第229話-2 彼女は聖大天使修道院に到着する

 北側の胸壁から海を見ると、津波の様な海水がこちらに向かってくるのが見えたのは少々驚かされた。あの波がある故に、北側はそのまま崖としているのだと推察される。下手に城の一部にした場合、波が入り込んでくる気がする。


「外壁ができる前までは、あの外壁の周辺の場所は海水が流れ込むから、もう一段上の場所からでないと住めなかったみたいよ」

「それはそうでしょうね。壁があるから済んでいるでしょうけれど、嵐が来て潮が満ちていたりしたら大変なことになりそうね」


 一通りの見学も終わり、早目の夕食を頂いている。


 修道士と同じ内容であり、パンの他におかず二品、野菜、果物と飲み物はワインとなる。パンの比率がかなり大きい。


「パンが一日300gって決められているのよね。修道士の規則で」

「……えーと。冬の間は一日一食になるじゃない? 一度にそれだけパンだけ食べるのって厳しいよね」

「食べるのも修行のうちなのよ……多分」


 小麦が食事の八割を占めるというのが庶民の食生活であり、本当の意味で「人はパンのみにて生きるにあらず」な状態なのである。肉と魚と果物が必ずつく貴族の食事はかなり恵まれていると言えるが、修道士もおかず二品は悪くない食事内容だろう。


 因みに、修道士は食事中は勿論、様々な場面で会話を禁じられている。引籠りボッチに最適な生活が修道士なのである。


「人見知りで会話が苦手、尚且つ同じことを繰り返す事が苦にならない……方向けの職場ではあるわね」

「職人とかと同じかもしれないわね。修道士の中にも職人や農作業に従事する人もいるから、無言の行はさほど問題でもないかもしれないわね」


 リリアルでいうと……癖毛や薬師の子たちの領域だが、共同作業も多いので、意外と会話は必要であったりする。癖毛は薬師のお姉さんの手伝いを積極的に引き受けるので、意外と評価されていたりする。同期とは最初の悪印象とその後接点が少ないので……お察しの通りである。





 結論から言うと、海の傍に立つ修道院は……食材のバラエティーが豊富であった。海産物は内陸は勿論、王都でも高級食材なのだが、この場所では魚介類に恵まれているので肉を食べる必要も余りない。


 地元の漁民が食材を寄進してくれるので、修道士たちは食事の面で充実していると言えるだろう。


「私には夢があるのよ」

「……一応聞いておくわね」


 彼女は、リリアルをある程度形にした後は後任のリリアル男爵に譲り、自分はひっそりと修道女として山奥か海辺の寒村にある修道院で暮らすのだという。


「学院と男爵の恩給と、副元帥は終身年金が出るはずなので……生活費はばっちりね」

「ああ、水晶の村の傍の廃修道院とか寄進して自分が『院長はもうこりごりなの』……そうね。でも、どっちに転んでもむりよ。リリアルでも院長、修道院でも院長よ」


 伯姪曰く、あの廃修道院は修道士以外にもたくさんの一般信者が別に村を築いて共同生活を行っていたのだという。


「隠棲することを望んだ人たちが集まっていたと聞いているわ」

「はー 隠棲したい……」


 なんだか、『結婚したい』みたいに聞こえるのだが、気のせいだろう。


「あの場所にリリアルの分校を作るのは良いかもしれないわね。研究とか薬師や錬金術師の子達は悪くないんじゃない?」

「ノーブルには姉さんが、水晶の村にはリッサが騎士として住むことを考えると、王都の傍で何でもやらされるよりは落ち着いて生活できるかもしれないわね。孤児院も併設して、魔力のある孤児を育てて将来的にはリリアルに進学させるというのも悪くないかもしれないわね」


 小さなころから育てていけば、それなりに少ない魔力も育つ可能性が高い。探し出すのは『魔剣』頼みであるし、薬師達の手伝いをさせてポーショントレーニングや水晶を魔水晶に変換するアシスタントをするとか……色々考えられる。


「現実逃避している場合でもないんだけれど。ほら、教官が来たわよ」


 食事の時間も終わり、その後居室に引き上げようかとしていた二人に教官が近づいてきた。何やら嫌な予感がする。




☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 教官は二人以外のメンバーも呼び寄せていた。カトリナとカミラ、ヴァイにジェラルドである。共通するのは『冒険者』としての活動。


「カトゥで六人は教官一名と別行動となる。研修中だが、王都から調査員を送り込むよりこのメンバーに依頼する方が確実だという本部の判断だ」


 彼女と伯姪の間違いだろう。騎士団長、ゲストをこきつかってくれる。


「カトゥで本体と別れて君たちは南の『コンカーラ』に向かってもらう。理由は、その城址に正体不明の魔物……恐らくはアンデッドと思われる武装した集団が存在すると報告があったからだ」


 つまり、ゾンビやスケルトン程度の黒レベルの魔物ではなく、黄以上、恐らくは赤レベルの魔物の集団が存在するという事だろう。魔物で比較するなら『オーク』もしくは、『ゴブリンキング』に相当するだろうか。かなり強力であると評価される。


「冒険者ギルドからの依頼の転送でしょうか」

「……そんなところだ。実は、討伐依頼に関しては一度冒険者ギルドに必ず任せる事になっている。王都周辺の魔物が騎士団の活動で減った

ことに対する埋め合わせみたいなものだ」


 王都周辺の治安が騎士団の警邏により改善されると、王都の冒険者ギルドの仕事が大いに減り、周辺地域へ冒険者が移動することになり冒険者ギルドとしても雇用減少は問題となっていた。


 故に、王都以外の支部に関して、騎士団に依頼があった討伐案件に関しても冒険者ギルドに一度仕事を渡して、討伐が達成できた場合、騎士団から外部委託費名目で報酬が支払われることになってるのだという。


「王立騎士団の拡充までの過渡期の提案……だそうだ。傭兵紛いの冒険者をある程度減らしたいというのがあるらしいが。フリーランスというよりは、有期契約の護衛や素材採取と討伐の仕事である程度ギルドにも方向性を持たせて人を育成する形に変えたいみたいだな」


 この教官は今回の遠征の責任者に当たるベテランであり、騎士隊長経験者。騎士団を取り巻く環境の変化は、様々なところから耳に入るのだろうと彼女は考えた。リリアルも薬師を育てる『ギルド』の様な立ち位置であるから、依頼を取りまとめて仕事を与えるだけの冒険者ギルドの在り方はそろそろ限界なのだろうと思われる。中等孤児院などが出来れば、若い労働力を抱え込もうとする者は増えてくるだろう。


――― その時、冒険者ギルドはどうなっていくのか、今のままでは甚だ先行きに疑問を感じる。


「詳細はカトゥに到着してから説明する」


 カトゥのギルド支部長、駐屯地の小隊長を含めて説明が為されるという。とことん、使い倒される彼女である。





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