できるサイズで構わないだろう。


 古代帝国では『さそり』と称される台座に据え付けられた装備が存在し、城の防御兵器として利用されていた大型の弓銃のことだ。


「二人組で操作する事になりそうね」

「射手と装填手かな。組み立てや分解も一人じゃ無理でしょうから、それが適切でしょうね」


 魔力が無いか少なくても、この装備なら『密集』した『アンデッド』に大きなダメージを遠距離から与えることが出来るだろう。霊体のレイス辺りは無理であっても、実体のあるグールやレヴナント、スケルトンやワイトには致命的でなくても、腕や足、体の一部が欠損するだけで随分と戦力を削ることができるだろう。


「鏃の大きさを大きくすれば威力が高まる分、重くなり射程も短くなりそうね」

「鏃だから直線状のダメージだけですもの。限界あるわよね……」


 良いアイディアが無いかと、彼女たちは老土夫を訪ねる事にした。



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