第236話‐1 彼女は遠征を終え次の問題を捕らえる
子爵家から騎士学校に戻る前に、彼女は久しぶりに『伯爵』邸に顔を出す事にしていた。理由は勿論情報収集にある。
『伯爵』が生まれた時点ではすでに修道騎士団は解散しており、また、帝国内で活動している際も吸収が終了していると言えるだろう。
とは言え、帝国東部で活動する聖帝騎士団は帝国内の修道騎士団を吸収しており、活動時期は異なるものの、積極的な異民族狩りを行った事で有名な存在でもある。
また、修道騎士団の幹部は領主としても有能であった。読み書きもまともに出来ない世俗の騎士が多い中、領地の管理を行う人材として召し抱えられ世俗の騎士として貴族や自由都市に所属する騎士となった者もいたであろう。
王国は百年戦争を戦う間、帝国も様々な内戦や枯黒病も経験している。故に、『伯爵』自身はそれらと直接接したことはないだろう。
聞きたいのは……『鉄腕』の帝国騎士の事と、『ワイト』に関わる事である。
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『久しぶりだねアリー、騎士学校でもまだ会っていないよね?』
「ご無沙汰しております。これは、いつもの手土産です」
『ああ、嬉しいよ。学院からは定期的に納品してもらっているけれど、君の手作りは味が格別だからね』
吸血鬼ではなく、エルダーリッチである『伯爵』は、ポーションに込められている魔力を活力源としている。勿論、人間から直接吸収する事もできるのだが、本人は遠慮しているようである……王国内では。
『ロマンデの遠征はどうだったかな?』
「初めての土地で、とても興味深かったです。聖大天使修道院は素晴らしい環境でした」
『うん、まあ連合王国に何度も攻められた場所でもあるしね。未だに縁も続いているから、刺激のある土地だよね』
この人はどこまで知っているのだろうかと彼女は推し量る。率直にあった出来事を述べる方が良いだろうと判断する。
「実は、コンカーラの古城の調査依頼をカトゥで受けて帰りがけに行ってきたのですが、少々変わった魔物と遭遇しました」
『ほお、古城と言えば幽霊がつきものだけど、その類なのかな』
彼女はワイトの討伐をする結果となったことを説明し、『伯爵』にワイトについて知る事はないかと聞いてみる事にした。
『ワイトは興味がないというか、レイスの方がわかるかな』
レイスは魔術師がリッチになる際に、肉体への付与に失敗した結果であるというのだ。自分の生前の肉体から魂を抜き出した状態がレイス。
「普通の人間ではレイスになれないのでしょうか」
『普通はゴースト、意識が希薄化すると生前の姿を維持できなくなりファントム、その後、強い感情だけが残り集合したものがスペクターだね。魔力の多い者や生前になんらかの魔術で死後も魂を残そうとしたものがレイスになる。レイスが、アンデッドとしての処理を施した自身の肉体に再度定着できれば
リッチ、自身の肉体でないものに憑依したものがオリジナルのワイトになる』
ワイトが自身の魔力で殺した者は、ワイトと化してしまうというので、これは例外的な存在なのだそうだ。
「リッチになり損なう理由はなんでしょうか。自分の生前の肉体の方が定着しやすいのではないでしょうか?」
『理由は簡単だよ、死体を処分されてしまう場合だ。火刑に処せられ骨も海に捨てられてしまえば、リッチにはなれずレイスとなるしかなくなる。もしくは、別の遺骸に憑依する方が意味がある場合だね』
生前にリッチとなる魔術的な処理をしていたとしても、その受け皿となる肉体を処分されてしまえばリッチになれない。あまりたちの良い魔術師ではないのだろう。
『俺もワイトみたいなもんだから。魔剣に憑依しているから厳密にはそうではないけどな』
いまさら『俺ワイト』宣言を始める『魔剣』である。『魔剣』曰く、この形状の方が魂をこの世に残すのに魔力量が少なくて済み、維持しやすいのだという。持ち歩きにも便利だから、『魔剣』の男爵家の子孫を見守るという目的には合致しているのだろう。
『で、どの聖騎士の遺骸だったか調査中なんだよね』
修道騎士団の幹部の聖騎士で遺骸が保管されている、尚且つ、埋葬時に生前の戦装束を纏っていたものはそう多くないだろう。だが、それ自体が王国内で保管されていたものでなければ特定は難しいかもしれない。
彼女が回収したワイト・パラディンの装備は、『聖征』が最も華々しかった時代のそれより新しいものであった。脛当てと手甲は金属の物が使用されており、『グレート・ヘルム』と呼ばれる完全に頭部を覆うバケツの様なデザインの兜を装備していた。百年戦争の前半よりは古いものであろうが、聖王国の防衛戦で活躍したそれではないと思われる。
『なら、解体される何代か前の騎士団長かそれに類する高位の聖騎士かも知れないね。高位貴族のように扱われた人もいるから、出身地の修道騎士団の礼拝堂に安置されたりした可能性もあると思うよ。恐らくは、帝国に現在は含まれているランドルかネデルのどこか出身だろうね』
剣に関しても魔銀製ではなかったものの、こだわった意匠の作りをしており、騎士団から貸与された魔銀製の片手剣より新しい年代の物であったので、副葬品として誂えたものであったのだろうと考えられる。
「実際に前線で戦った騎士ではないということでしょうか」
『伯爵』は首を左右に振りわからないという事なのだろう。『魔剣』がその疑問に一応の回答をする。
『いや、こちらで寄進をして訓練してからカナンに交代要員で出陣し、手柄を立て修道騎士団内で出世して戻ってくるのがエリートコースだったと聞いたな』
とは言うものの、彼女は騎士団総長というトップのほとんどが聖王国を護る戦闘中に戦死するか、戦場で行方不明になることが多かったことを知っている。最後の総長は処刑されたが、その前任者は聖王国失陥時の戦闘で前任者が戦死した後を受けた繰上りの就任で、僅か二年ほどで亡くなっている。
処刑された騎士団総長の二代前の総長は聖王国がサラセンに滅ぼされる最後の戦いで戦死した総長は、当時のブルグントのボージュ子爵の弟であり、先代子爵である父親は王国元帥を拝命する軍人貴族の家系であったという。
直系は兄の代で途絶えており、恐らくその遺骸の管理も疎かである可能性が高い。
彼の前任者は国王と共に聖征参加し、当時の総長の戦死を受けて後任として選ばれたが、国王と対立し追放されている。戦死した前任総長はサラセンの奇襲を受けての結果故、遺体が回収できていない。
「年代的にも、装備的にもこの方がそうかもしれないわね」
『遺骸を確認してもらうか、残された装備を安置されていた修道院の者に確認させればある程度はわかるだろうな』
修道騎士団の幹部には王国の貴族の子弟が多数参加しており、王国内に歴代の聖騎士の遺体はそれなりに安置され手に入ると思われる。同じことが時間をおいて何度も発生する可能性があるかと思うと、彼女は少々うんざりするのだった。
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