第235話-2 彼女は修道騎士団の存在を理解する
男爵の手記や当時の記録を紐解くと、『修道騎士団』がいかに隔絶した存在であったかを理解することができる。王国を二分する勢力であったのだ。
そして、修道騎士団が解散した後、幹部の何人かは終身刑を受けたが、大半の騎士達は釈放され自由の身となった。あるものは修道士として生きることにし、あるものは傭兵となり戦場に身を置き続ける事になった。
そして……
「王家の今の騎士団って……この時の釈放されたメンバーが基幹要員になってるじゃない?」
『ああそうだな。数年間裁判にかけたんだよ。三部会や王都大学でいかに罪があると認めても、罰する権利は教皇と公会議にしか存在しないからな。公会議は問題に結論を出さず、教皇は時間稼ぎをしたけどそれだけだ』
スポンサーの意見は否定できないが、教皇としての立場を否定する認定を行うわけにはいかない。つまり、助けることも罰する事も出来ずに、修道騎士団の解散に向けて差し押さえた王国内の騎士団財産の処分が次々に行われていった。不動産も動産も出来る限り換金し、接収してしまったのだ。
「土地なら返せと言われかねないから売りとばしたわけね」
『そうだ。結局、最終的に解散になった後、修道騎士団の機能や人員は『聖母騎士団』に引き継がれたんだ。だから、王国外には聖母騎士団に組み込まれた修道騎士団の系譜が残っている。神国はそのまま騎士団として名前を変えて残したりしたな。神国支部ごとだ』
彼女は知らなかったことであるが、残党は様々な王国周辺に逃げて現地の『修道騎士団』の団員と合流し活動を継続していると言われているのだ。
連合王国では財産の没収こそ行われたが、異端審問に関しては拷問も行われず、管区長を始めとする幹部も精々城に軟禁される程度で済んでおり、裁判も行われたが『無罪』とされることが多かった。
その中で、気になる後日談が記録されていた。
王国管区長が連合王国に敵対する北王国にまで、配下の騎士達を連れて修道騎士団の財宝と共に海を渡り加わったというものである。連合王国に渡った幹部も少なくないという。
「調べれば調べるほど、今起こっている様々な魔物騒ぎと言うのは、この騎士団にまつわる様々な因縁が引き起こしているような気がするわね」
『そうかもな。王国の南部や西部では今のところ事件は起こってないしな。
王家ゆかりの場所ばかり……というか、子爵家が巻き込まれるのはその辺りにしか事件は関係ないんだけどな』
因みに、その当時の王家は次の代で断絶し、修道騎士団の解体を主導した王の家系は途切れている。今の王家はその分家筋が継いだものなのだ。処刑される場で、騎士団長が王国と王家を呪ったという噂が流れていたそうだ。
『ねぇな。だってよ、ワイトでもリッチでもなれば意趣返しはできただろ? レイスでもいいけどな』
「最近ようやく召喚できるようになったのかも知れないじゃない。政争に負けた故の処刑だったのだから、仕方ないのではないかしら」
負けた王家の血族が後顧の憂いを無くすために皆殺しにされるのは良くある話である。修道騎士団は血縁を持って成り立つわけではないから、その組織自体を根絶するしかなかっただろう。最後に和解を反故にし異端として処刑された騎士団長は、ある意味自棄になっていたのかもしれない。そのまま何もしなければ死ぬまで幽閉であったろうから、緩慢な死を人知れず迎えるより、自分たちには非がないと抗弁した上で処刑されたかったのだろう。
「その後、百年戦争に突入していくのよね」
『ああそうだ。最初の頃は俺も起きてたが、その後はよくわからねぇな。王都も一時期、連合王国軍に占領されていたしな。一応、男爵家は王都を管理する総監の家って事で、継続して仕事させられてたけどな』
文官の家ということで、連合王国の占領下でも普通に仕事をしていたという。
彼女の知らないことは余りに多く、知り得ることは極わずかにすぎない。王家が百年戦争の後、連合王国の領土を全て大陸から奪い、王国の一部と為してから随分と経つが、いまだ一つのまとまりには程遠い。まだまだ時間がかかるのだろう。
『難しいな。王家の戦争と王国の戦争は違うからな』
『魔剣』曰く、領主におさめる『年貢』は土地の使用料兼権利の担保であり、教会に納める十分の一税も教会に所属する信徒としての義務である。それ以外に王家が徴収する『税』というのはそもそも、後からできた臨時の徴収に過ぎないのだという。
『ほんとは、王が戦場で捉えられたときの身代金と、王太子の騎士叙勲、長女の婚姻、聖征の時にしか徴収できないもんだったんだよ』
王は王国内に臨時に『税』を課すことができた。理由は四つの内容のみなのだった。それが、聖征を何度も発動したり、王が戦争で捉えられたりした結果……百年戦争の時に三部会で何度も徴税を認めさせる事になった。
『三部会ってのは、王様が好き勝手理由をつけて税金を掛けないように話し合う場でしかないんだよな。で、その中で、なし崩しに恒常的に税金を掛けることを認めさせて……現在に至る』
小さな領主では自分たちを護れないという事で、王家に直接庇護を求めるようになったのだ。一つは王家が『特権』を与える対価に税を納め、王の庇護下に置くことで、周囲の領主たちから守ってもらう手法だ。
「それで、小さな領主が王家の臣下に吸収されたりして、今の様な体制に変わってきているのね」
『そんなところだ。王国内の税ってのは王家以外は課せられない。だから、王家は時間の経過とともに大領主になり、力を蓄えることができるようになって来たわけだ』
今の時点でも王家の持つ騎士団は、他の貴族のもつ騎士団全てを合わせた戦力を越える存在である。百年戦争以前は、そうではなかった。修道騎士団解散前は……さらに貧弱であった。
「どの道、我が家は王家に付き従うしかないのだから、自分のできることを為すだけよね」
『それがこの家の在り方だからな。悪い事じゃねぇ。でも、まあ、王家が大きくなればなるほど恨みも大きくなる。近くにいるお前らもその影響を受ける。望んでいた将来とドンドンズレているけどな……』
珍しく、彼女の感傷に近い思いを口にする『魔剣』である。多少は、自分の置かれている状況が不本意であるという事を認めてくれているのだろう。
「それでも、リリアルは続けていくわ。いつか遠い将来、修道騎士団のように解散させられるかもしれないけれど」
先のことは判らないし、どこまで何ができるかも見通せない。それでも、彼女の周りのために、自身が仕事をしなければならないと考えているのは納得している。
『それはねぇよ。大体、リリアルは金持ってねえだろ?』
王家をしのぐ資産と収入を持っていた当時の修道騎士団から比べれば、スズメの涙ほどの資産しかない彼女である。それも、学院も借りものであるし、王家の臣下の一人にすぎない彼女たちは、王家と対等であった今は亡き騎士団と大いに違う存在であるから……そんな心配は無用なのだ。
生かさず殺さず……といったところだろうか。
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