第247話-2 彼女は慎重に地下墳墓に進む
明滅する朧騎士に彼女は礼儀正しく声を掛ける。
「こんばんは、月は出ていないけれど、良い夜ですわね」
『……Quod non est ita……』
古代語の言葉。『そんな事はない』と朧騎士は答えた。聖騎士達は、勿論出身地、現地の言葉を用いたが、公式には『古代語』での読み書き会話が当然できた。教会内、騎士修道会の幹部会なのでは多言語多国籍であった為、古代語での会話、書面の作成ができて当然であった。
「Miles es cathedralis?」
『Id est』
答えはYES。この場所を護る意思を持たされた修道騎士を元とするスペクターが、この朧騎士なのだろう。
『Hostem eliminare』
問答無用とばかりに、敵を排除すると宣言した朧騎士が彼女に接近する。
『どうすんだよ』
「斬り結ぶまでよ」
『……だよな……』
聖油で討伐するのは一つの『解』でしかない。彼女の魔力が効くのか、聖油自体が効くのか、その聖なる炎が浄化するのか、確認したいことは沢山あるのだ。
『魔剣』はスクラマサクスの形を取っている。彼女は、大きく振りかぶる騎士の剣が天井を透過するのを見て「何でもありね」と思う。
振り下ろされた剣を、『魔剣』で止めると ガキッと確かな手ごたえがある。
『実体化してるんだな』
「この状態なら……」
彼女はブーツに魔力を通し、前蹴りを繰り出すと、思い切り騎士は後ろに蹴り飛ばされた。それはゴロゴロと。
「やるじゃない!!」
「わ、私もやりたい!!」
そうじゃないから。アトラクションじゃないからと彼女は思う。
『まあ、そうなるよな』
「実体化している時に魔力でダメージを与える。その場合、盾か剣で受止め反撃を行うのが有効。その場合、魔力纏いが必要……ということかしら」
一つ目の対策が確認できた。起き上がった騎士は、屈辱で顔を顰めているのだろうが、顔面の造作は朧気で分かりにくいが怒気だけは伝わって来る。
『bono animo!!』
「お褒め頂いて光栄だわ!」
肩からのチャージで彼女を突飛ばそうとした朧騎士が、逆に弾かれる。魔力障壁で周りを囲み、後退できないようにする。
『Quid acturus es』
「何をする気かと言われれば、実験よ」
魔力障壁を縮小し抑えつけると、シュウシュウと障壁と触れた部分から浄化の炎らしきものが小さく立つのが見える。
『Gyaaaaa』
『魔物だな』
「ええ、普通にアンデッドね」
点滅をし、魔力障壁を透過しようとするのだが、むしろ壁に触れてダメージを受けている様子がうかがえる。
「これはどうかしら」
『Geeee!!!』
聖油を含ませた松明の炎は朧騎士を焼き、痛みを与えているようだ。
『アンデッドにも痛覚あるんだな。俺は魔剣で良かった』
「痛みというよりは、存在をかき消される力を受けている印象ね。押しつぶされる、塗りつぶされる苦しみと言ったところかしら」
聖油を油球にしてぶつけると、激しく暴れ出し、それに点火すると激しく燃え上がり、朧騎士は点滅も霊体化も出来なくなったようで姿が消し炭になるまで激しく燃え続けていたのである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
床に消し炭が崩れ落ちると、背後の三人が近寄ってきた。
「お疲れ様。その様子では、事前に想定した方法は全て有効だったみたいね」
「一つまだ試したいことは有るの。それはあなたにお願いするわ」
「良いわよ。魔力量が少ない騎士の為の方法なんでしょ?」
伯姪は自分にしかできない攻撃もあると理解していた。
「聖油で火達磨にできるなら、今後の対策は難しくないのだろうか」
「いいえ。触れさせないだけの技量か、触れられても昏倒しない魔力量のどちらかが必要ね。あなたも、試してみてちょうだい」
「ふむ。魔力を補充するポーションは持っているなカミラ」
「はい。準備しております」
「ならば、次は……」
「私でしょ?」
伯姪なら当たらずに先に攻撃を加えることが出来るだろう。カミラも同様だが、カトリナは……猪なので微妙だ。ダメージを与えられても、無力化はされないとは思うが、出来れば面倒は後回しにしたい。
暫く進み、少し広い場所に出た。そこには、かなりの数の棺が、壁に穿たれた棚上のスペースにワインボトルの様に並べられている。
「ここが、棺の保管場所?」
「そこまで位の高くない埋葬者の場所ね。だから……」
彼女は先を指さし、「ここにはかなりいるのよ」と告げる。見えているだけで三体。それ以外にもいるかもしれない。
「ここは、私たち三人でそれぞれ一体ずつに当たるという事でどうだ」
「良いわね。誰が一番最初に倒すか……賭けましょうか」
「無論だ!! 騎士学校の夕食のフルコースでどうだ」
「あなたの家の赤ワインも付けなさい」
「ならば、リリアルのフィナンシェを付けてもらおうか」
あのフィナンシェは、ニース商会系列のパティシエの失敗作なんだが……そんな物で良いのか公爵令嬢と彼女は思う。意外と貧乏舌なのだろうか。
先ほどの一対一の騎士との対決の様に、何らかの会話もなく、いきなり、斬り合いが始まる。揺らめくシルエットが実体化し、激しい剣戟が繰り広げられる。本当に幽霊なのだろうか。
『ある意味、魔力持ち故の実体化なんだろうな』
「なるほど。スペクター化して有効な存在として、聖騎士はかなり適しているということね」
魔力で物体を攻撃する事になれている魔力持ちの騎士は、自分がある意味魔力の塊であるスペクターとなった場合において、その物質化を容易に行うことが出来るという事だろう。人が魔力を纏うのではなく、魔力が人を纏うとでも言えばいいのだろうか。
「さあ、どっからでもかかってきなさい!!」
伯姪の目の前の朧騎士は、かなりの体の大きな騎士でリーチに差がある。伯姪は剣をかいくぐり、魔力を通した剣で実体化した剣の腹をバックラーで受止めつつ刺突を繰り返す。声こそ出ないものの、攻撃を受けた騎士の顔が歪むのが見て取れる。顔面は揺らめいているので細かい表情は見て取れないが。
「はあああぁぁぁぁ!!」
広いところだからOK! とばかりに、カミラから魔銀のバスタードソードを受け取ったカトリナは、実体化関係なく、魔力を纏わせた斬撃を縦横無尽に繰り返す。
「どうだあぁぁ!!」
実体があろうがなかろうが、滅多打ちされる朧騎士に何発かの有効な斬撃が決まり、ダメージが入る」
「貴様の磨いた剣は、その程度かあぁ!!」
無駄に死霊を煽る公爵令嬢。この辺りも王家の血筋なのだろうか。無駄に煽るのいくない。
剣から流れ込む魔力の量に、死霊が圧倒されるのにそれほどの時間は掛からなかった。圧倒的に燃費が悪いのだが。
その隣で、カミラは盾で実体化した攻撃をいなしつつ、カウンターで刺突を決めながら魔力のダメージを加えていく。伯姪よりはずっと多い魔力を有するものの、隣のカトリナの動きを視界に捕らえながらの効果的な反撃はある意味職人芸の領域でもある。
『あの令嬢も苦労してそうだな』
「ええ。男爵令嬢より、子爵令嬢の方が大変なのよ」
カミラも彼女も子爵令嬢で尚且つ次女であるという共通項がある。中途半端な身分故、苦労が絶えないと思いを分かち合えるのだ。
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