第252話-2 彼女は聖魔装について考える
魔銀鍍金製のメイスを手に取り、感慨深げに目にする『防疫』司祭。段々略されているので『防疫』と呼ばれる日もそう遠くはない。
「これは、聖女様が依頼されたものでしょうか?」
「……そうです。魔力の込めることが出来る対不死者用の武具をリリアルの魔装鍛冶に依頼していました」
未だに『聖女様』と真顔で呼びかけられることに慣れない彼女である。
「この装備……どの程度誂えることが出来ましょう」
「王国内の大聖堂を護る聖騎士の数はどの程度ですか?」
王国内に存在する『司教座』のある場所が即ち『大聖堂』となる。これは、騎士団でいうところの支部・本部に相当する。
王都・南都・聖都・ポワトゥはギュイエ公領の北都にあたる。そして、今回の遠征で訪問するミアン。王国内には九つの大聖堂が存在し、それぞれに二十から三十の聖騎士が存在する。王国でいうところの、小隊規模の騎士隊が存在する。
「総数で二百ほどでしょうか」
「……はい。ですが……」
「時間がかかりそうですので、帝国に近い聖都・ミアンの分から優先で供出いたします」
「おお、それはありがたい。こちらは何を……差し出せばよろしいでしょうか」
彼女は儲けにつながる話ではあるが、貸しを作る方向で考える事にした。王国とはビジネスライクにあるべきだと思うが、大司教たちとはそこまで関係が深まっていない。大きく得るためには、先ず与えることが必要だと彼女は判断した。
「それでは、メイスはそちらでご用意ください。それと魔銀が足りませんのでその分を。加工賃と魔石代で金貨三枚ほど頂きます。魔力の封印は私が行いますので、それは特に費用は発生いたしません」
「なっ、そ、それではそちらの大損ではございませんか!」
魔銀製のメイスであれば、その十倍出しても欲しい絶対的な武具に当たる。大聖堂に一つでもあれば、ハッキリ言って自慢できる伝説的な物になるのだ。それを、『聖女』の魔力を封印した物を必要なだけ提供すると言われ、彼自身、金貨であれば一万枚、それ以外であればかなりの不動産をリリアル学院に寄進する事を許可されているのだ。
既に、魔銀のメイスの量産化計画の話は騎士団や王国内の対不死者戦を戦う可能性のある者たちの中で話題となっており、大司教猊下の命令で何としても御神子教会が第一陣を納めてもらうように、如何なる条件も飲めと言われて今日ここに来ているのだ。
これは、民を不死者から守るという教会の威信の掛かった事業であり、数の少ない聖騎士を最大限の戦力化するために、いかなる努力(主に金)を支払ってでも得たいと願っていた。
「リリアルは王国を護るための盾にして剣。皆さまも、神の愛で民をお守り下さる方々。商売ではなく、神への奉仕としてこの度はご協力いたします」
「なんと……尊いお考えでございましょう……。ありがとうございます。メイス二百本、魔銀鍍金の素材を必要な分ご用意し、リリアルに数日内にお届けいたします」
「助かります。流石に、その数の武具を新しく誂えるのは、リリアルには少々難しいので」
魔銀鍍金メイスの加工・作成の為、老土夫と癖毛が連日の作業に突入することになるのだが、それは別のお話。
「そして、可能であれば、バリスタのご用意もお願いできますでしょうか?」
各都市に存在する大聖堂に、防衛用の武具をある程度用意してもらうことは可能だろうかと、彼女は思い至る。
「最近の防衛戦では弓銃か火薬の銃が増えておりますので、据置式の大型弓銃は埃をかぶっております」
「アンデッドの軍勢に、魔石矢で攻撃を行う為の大型の鏃の開発も進めております。遠距離から不死者の軍勢に打撃を与えるとなると、バリスタか投石機で魔装網を飛ばしてアンデッドを拘束するようなことを考えています」
「……なるほどでございますな。いや、流石『聖女リリアル様』でございます。確かに、近寄る前に少しでも打撃が与えられれば、騎士達が生き残る可能性が大きく高まりましょう。各大聖堂から都市の守備隊の管理者に問い合わせ、その二つの武器の整備を行うように致しましょう」
「取り急ぎ、聖都とミアンをお願いします」
帝国国境に近い二つの都市が危険だと彼女は判断している。聖都に関しては仕掛けを潰したことを考えると、『ミアン』が危険なのではないかと最高の優先順位を与えたい。
「王都の共同墓地の地下に現れたアレを考えると、今回の事件は帝国の内部に存在する旧修道騎士団の影響を受けた死霊術師の仕掛けではないかと考えています」
彼女は『防疫』司祭に今起こっている可能性のある事象を説明することにした。サラセン軍の後退と、その戦いに投入するつもりであった戦力の王国への転用。どうせ一旦廃棄するのであれば、積年の恨みがあり、ネデル領へ干渉しかねない王国の国境地帯に予防戦闘を行うつもりではないかという予想だ。
「確かに、今の代の陛下とは諍いございませぬが、ほんの五十年程前はサラセンと王国は同盟を組み、内海や法国で帝国と争ったものです。こちらにその気がなくとも、あちらには動機がございますな」
異民族と手を組んでまで帝国を攻撃したのだから、内部に存在する様々な勢力が王国に対しどんな敵意を向けてくるか分からないのだ。
「故郷を追われた者、地位を失ったもの、家族・恋人・友人を失った者はとても多いでしょう。サラセンまで行くことは難しくとも、隣国である王国に復讐しようと思う者は少ないくないでしょうな」
サラセンとは善き隣人……ではなく、敵の敵は味方という関係であり、お互い武装をし時には取引をし、時には戦う関係でもあった。ニースの湊にはサラセンの商人も少なからず存在する。
内海に面した海の無い帝国に取っては、恐ろしい敵でしかないのだが。彼らへの悪意・敵意が王国に向いているとなれば、その危険性自体が杞憂ではないと思われる。どこぞの鉄腕ではないが、何かに自分の憤りをぶつけたいと思うのが人間なのだ。
故に、彼女はその憤りを健全な人としての成長につなげたいと思い、孤児院改革やリリアルでの教育を考えているとも言える。細かく細分化され、サラダボウルの様な帝国においては、それぞれの勢力がそれぞれの思惑で行動している。王家の力がある程度確立している王国ですら、王家に反抗する一定の勢力が存在するのだから、ある意味好き勝手に行動する君主の集合体でしかない帝国は、王国に誰かが何かしたとしても、王国が帝国全体に反撃するとは思っていないのだろう。
――― やはり、帝国に入り込んで、元から断たなければだめかしら
今回の一連の事件が決着することになれば、彼女は王国にアンデッドを嗾ける勢力に対して、帝国内に潜入し直接手を下す事も視野に入れて活動することが必要だと考え始めていた。
『お前、また自分から大変な思いしに行くのな』
『魔剣』が皮肉交じりにそう告げるのだが、彼女の心の中にはあのグールにされた農村の親子の姿が頭から離れないのであった。あんな事を許しておけるほど、彼女は大人ではないのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます