第246話-2 彼女は王都共同墓地の悪霊を知る

 彼女が応接室に伯姪と共に向かうと、そこにはおなじみの『防疫担当』司祭がそこにはいた。


「聖女アリー様、メイ様ご無沙汰しております」

「こちらこそ。本日はどのようなご用件でしょうか」

「はい、既にお聞き及びかと存じますが、王都共同墓地に現れました死霊の件でございます」


 治療を施した王都大聖堂の治癒師たちからの報告もあり、地下墳墓に現れた死霊討伐の為王都の聖騎士が派遣されたのだというが、結論からすれば半死状態となり撤退したのだという。


「魂の深い部分に傷を負わされているので、回復に時間がかかりそうなのです」

「アンデッド用の護符などは持たせていたのでしょうか」


 彼女は対吸血鬼用に護符を作成し、聖騎士達にも身に付けられるよう教会に納めているのだ。


「それが……相手も聖騎士の死霊なので、効果がございませんでした」

「……それは大変でしたね」

「はい。こちらからは聖騎士達からの証言と、今回の討伐のご相談に伺ったまででございます」


 恐らく、王国から騎士団経由で彼女たちに依頼が来るだろうというので、その事前報告を兼ねて訪ねてくれたのだそうだ。


「こちらも準備は進めているのですが、聖なる力に効果が無いのでしょうか」

「いえ、お互いに相殺し合うので、向こうの攻撃を防げないというのが実態です」


 アンデッドの実体のない者は特に、護符の聖なる力で攻撃を弾くことが可能なのだが、スペクターに関しては普通にダメージが通ってしまうようだ。


「元は高位の聖騎士ですから、並の聖騎士では太刀打ちが出来ず、さらに、

生命力・魔力を奪われトラウマをもたらされた……という事でございます」


 常人なら、触れられた際に脳内に流れ込む感情の激流に流され、常軌を逸する事もあるのだそうだが、聖騎士はそうならずに踏みとどまれたということなのだろう。


「手傷を負わせることは叶いましたか?」

「いえ、攻撃されるときに剣を合わせる事は出来るのですが、こちらが攻撃するさいには素通りしてしまい、その攻撃がかわされたタイミングで体に触れられ自由を奪われる事につながったようです」


 氷と水蒸気が一瞬で変わるようなことなのだろう。


『結界で囲えれば問題ねぇだろ?』


『魔剣』の呟きに思わずうなずく。但し、それは彼女にだけ可能な方法だ。何の因果か、彼女は『聖女』として、王都と聖都の大聖堂に関わる教会の司祭とその信徒の間で崇敬の念を集めている。聖女の衣装などうっかり着て大聖堂を訪問したりすれば、取り囲まれるくらいなのである。


 故に、彼女の魔力には聖性が備わってしまっており、アンデッドを囲むことで、容易に破壊されず、破壊の際にはダメージが、魔力を纏わせた攻撃には通常の魔力による攻撃を大きく上回るダメージが発生することになる。


 それゆえ、この話はリリアルというよりは、彼女個人に依頼するようなものなのだ。


「では、それと……」


 彼女は大聖堂にできる限りあるものを集めて欲しいと依頼した。


「それは、貴方様では不可能なのでしょうか」

「魔石やポーションには可能ですが、私自身の魔力で作れるとは思えません。神への祈りは、皆さまの専門ですから」


 御子神教の司祭に頼まなければならないというのは……彼女自身が作成できてしまうのが個人的に嫌であるからでもある。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 それから五日ほど、装備も修正が終わり、依頼していた物も大聖堂から無事に受け取ることが出来た。今日は週末金曜日。本来であればリリアルに戻る二人だが、今日は公爵家の馬車に便乗し王都に向かっている。


「せっかくだから、夕食は是非公爵家で共にしてもらいたい」

「……よろしくお願いするわ」

「変なの待ち構えてないでしょうね?」


 カトリナは首を横に振り、「この時期は社交もないので皆領地に戻っているので、公爵家の者は私だけだ」と答える。それなら安心と……思った彼女が馬鹿であった。




 公爵家のダイニングに通されると、既に一人の客が座っていた。主賓席に。


「……なぜ貴方様が」

「ん? 魔装馬車だと南都から二日でここまで来れるから便利だね。ちょっと、王都で気になる事件が発生していると聞いてね。その対応をリリアル男爵に依頼したので、立会をする為に今日は来ているのさ」

「……では、元帥閣下直々の視察というわけですね」

「そうだね。中には入らないから大丈夫だよ。心配しないでもね」


 いや、全然心配しておりませんわと心の中で思いつつ、カトリナを横目でジロリと睨むことにした。なにサムズアップしてるんだ、このポンコツ公女は!!


 王太子殿下をお迎えしているとはいえ、余りゆったりとしているわけには行かない。


「軽めの食事、パスタとサラダくらいで良いのだけれど」

「ああ、そのつもりだ。それと、今夜の段取りはどうするつもりかも、食事をしながら確認するとしよう」

「まあ、いつものペアで前と後になるんでしょうけどね」

「狭い地下墳墓内なので、カトリナ様はバスタードソードはおやめください」

「ふむ、魔銀のカットラスにするつもりだ。真似ではないぞ」


 伯姪は剣盾だが、カトリナはカットラスのようだ。


「振り回す余地は無いから、距離を取ってね」

「あまり近寄っていると、互いに斬りつけ合うことになりかねんだろうな。その辺は最初の段階で確認しておこう」


 地上の墓地に問題は無く、問題なのは高位の貴族や富裕層の棺を納めた地下墳墓の街区。その中の数か所に、恐らくは『元聖騎士』である異端を認めた修道騎士の遺骸が人知れず埋葬されていたと想定される。


「聖騎士の肉体を触媒に、狂信者の精神を持つ霊を召喚したスペクターね。率直に言って、私には手が出せそうにもない。今回は王太子として、王国元帥として副元帥の働きを監督する事にしよう」


 はっはっはっと空元気な笑い声をあげる王太子を横目に、突入する四人の女騎士は『ヘタレが』と内心呟くのであった。怖いなら、王宮で王妃様に添い寝でもしてもらえばいいと。

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