第247話-1 彼女は慎重に地下墳墓に進む
『できる限り聖油を用意してください』
『……近隣の聖堂の物をすべて集めましょう』
彼女がお願いしたのは、彼女以外のメンバーが自身を守るため、また、スペクターを攻撃するための手段を確保する事だった。
聖油を用いた松明、聖油を用いた油球を用いるの二点を準備してもらった。油球は魔術の並行使用となる為、魔力の少ない伯姪には難しいと判断、カトリナ・カリナ主従が主に用いる事になった。
今回の討伐には、この『聖油』が一つの鍵であった。
まだ宵の口ではあるが、人気の絶えた集合墓地の周りはすっかり真夜中のような雰囲気である。四人は公爵家の馬車で、王太子は護衛と共に魔導馬車でここにやって来た。
「アリー様、お待ちしておりました」
「御足労おかけいたします。それに、聖油も随分と多く集めていただき、感謝しております」
「聖女アリーの求める物をお届けするのは当然でございましょう。王都圏にある全ての教会でここ数日、最優先で聖油の為の祈祷を行わせておりました!」
「……ありがとうございます……」
後方から『よっ!聖女様!』と王太子の掛け声が聞こえてくるのが腹立たしい。問題の何割かは、王太子のせいなのだが、どう考えているのだろうかと彼女は憤りを感じていた。
「燃やすわよ!」
「……ほら、行きましょう。どうせ、共同墓地の中には入ってこないんだから」
「あの男は、子供の頃から怖がりでな。大概、旧王宮は幽霊が出るので、絶対に近寄らないんだ」
「でも、王太子宮って……」
王太子の王都での活動拠点は元修道騎士団王都本部『寺院』と呼ばれた城塞を使用している。
「だから、南都にいってるんだ。まあ、あそこの代官のいる城塞はともかく、迎賓館は普通の屋敷だもんね。明るくてきれいだし」
「確かに、古い城塞には幽霊が付きものね」
「実際、ワイトもいたことがあるしね」
吸血鬼は最近すっかり慣れてしまった感があるが、ワイトやレイス、今回のスペクターは経験が足らない。慎重に探索を進めねばと思うのである。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
地下墳墓は元々王都の石材を切り出した坑道の跡を利用しているので高さは彼女たちならば大きく剣を振り上げなければ何とかなる程度、幅は2m位は確保されている。壁は岩に近い土の壁だ。
聖油を漬けた布を巻いた松明を掲げ、彼女と伯姪を前衛、カトリナ主従を後衛に慎重に進んでいる。とは言え、目撃されている場所は特定されているので、そこ以外は常時警戒しすぎる必要はない。
「この中の空気は独特だな」
カトリナが湿った独特の臭いにコメントをする。
「脂肪の臭いでしょうね。人間が死ぬと体の脂肪が蝋の様になっていくのよ。多分、それの臭い」
「肉の腐った臭いではないんだな」
土に埋めれば棺が無ければほんの数日で土中の虫によって白い骨になってしまうのが当たりまえだ。死後の復活を望む高位の者たちは、肉体を出来る限り残すために、地下のスペースに腐らないように棺を配置し、己が死体を安置させる。ある意味、ミイラのようなものである。
「それを触媒にしたスペクターね」
「やはり、火葬にするべきね、その手の方達の死体は」
「そうだな。海や川に骨を投げ捨てるというのも、触媒や聖遺物代わりにされることを避けるための措置としては当然かもしれないな」
直線的な回廊と、所々に設置されていた松明を挿す壁の金具が等間隔に続いている。今は訪れる者もいなくなった地下墳墓。そして、前方には音もなく揺らめく人影が見える。
「入口から最初の目標ね」
そこには、半透明の騎士が立っている。背後の壁が薄っすらと透け、足元は朧気である。時に明るく、時に暗く薄く、明滅するように姿が変わっていく。
「む、気付かれたか」
「でも、こちらを見ても近づいてこないじゃない?」
「カトリナ様、死霊は主にその場所に縛られます。故に、一室やその階でしか見ることが出来ない場合が多いのです」
カトリナは「流石カミラ、賢いな」と言っているのだが、リリアルでの打ち合わせの際に口頭で伝えてあるのだが……気持ちが高ぶって頭に入らなかったのかもしれない。
「意外とポンコツね」
「そうかしら。意外ではないわよ、妥当なところね」
「……何か、蔑まれている気がするのだが」
その勘の良さをアンデッドに向けてもらいたい。
「先ずは、私が仕掛けてみるわ。聖油の松明の効果を確認したいのよ」
「お願いね」
「ああ、私たちは付添みたいなものだと思って貰って構わない」
「……お気をつけて……」
当事者意識の薄い公爵令嬢……王太子と同じ血だからなのだろうか。高位貴族はどこか他人事なことが多いから、致し方ない。下々が上手くやるのが当然で、自分たちはただ受け取るだけの立場だからだと彼女は思うのだ。
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