第236話-2 彼女は遠征を終え次の問題を捕らえる

 次に彼女は『鉄腕 ゴットフリート』について『伯爵』に聞いてみる事にした。『伯爵』の帝国内での活動時期と、鉄腕騎士のそれは重なっていると考えられるからである。


 伯爵に、率直に『鉄腕』について知っているかと彼女は聞いた。


『ああ、有名人だからね。私が帝国で活動し始めた頃、彼はまだ二十代後半だったと思うが、既に鉄腕になっていたよ。最も、最初の義手は後年のそれみたいに精巧な物ではなかったけどね』


 活動していた場所は、王国に近いメイン川周辺の都市であったという。


『帝国は冒険者ギルドが今みたいに発達していなくってね。傭兵団が商会のような感じで営業していたんだよ。だから冒険者ギルドが冒険者の所属する職人ギルドのような存在ではなくって、傭兵や冒険者が所属する商会があって、仕事の依頼を受けて人を派遣するって感じだったんだよね』


 王都でも少し前までは、ギルドに所属する冒険者を集めた『クラン』という物が数多く存在していた。複数のパーティーが所属する互助組織のようなものだと思えば遠からずだろう。クランが商会の形式をとり、独自に依頼を受けるというのに近い感覚だろう。


 因みに、それが王国内では冒険者ギルドの存在意義と逸脱するという事でクランで仕事をになうことは禁止となっている。あくまでもパーティーの編成をギルドに届け出るところまでしか公には認められていない。


「それで、彼は何をしていたのでしょうか」

『まあ、合法的な略奪行為だと思えばいいよ。帝国は国としての裁判を行う場所があまりないから、逃げ得を許さない為に自力救済の権限を騎士貴族階級に与えているんだよ。その『フェーデ』を悪用するのさ』


 自力救済とは、実力行使で相手の瑕疵を認めさせて賠償をさせるという行為につながる。古くからの伝統で、正義を神が認めるなら、正しい方が勝者となる……と言う発想から、決闘を試み、勝者の主張を認めるという形式の私的な行使を許しているのだという。


『勿論、同じようなことを皆でするから、徒党を組んで最初から決闘目的で相手を追い込むことが為されて、フェーデ禁止令が出てるんだけどね。言いがかりつけちゃ金を毟り取ってたね』


 特に、都市に住む商人である貴族たちに狙いを定めたり、司教領の住人が自分の領地で悪さをしたという事で、相手の司教領で略奪をしたりと滅茶苦茶していたという。


『領地が自治権を持っているという事はさ、他の場所に移動したら追いかけて捕まえられないってことになるんだよ。その領地を出たら逮捕する権利がなくなっちゃうからね。それを良いことに散々集めた金で、自分の出身地のそばに領地と城を手に入れることができたんだよ』


 フェーデすること二十有余年、山国に近い帝国の南西部に領地を持っていたのだという。貴族や商人、司教のような高位の聖職者にまで喧嘩を売り、無法を通すゴットフリートは庶民に人気があったという。


 その後、領地から出ないことを条件に、過去の罪を追及しない事とされたゴットフリートは、皇帝の願いでサラセン・王国への戦争に出兵したのだが、高齢であったこともあり、特に何かしらの手柄を立てることはなかったという。


『有名人だし、無茶苦茶やる男だったから、話題にはなっていた。個人的な武威は有名だったけれど、所詮、個人的なものだしね。悪賢い腕の立つ小悪人ってところじゃないかな』


 懐かしいねーとばかりに、『伯爵』は話をまとめ、知っていることはこれで全部だよとばかりに話を終えた。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 騎士学校に戻ると「疲れたよ、よよよよ」とばかりに伯姪が部屋で萎れていた。彼女も疲れていないわけではないのだが、一人で調べものをする時間は好きな時間でもある。


「お疲れ様。申し訳なかったわね」

「あ、それは良いのよ。あなただって実家で調べもの大変だったのでしょ?」


 大変ではあったが、調べられたことについて伯姪に説明する。


「……そうなんだ。ほとんど王国人の騎士団総長なんだ」

「ええ、それで聖帝騎士団が後からできたというのもあるみたいね」


 王国人が修道騎士団を、南部の王国人と法国人が聖母騎士団を作った結果、帝国出身の貴族騎士は聖王国の防衛に貢献し、自分たちの利権を主張することが出来なかった故に、帝国人の為の宗教騎士団を作ったのだ。


「それで、ブルグントの貴族の弟さんが聖王国で戦死した最後の総長で、その方の遺骸を利用しているんじゃないかって言うのね」

「ええ。その家系は総長の兄の代で断絶しているし、今はブルグント公爵領の一部になっているから、管理もそれなりだと思うのよね」


 ブルグント公爵に手紙をしたため、確認してもらえるように彼女は既に対応している。十日ほどで結果は出るだろう。


「修道騎士団ね……お爺様の伝手は活用できないかしらね」

「修道会同士の兼ね合いもあるとは思うのだけれど、それはお願いしないといけないかもしれないわね」


 修道会は、それぞれの教区から独立している存在故に、王国は勿論、司教区からも強制することはできないし、面白く思われないだろうと推測される。非公式に打診するとすれば、旧知のマッチョ仲間から伝える方が良いだろう。


「騎士団やギルドからこれ以上話がないことを祈るわ」

「ワイトだと確定できた時点で問題ないと思うわよ。後は誰を出すか、何をさせるかじゃない?」


 魔術師がある程度距離を保って先制していれば、不味いと分かっただろうと二人は思うのである。ゾンビかレヴナントだと判断して、魔術と接近戦をいつもの魔物退治と同じパターンで繰り出したのが間違いであっただろう。


「魔術で先制して、ダメージと混乱が残っているタイミングで接近戦と言うのが基本だもんね」

「魔剣士でもなければ、魔銀製の武器も扱わないし、そもそも高位の冒険者に当たるから、調査依頼なんて受けてくれないのよね本来」


 だから便利にリリアルが使われるのは良くわかる。普通は依頼料も高額になるのだし、調査ではなく討伐前提の依頼となる。そして、高位冒険者は脳筋が多いので……討伐以外の情報の回収が出来ないという問題もある。


「傭兵を管理下に置く為の一つのツールだから、調査系や素材採取系は弱いのは仕方ないのでしょうね」

「あー 傭兵団が商会みたいに活動している帝国よりはずっとましよね」


 最盛期、ゴットフリートの傭兵団は三百人を超える規模であったという事も『伯爵』から聞いたのである。


「それとね、あの飛ぶ斬撃……良いわよね」

「そうなのよ。実は練習中なのだけれど……とても魔力を消費する問題があるのよ。『結界』の同時複数展開並ね」

「……え……そりゃ無理かもね……」


 伯姪は頭をかきながら『参った☆』といった表情だが、諦める気はなさそうなのである。この二年の間に、随分と魔力消費の管理も上手になり、魔力量も底上げできているので、省魔力化する事も前提に、覚えたいと考えているのである。


「あなたみたいに、乱れ撃ちレベルで発動したいわけじゃないから、マスターしたら、私も挑戦してみようと思うの。小さく短い距離でも十分先制になるじゃない?」


 初太刀の前に、斬撃を飛ばし、相手を動かすことが出来れば、容易に切っ先を打ちこむ事も出来るだろう。


「あの術の名前ってあるの?」

「飛ぶツバメと書いて『飛燕ひえん』と呼ぶわ」


 伯姪は、目を大きく見開き、「ツバメの形に魔力が飛ぶなら、面白いわね!」

と宣ったのだが、そんなわけは今のところない。


「なら、フワフワとゆっくり飛ぶ『蝶舞』みたいな攻撃もありよね?」


 そんな伯姪の発言を耳にして「応用に出来ると良いわね」と彼女も秘かに思うのである。




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